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大家さんシリーズ⑥――孤独死

 長年大阪市内で賃貸マンションを経営しております。今日のお題は、昨今世間で話題となっており、こちらでもたびたび取り上げさせていただいております、「事故物件」のお話です。興味本位ではなく、あくまで「物件」を経営する側として書きたいと思います。


  大家さんシリーズ⑥――孤独死


 大袈裟なタイトルで書き始めました。しかしこれは大袈裟でもなんでもありません。

 手首にそっと指を当てると、トクン、トクンと脈を感じます。あれはあなたの命をノミで削る音だと、昔どこかのお坊さんがおっしゃっていました。まさにその通りで、この世に生まれたからには100%死はやって来ます。ここでの問題はその死に場所です。 


 事故物件と切り離せないテーマに「孤独死」があります。少し前の統計になりますが、2017年 我が街、大阪府内の孤独死者は年間2,996人。そのうち71%以上が70代以上の高齢者です。そして注目すべきは、男女の比率。男8:女2。なんと80%以上が男性なのです。

 そして女性は亡くなって3日以内に発見される方が多く、発見者は、知人、友人、家族が多いです。それに対して男性の孤独死の場合、発見者は、建物の管理者、役所のケースワーカー、あるいは隣戸の住人が悪臭を感じて通報、だそうです。これは、女性が男性に比べて横の繋がりが常にあることを表しております。

 なぜ男性の孤独死が女性の4倍も多いのかと言えば、妻に先立たれて孤立してしまう場合が挙げられます。男性の中には一週間以上も、誰とも話さない人も普通におられるようです。そう考えると、男と言う生き物は、悲しいぐらい孤独ですね。

 それから興味深いデータを見つけました。亡くなってから発見されるまでの時間が一番早い都道府県は全国で断トツ、大阪府です。東京や関東圏の都市は遅くまで発見されません。大阪は横の繋がりが他よりも強く、その分、プライベートの仕切りは薄いけれども、フレンドリーな街と言えるのかもしれません。

 うちにも75才男性、無職、生活保護受給の方がお一人いますが、3日に一度は、安否認しています。本音を言うと、私はその方の身内でも保護者でもなんでもないので、できれば関わりたくはありませんが、もしものことがあれば大きな損害を被ってしまうので、これも仕事と割り切って確認するようにしています。


 さて、たった一人、自室で死に行く時、人は一体どんなことを考えながら死んで行くのでしょうか。 悲しみ? 怒り? 自戒? 虚しさ? 昔の出来事を振り返りながら? 別れた人を惜しみながら? もし、前述のように、連れ合いに先立たれ、孤立して亡くなったのならば、きっとその方とあちらの世界での再会を望みながらかもしれません。あるいは、先に旅立った、親族や友人、中には、愛情を注いでいた犬や猫に対して、もう一度天国で再会を夢見ながら静かに亡くなる人もいるかも知れません。

 でも真の孤独、天涯孤独と言うような方ならどうでしょう。

 検死で、ある男性のご遺体には、涙の跡が残っていたと言います。どれほどの孤独を感じながら旅立って行かれたのしょう。胸が詰まります。


 さて、ここでこのジャンルらしい事故のお話を一つ書きます。

 場所は大阪市内のとあるマンションです。詳しくは書きません。私が懇意にしている、不動産仲介業のSホームさんから聞いたお話です。  

 ある日、そちらのオーナーさんからSさんに、部屋で住人が亡くなっている。見分に立ち会ってほしいと連絡がありました。オーナーさんが最後にその方に会ったのは約1ヶ月ほど前で、それから見ていません。それだけ放っておく方もどうかと思いますが……。

 月末になっても家賃も払いに来ないし、携帯も繋がらない。そのうち隣戸から何か臭いがすると連絡があり、オーナーさんが合鍵で開けたところ、和室の畳の上で亡くなっているのを発見したそうです。亡くなったのは60代男性で、死因は病死だったそうです。

