頭の上に
よく怖い話をすると霊が集まって来るなどと言いますが、あれはどうも本当のようです。それをまざまざと思い知った出来事を書いてみたいと思います。
これは私が大学生だった頃、男女合わせて12、3人ぐらいで長野県の野沢温泉にスキーに行った時のこと。ユーミンの歌がゲレンデでいつも流れていた、そんな時代の話だ。
みんな貧乏な学生だったので、ツアー代をケチって泊まる部屋も大部屋、まるで合宿みたいなスキーツアーだった。
早々と夕食も終わり、野沢の外湯めぐりにも行った。それでも夜は長い。
せっかく仲の良いグループがわざわざ遠いところから泊りがけでやって来たのだから、皆で何か楽しいことをしようと言うことになった。
こう言うことは音頭を取る奴が一人いればけっこう進むものだ。
私は日ごろから、皆がやるなら自分もやり、皆が行くなら自分も行く、そういう消極的を絵に描いたような学生だった。いわゆる「その他大勢」の目立たない一人だった。
芸達者な連中の楽しい持ちネタが続く中、だんだんと夜も更け、そろそろ隣の部屋から苦情が来そうな時間帯となった。そこで自然と静かな話題へと。
そうなると恋バナか怪談ぐらいしかなくなり、人の過去の色恋話も良いが、窓の外は月も星も出ていない。街灯の光に照らされて、無限に粉雪が降り続いているように見えた、そんな静かな夜のこと。自然に話は怪談へ。
これにもやはり得意とする者はいるもので、一人、また一人と怖い話を持ち寄り、そしてある一人の地味な女子の番になった。
彼女は、その地味な見た目も性格も相まって、それまでも何かしら霊感があるのではないかと良く言われていた。
しーんと静まり返った中で、彼女の消え入りそうな声が響いた。
――ねえ知ってる? 人が集まって怖い話してたら霊が集まって来るって……。
今となってはこれは怪談あるあるの常識になりつつある一言だが、今から40年近く前のこと。
皆は思わず真剣に周りを見回した。たったそれだけで空気の温度が一気に下がったような気がした。けれど皆の目には、蛍光灯の滲んだ白い光の中に、それらしいものはまったく見えなかったのだろう。
……でも私の目に映ったものがあった。
と、その時のことだ。私たちは壁を背中に車座になって座っていたが、私の向かいに並んで座っていた男女4人が一斉に私を見て急に怯え出した。
「ちょっと、何? 何?」
私の視線が、さっきからずっと、向かいの連中の顔は見ずに、頭上の壁にくぎ付けになっていたからだ。
「いや、ちょ、怖いんだけど、A君、あんたさっきからどこ見てんの? 何かいるの?」
正面の女子が怯えながら言った。
「いや、何も……」
「じゃあどうしてずっとあたしの頭の上ばかり見てるの? 気持ち悪いわ。何か見えるの?」
その女子は恐怖に顔を引きつらせている。いやもう半べそだった。すぐに驚いた皆の視線が一斉にその子の頭上に注がれる。
と、その瞬間。私がそれまで見ていたもの――デジタルメーターみたいに、5人の頭上でちらちら伸び縮みしていた白っぽい光――が、皆の驚く感情と共に、一気に、たとえるならば、ミルクバーアイスみたいなやつがぐーんと天井まで伸び上がった。いや、伸び上がると言うより、一気に燃え上がったと言う方が正しい。
きっとわたしの目はカッと見開かれて、凍り付いたような表情をしていたのだろう。
「きゃ~っ!」
とうとう向かいの女子は悲鳴をあげた。そして真っ青な顔で本当に泣き出してしまった。
みんなが私を何かお化けでも見るみたいに見ていた。私は何もしていない。ただ壁を凝視していただけなのに……。
「も、もう寝よう」
男子の一人が言って、真冬の怪談はお開きとなった。
初めて私が目にしたもの。あれは一体何だったのだろう。人間の感情が高ぶった時、まるで何かエネルギーが一気に爆発したような感じだった。あの時、みんな若くて、生命力旺盛な時だったからか。あれは命の象徴であったように感じる。
あれ以来、不本意ながら私は、消極的なその他大勢の中の一人ではなくなり、地味な霊感持ちの彼女よりも有名になってしまった。
ああ、そうそう、もう一つ、言い忘れていた。
と言うより、言いそびれてしまったことがある。怪談話が自分の番になったら言ってやろうと思っていたのに。
本当は初めから、和服を着た男が、部屋の隅にずっと座ってこちらを見ていたのだ。さすがにこれは言えなかった。
了