あなたは だれですか 前編
あなたは だれですか
お稲荷さんが怖くなったのはあれからだ。
もうずっと昔。私が小学校の4年か5年だった時のこと。学校で「こっくりさん」と言う遊びが流行っていた。
私は普段より、すでにもう不可解な現象に悩まされていたので、そういう危険な匂いのする遊びには極力かかわらないようにしていた。友達から誘われることもあったが、その度に断っていた。
しかし、参加はしなかったが、興味がないわけではなかったので、そのやり方を傍でじっと見ていた。その様子を記憶の限り記してみる。
メンバーはその時は3人だった。やんちゃな、と言うか、犬の糞を爆竹で爆破したり、ホームレスと広場で戦争ごっこしたりするような、あまり利巧とは言えない悪ガキたちだ。
給食を食べ終わった後の昼休みのこと。その日は朝から雨で、運動場はぬかるみだらけで使用禁止の看板が出されていた。育ち盛りの子供たちは教室であり余った体力を持て余していた時のこと。
通路挟んで隣の席に座っていた友人が、私に「こっくりさんせえへんか?」と誘った。でも私はその誘いには乗らない。反対側に座る女子がちらりとこっちを見る。あれは侮蔑の視線だったか、それとも無関心か。誘った友人は、「こんじょなし!」と悪態つき、すぐに他の友人を誘う。すぐに皆、「やろやろ!」とじゃんけんをしなければならないほどの盛況ぶりだ。
雨脚がさらに酷くなり、外は夜のように暗かった。一つの机のまわりに3人の男子児童が座り、それを取り囲むように、男子も女子も、大勢の時間を持て余した児童たちが見守っている。私も断ったが、少し気になったので、通路挟んですぐ隣で行われる儀式を眺めていた。
まずA4ぐらいの大きさの白紙(当時は白い紙は貴重品だったので茶色のわら半紙だった)を一枚用意して、その一番上の中央に「はい」⛩「いいえ」と書き(鳥居は朱書き)、その下に平仮名で五十音、一番下に0から9までの数字を書く。
最初に十円玉を鳥居の上に置き、各自が人差し指をその十円玉の上に置く。そして次のように声を合わせて唱える。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお入りください」
ところが十円玉は動かない。聞くところによると、最初はなかなか動かないことが多いらしい。
そこで3人は目を閉じ、一心に2度3度と唱える。
すると、一人の指がぴくっと動いたかと思うと、10円玉は隣の「はい」へ、すっと移動した。この時点で私はものすごく鳥肌が立った。「これ、もしかしたらかなり危ないのでは?」 と10才の私は真剣に思った。途端にふわっと文字列から熱風みたいなものを感じたのだ。おそらくその場でその熱風を感じていたのは私だけだったのだろう。
と、その時、「うわ、ほんまに動いた」誰かが言った。すぐに「しーっ」と背後の女子が言う。
紙面から出ている熱い気はますます強くなる。私は耐えられずに顔を背ける……。
10才の子供のやることだ。大体が遊び半分、面白半分にやっているものだから、質問も大したことは聞かない。と言うか、まともな質問すら考えずに始めることも多かったのだろう。
その時も、質問に困ったのかもしれない。メンバー同士がお互い顔を見合っていた。女子たちならば、男子のいない所でこっそりと行い、だいたいが好きな男子のことなどを質問する。別名キューピットさんとも呼ばれていたのはそのせいだろう。
でも今やっているのは、子猿みたいな、おバカ男子3人だ。しゃべってはいけないと叱られたものだから、その中の一人が顎を相手の方へしゃくり上げる。お前が何か言え、と。
そして一人は困惑の表情を浮かべつつ、ゆっくり口を開いた。
――あなたは、だれですか
十円は動いた。ゆっくり動いた。
な の れ
次の瞬間、私は突然、大声で「あまのしゅうさく」と叫んでいた。
皆が一斉に私を見る。「なんでこいつが?」その目だ。なぜ名乗ってしまったのか、自分でもわからなかった。背中を強く叩かれたような気がした。震えと、窒息が一気に私に襲い掛かり、気が付けば天を仰ぎ、私は叫んでいたのだ。
次の瞬間、十円玉はゆっくり動き「し」で止まってそれきり動かなくなった。
きゃあ! 隣の女子が叫んだ。術者3人は驚いてその場で10円から指を離してしまった。
① 遊び半分で行わないこと
② 決して途中でやめたり、指を離したりしてはいけない
③ 一人でしないこと
④ 「あなたはだれ?」と聞いてはいけない。
まだ、文字盤の中に、いる。
続く