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名前も知らない男の子

 

 私は事情で、離婚して、男の子を引き取り、一人で育てていました。今はその子も、もう25才になりますが、これはその子供がまだ小学生で、家事、育児、仕事と、私が一番大変だったころのお話です。



  名前も知らない男の子


 とある5月の日曜日のこと。

 今日は朝から頭痛で気分も最悪だった。

 でも寝てなんていられない。


 朝ごはんを子供に食べさせて、あんまり調子が悪いのでまた横になってしまった。

 10時にインターネット回線の業者が契約変更でやって来た。

 やはりゆっくり寝てはいられない。


 午前11時に子供の小学校の友達が5人もやって来た。

 やはりゆっくり寝てはいられない。

 わたしは重い身体を引きずって、買い物に出かけた。

 近くの焼きたてパン屋さんで、焼いたばかりのクロワッサンを山ほど買って来て、遊びに来ている子供達にばら撒いたら、あっという間になくなった。さすが育ち盛り。すごい食欲だ。


 それから庭の植木やお花たちに水をあげて、ユニクロにパジャマを買いに行って、2時過ぎにうちに戻ると、玄関が子供の靴で埋め尽くされていた。

 朝よりもさらに人数が増えている。奥からはすごく賑やかな声が聞える。

 この狭い部屋にいったい何人いるんだろう?


 みんな買ったばかりのテレビゲームに夢中のようだ。 とても楽しそうに遊んでいる。

 でも、わたしの頭痛はひどくなるばかり。もう薬もあんまり効かない。

 とうとう隣りの部屋で少し横になる。

 

 少しのつもりがすっかり眠り込んでしまったようだ。

 いったいどれぐらいたったのだろう。

 隣の部屋ではまだ子供達の賑やかな声が聞こえる。

 

 と、その時、ふと気がつくと、寝ているわたしの枕元、右側に、小さな男の子が一人座ってこちらを見ている。ぱっちりとした黒い瞳、坊ちゃん刈り風のつやつやの髪。清潔な細い黒白ストライプの長袖Tシャツ。


 なぜ君はみんなといっしょに遊ばないの? 

 なぜみんなと離れてわたしの部屋に入って来たの? 

 なぜ、寝ているわたしをじっと見ているの?  

  

 君は、どうも隣の部屋で遊んでいる子供たちよりも随分と幼く見える。

 不思議に思っていると、男の子はにっこり笑ってわたしの右手にそっと触れた。

 それはまるで、いっしょに隣の部屋へ、たくさんの子供たちのいるところへ連れて行って、と、わたしを誘っているみたいに思えた。

 でもわたしは頭が痛いのと、まだ眠いのとで、相手をするのが面倒くさくて、毛布にもぐりこんでしまった。

 

 夕方になってすっかり日が暮れたころ、ようやく子供達はそれぞれのうちへ帰って行った。

 そしてまたうちに静寂が戻った。


 みんなが帰った後で、うちの子に聞いてみた。

 「父さんが寝てるときに、だれか父さんの部屋へ入って来た?」

 「ううん、だれも入ってない。みんなこっちにおったよ」

 子供に男の子のことをを話してみても、そんな子は来ていないという。

 どうもウソではないらしい。

 じゃあ、あの子はいったい誰だろう?


  きっとあの子は子供たちの楽しそうな声に引かれてやって来たのかな? 

  きっとすごく寂しかったんだね。

 

 今、はっきりわかる。きっとみんなと遊びたかったんだね。でもわたしだけしか気がつかなくて、すごくかわいそうなことをしてしまった。

 わたしもいっしょに子供たちと遊んでやればよかった。


 またいつでも来てください。

 名前も知らない、小さな男の子。


                                                                               了


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