前へ次へ
19/122

夜、りんの鳴る


  夜、りんの鳴る

 

 亡くなった母はかなり霊感が強かった。

 そのおかげだろうと思うが、よく夜中に仏間のリンが鳴ったことを覚えている。

 私が物心つくかつかないかぐらいから、それはけっこう日常的な出来事であったので、すっかり当たり前に思えて、私自身、まったく怖くはなかった。

 でもそのことを大きくなってから人に話すと、ほとんどの人が「え? 怖い!」と驚く。

 それでやっとそれがうちだけの特別なことであると知った。

 今日はその中でもかなり印象的だった出来事を書いてみたいと思う。


 あれは、まだ私が高校生の頃だった。

 私は大学受験の真っ最中で、深夜まで勉強をしていた。

 夜中1時を回った頃、階下で何やら物音が聞こえる。

 こんな時間に母がまだ何かしているのかと思い、ふと気になって階下へ降りて見た。

 ところが、音の聞こえた玄関は照明が消えていて真っ暗でもちろん誰もいない。

 気のせいだったかと、トイレに行こうとしたとき、母の部屋の前を通ると、中から何やら話し声が聞こえて来た。誰かお客さんでも泊まりに来ているのかと思った。

 と、その時だった。

  ――チーン

 仏壇のリンが1回だけ鳴った。

「ははん、そうか、なるほど」と思い、私は部屋に入ることなく、再び自室へと戻った。

 

 翌朝、母に「夜、誰か来てたの?」と聞いたら、「うん、昔からの友人」と答える。

「そんな夜中に?」と尋ねたところ、ごく当たり前にこう言った。

「夜中にな、誰かが訪ねて来たから、誰かと思って戸を開けたら、Kさんやったんよ」

「Kさんて、長いこと入院してるあのKさん?」

「そうそう、それでな、Kさんの顔見たら、暑くないのにものすごく汗びっしょりで玄関に立ってるから、『どうしたの?こんな夜中に、早く入って』そう言って部屋に入ってもらったのよ」

 私は頷く。この時点で、大体の予想は付いていた。

「それでな、Kさん、私の部屋入るなり、奥さんには今までえらい世話になったけど、お礼もちゃんとできんと大変申し訳ないってえらい泣きはるもんやから、わたし、ええんですよ、どうぞ気にせず、逝ってくださいね、大丈夫ですよって言ってあげたんよ」

 と、その時、電話が鳴った。母が出る。

「ああ、そうですか、それはどうも、お悔やみ申し上げます」

「誰? もしかして」

「うん。Kさんの息子さん。やっぱりKさん夕べ亡くならはったんやて。今夜お通夜やわ」 

「なるほど、息子さん、この前会ったら、お母さんだいぶ悪いって言うてはったもんね。けど、わざわざ挨拶に来はるなんて律儀な人や」

「あはは、違うねん。わたし、Kさんに3万ほどお金貸してるんよ。息子さんには内緒で。たぶんずっとそのこと気にしてはったんやろね」

「はあ、それでリンが鳴ったんか。たった1回で3万チャラって? せめて3回やろ」

「あはは、せやけどあんたも聞こえたんか。血は争えへんね」

「あんな夜中に鳴ったら誰でも聞こえるでしょ」

「いいや、そうでもないよ、わたしといっしょにおっても聞こえない人には聞こえないみたい」

 なるほど、こういうのは遺伝するって聞いたことあるけれど、本当なんだと納得した。

 

 そして母は元々、とても律儀な性格だった。

 亡くなって今年でもう16年になるが、未だに私の夢枕に立つ。

 その理由が、親戚の誰々が、そろそろこっちに来そうだから、早めにお別れに行きなさい、だとか、ちゃんと花壇の手入れをしなさい、鬼門が雑草だらけや、だとか、そんなことばかりを告げにやって来る。生前の口煩さと変わらない。よほど私の自堕落な暮らしっぷりが気になるらしい。

 しかし、母親と言うものはあの世に行ってまでも我が子を心配している。

 まあ、ありがたいにはありがたいことだと思うが、でもきっとその性格やから、向こうでKさんに3万返してもらったんだろうな。


                                 了

 



前へ次へ目次