 判断に困ったオーナーさんが、対処に困り、ご遺体もそのままに、取り敢えずSさんに連絡を入れたということでした。

 Sさんが到着して、オーナーさんといっしょに扉の前に立った時、ふんわり生ごみのような臭いを感じたらしいです。しかし、玄関を開けると……。


「オーナーさん、腐った人間てどんな臭いがすると思います?」

 Sさん、急に私に尋ねました。

「あんまり想像したくないですね」

「正解ですわ。おおよそ想像もできへん臭いです。犬とか猫とか、魚とかとも違う人間の死体独特のとんでもない臭いですよ。一回嗅いだら二度と忘れません」

 まあとにかく酷い臭いで、それを初めて嗅いだ人のほとんどが嘔吐するのだそうです。


 そして、さらに時間が経つと、死体は自己消化して液状化します。

 それはすでに腐敗ではなく腐乱です。ここで大事なことは、できるだけ換気しないこと。

「え? 逆ではないの?」と思いました。違うのです。耐えられずについ窓を開けてしまいそうになりますが、それはできればやってはいけないと言います。

 なぜなら臭いはまるで生き物のように、上下左右、あるいは向かいの住居にまでウネウネと侵入して行き、たちの悪いことにそこで沁みついて取れなくなる。そうなると、事故のあった部屋だけでなく、近隣にまで賠償は及ぶのだそうです。

 ちなみに余談ですが、そうなった時、リフォームはどうするのかと言えば、もう通常のリフォームでは到底間に合わず、スケルトンと言う工法を施します。

 シーリング(天井)、床材、壁材、畳などすべて剥がし、その名の通りスケルトン(骨組み)だけにし、内側をすべて洗浄消毒。そして開放した状態で約半年乾燥させて、すべての内装を新しく貼り替える。

 Sさん曰く、そこまでやっても、まだふとした拍子に、ん? と、なんとなく臭うのだそうです。おそるべし腐敗臭。

 間取りにもよりますが、費用も100万~300万と半端な金額ではありません。

 そしてもちろん告知義務が発生します。これも曖昧で、殺人、自殺、自然死で「心理的瑕疵」がかなり変わって来ます。普通は2年から3年、もしくは、次の居住者が退居するまでは事故物件を謳わなければなりません。

 その上、直接被害だけでなく、周り近所に良からぬ風評被害が立ち、最悪、同じマンションの住人も嫌がって出て行き、そうなると下手すれば、そのマンションは廃業の危機に陥ります。

 これは賃貸マンションオーナーにとっては死活問題です。

 たった一人の死が、恐ろしいほどの悪影響を及ぼし、それこそ多額のローンを抱えたオーナーが、そこで自殺することもあり得るそうです。それをまた面白がって世間は「道連れにした」などと吹聴するのです。それはもう私に言わせれば、殺人ですよ。愉快殺人ですね。

 

 話を戻します。Sさんが部屋に入った時のことをこのように言っていました。

「いや、電気付けた途端ね、ギョロッと向いた目とバチンと視線が合うたんですわ。あの目だけは今でも忘れられません」

 死体と目が合う、そんなことがあるのでしょうか。それも腐乱死体です。

 すぐにレスキューと警察に電話をして、ご遺体の搬出にも立ち会ったらしいです。亡くなって間もないご遺体なら担架に載せて毛布か何か目隠しを掛けてそのまま搬出するのでしょうが、腐乱していると穴の開いた水風船みたいなもので、体液がボトボト洩れるし、それがまた強烈に臭いため、通路、階段、エレベーターの床に付くとそれだけでも後が大変です。

 だから液の洩れない厚手の遺体袋に入れて、そっと運ぶのだそうです。

 でもその現場はエレベーターのないマンションで、通路も階段も狭く、レスキュー隊員が、その遺体袋をそっとかかえて降りたそうです。

 水風船の中の水がゆらゆら動くように、腐乱した遺体にもまったくそれに近いことが起こり、大変バランスを取ることに難儀されていたらしいです。と言うか、レスキューの方々には頭が下がりますね。でもこの話はここでは終わりませんでした。

 その後すぐに別の部屋でも事故が起こりました。それも20代の女性の自殺だったそうです。

 Sさんは最後に、「立場上、こんなこと言いたくないけど、あそこ、ほんまになんか憑いてるんちゃいますか」と言っていました。

 どうか、どうかうちでは起きませんように、祈るしかありません。そして事故物件の背後には、泣いている人もたくさんいることも、どうぞ忘れないでください。

                                  


                              了


                      





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