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予言――ナナちゃん奇譚⑧

 夕べ久しぶりにナナちゃんに会いました。なんだか元気がなさそう。

「いつも元気なナナちゃんが、どうしたの?」と尋ねると。。。

 


   予言――ナナちゃん奇譚⑧


「天さんやから言うけどな、わたし、実はコロナになってしもたの。ほかの人には内緒やで」

「ええええ?!」

 ナナちゃん、ここしばらく連絡がないと思っていたら、なんと、コロナ! 

 さすがナナちゃん。流行の最先端を走ります。


「あ、もう治ったから大丈夫。陰性なってるから」

「いやいや、それへたなホラーよりよっぽど怖いがな」

 私は思わずソーシャルディスタンスを気にした。

「ああ、そうそうホラー言うたら今回のことでな……」 


 去年の秋ごろのお話だそうだ。ああ、余談ですが、ナナちゃん、風俗のお店は早くにやめてしまったけれども、今はSMバーで女王様の不定期のアルバイトやっている。確かに白黒はっきりした性格だけれど、女王様には向いてないと思うが……。そう言うと、ナナちゃんはこんなこと言う。

「いやいや、せやねん。私も無理やって思ったんやけどな、んー女王様と言うより、私になんか母性を求めてやって来る若い男の子の相手したってんねん。今の若い男の子はな、なんかね、みんな疲れてる。やさしく叱って、励ましてほしいみたいよ」

 なるほど。納得である。

 世の男性が女性に対してどんなに偉そうにしようが、皆、女性から生まれたのであるから。私もナナちゃんより二回りも年上だが、彼女になら甘えたい……。


 さて、ナナちゃんのお話に戻したいと思います。

 昨年の秋、M吉さん(お客さん)と言う50代の男性とあるホテルに行った時のお話。お客さんはナナちゃんが言うように、いつもは若い子が多いそうだが、M吉さんはかなり年上だった。

 M吉さんは名前。でもホンマにマゾさんなんやけどな、とナナちゃんはケタケタ笑いながら言う。

 ホテルについて、さあ頑張るかとナナちゃん、気合入れた矢先、M吉さん、服も脱がずにそのままベッドの上に胡坐をかいて座わり、目を閉じて何やら瞑想を始めたらしい。

 ナナちゃん、これまたややこしい客やな、と思ったが、しばらくその様子を見ていた。

 すると目を開けたM吉さん、いきなりこんなことを言った。

「ちょっと仕事忘れて、大事な話がある。こっちおいで」

 何だろうとナナちゃんが近付く。

「ナナちゃん、あんたの肩の上に、目だけの黒いもやもやしたやつがいてる。めちゃやばい」

 確かに今までもナナちゃん、いつも何かしらくっつけて来る。ナナちゃんの母性を求めているのかもしれない。最近また変に体に重苦しさや息苦しさをずっと感じていた。


「どうしたらいいんですか?」

「わしにはちょっと手に負えへんぐらいのやつやから、ちゃんと祓ってもらえる人のところへ行きなさい」

 そしてとりあえず、非力やけど、と言ってM吉さんは、バッグから大祓詞おおはらえのことばを取り出して読み上げてくれたらしい。その祝詞は素人離れしていた。

「あの、M吉さんて仕事なんですか? もしかして神主さん?」

「いやいや違う。祝詞はただの趣味や。ほんでな、大事なこと言うで、よく聞いてや」

「先生、趣味の域、離れてますやん」

「いや、素人やから。ほんでな、これから言うこと良くききや」

「なんや怖いわ」

「あのな、わしには、さっきあんたが病院のベッドで寝てる姿が見えた。ほんまに用心した方がええ。ちょっとでも異変を感じたらすぐに病院へ行くこと」

「わかりました。ありがとうございますぅ」

 もはや女王様どころではない。立場逆転である。

 あまりに真剣にM吉さんが言うものだから、結局その夜は、とてもじゃないがプレイなどする雰囲気ではなくて、そのまま帰ったらしい。ちゃっかりホテル代は出してもらったらしいが。M吉さんには、プロらしくない気の毒なことしたと、ナナちゃんは反省していた。

 

 そして、今年の6月。37度から38度の熱がずっと続き、カップ麺食べた時、まるで塩湯を飲んでいるみたいに感じて、初めて検査を受けたらしい。

 そして見事に陽性。幸い軽症だったので入院することはなく、子供を実家に預かってもらって、自宅で療養したとのこと。

 M吉さんの予言的中。でも忠告を受けたあと、「厄神様でお祓いしてもらって、軽症で済んだんかも」とあの明るいナナちゃんが至って真顔で私に語ってくれた。

 私もM吉さんに会ってみたくなった。世の中には不思議な人間がいるものだ。

 夜の街は本当に危険がいっぱいだ。

                                  了



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