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第63話 マーズと姫とナイトクルージング

川島アプリにドッケンが追加された事により、社内では子供や親戚、友人関係に面目を保てた人も多く、また冒険者の方からの評判も意外と上々。


そして肝心要の子供たちからの漫画やカードの評判もバッチリらしい。


週末に行われる大会は多くの人で賑わい、山程作ったスターターデッキの在庫も危ないぐらい。


もちろん転売屋へパックを横流ししていた店もあったが、そういう店は全てブラックリストに入り、次の出荷からは適当な理由をつけて外される事になった。


一時はどうなる事かと思ったが……


色んな人に助けられ、結果的に様々な事がなんとか上手く進んでいた。


そして物事が上手く回っている時ほど、次に向けての下準備が必要、というのは姫の言葉だ。


そんなわけで、俺たちは忙しい中時間を見つけては、ちょくちょく川島総合通商が元々あった工場へと向かい、ぶっ壊れていた戦闘ロボ(サードアイ)の修復を行ったり、個人用のバリアや生命維持装置といった装備の選定や製造を行っていた。


というのも、資源採掘船『カワシマ・ワン』を飛ばす前に、近々一度海賊船(サイコドラゴン)で宇宙へ出るつもりだからだ。


前回宇宙(そら)へ出た時はさらっと状況を確認しただけだったため、カワシマ・ワンが飛ぶ範囲の状況の確認がまだできていないのだ。


そして宇宙に出る上では、何があってもいいようにしておかなければいけないという事で、こうして細々とした準備を行っているのだった。



「この腕輪型の生命維持装置ってやつ? 俺が持ってる銀河警察のやつとどっちが凄いの?」



サードアイを作った懐かしの工場で、宇宙の生産機械から出てきた輪っかの穴を目に当てるようにして、俺はマーズにそう尋ねた。



「そりゃ銀河警察でしょ。あっちは荒事用で、その腕輪は民生用だよ」


「じゃあ俺はこっちつけた方がいい?」



俺がそう言いながら、ダンジョンに行く時にいつもつけていた、ヘッドホン型の生命維持装置を取り出すと……


マーズはちらっとそれを見て、尻尾をしならせた。



「両方つけときなよ。なんなら腕輪も両手につけといたら?」


「そういうのもアリなんだ」


「大アリだよ。宇宙に出たらまずは生き残るって事が大事だからね」


「大事」



マーズとシエラにそう言われ、俺は別に今日宇宙に行くわけでもないのに、右手に腕輪を嵌めた。


まぁ、簡易バリア機能もついてるらしいし、付け得なアイテムではあるんだろう。



「マーズとシエラ用にはネックレス型ね。イヤーカフ型ってのもあるけど、そっちじゃなくてよかった?」


「僕耳になんかつけるの苦手なんだ。あとシエラはイヤーカフだと、人間形態になった時に外れちゃいそうだし」


「たしかに。マーズも今からつけとく?」



俺が磁気ネックレスのような形の生命維持装置を差し出すと、彼は首を横に振った。



「いや、僕は今んとこいいや……肩凝るしね」



そう言いながら、彼は腕をグルグル回す。


マーズもシエラも、普段は首から財布や鍵入れ代わりの巾着をかけてるぐらいだもんな。



「そういや、武器って作らなくて良かったのかな?」


「僕用は作るつもりだけどね。トンボはいらないんじゃない? 最悪密造銃もあるしさ」


「いやぁ、あれはさぁ……どうせならもっとかっこいいのがいいなぁ」



どうせならメカメカしいブラスターとか、レーザーの剣とかを持ってみたい。


そんな事を考えていた俺に、元船乗りのマーズは超現実的な答えをくれた。



「訓練した事ない人が対人武器なんか持ってても、自分に当てたり相手に取られたりして危ないだけだよ。トンボはさぁ、自分がそういうの持ってたとして相手を攻撃できると思う?」


「た、たしかに……」



ドラゴンとか大蛇とかならまだしも、人間相手に引き金を引けるかというと、ちょっと自信がない。



「今は護衛のシエラもいるし、そっちに任せときなよ」


「……じゃあ、シエラは武器欲しい?」


「欲しい」



自称潜入工作用ホムンクルスであるらしい彼女は、そう言いながらモフモフの腕をぐいっと上げる。


たしかにダンジョンでも普通に魔物を倒しまくっていた彼女がいれば、俺に武器はいらないかもしれないな。



「銃とかは使えなさそうだし、近接武器かな?」


「銃、知ってるぞっ、ゲームのやつ」



シエラはそう言いながら、小さな手をぴこぴこと動かすが、まぁ無難に近接武器にしておいた方がいいだろう。


俺は生産機械のカタログの中から、腕輪から変形するショックバトンを選んで生産予約を入れた。


身につけられるという事は恐らく自衛用のものだろうが、それなら最悪ミスで自分に当てても死ぬ事はないだろうしね。



「えーっと、他には……」


「トンボ用に汎用翻訳機ぐらいはあった方がいいんじゃない? データは姫が変えてくれると思うし」


「いいね、あとは……」


糧秣(りょうまつ)


「なにそれ?」



元気に手を上げて知らない言葉を言ったシエラを見ると、彼女は「ごはん」と補足してくれた。


たしかに、そりゃあ重要だ。



「まぁトンボがいる限り大丈夫だと思うけど、一応漂流時用の非常用持ち出し袋があるから……」


「宇宙にもそういうのあるんだ」



材料の魔石は沢山あるし、最悪俺のジャンクヤードに入れておけば腐らないので、どんどん予約を入れていく。


まぁ、本当の宇宙の武力組織と対峙した時にどれだけ役に立つのかは疑問だが……


とにかく備えておくという事に意味があるのだ。


そんな感じで、忙しい合間を縫って進めていた準備が整ったのは、結局秋に入ってからの事となった。


そして駐車場の隅に生えたススキが、風に吹かれてサラサラと揺れる満月の夜。


俺たちは旧川島本社の駐車場へ立っていた。



「みんな、ちゃんと工場の方に寄っててね」


「いいよー」


「はーい」


「それじゃあ、下ろすからね」



姫のその言葉と共に、光学迷彩と吸音措置を施した駐車場へ、宇宙に待機させていたサイコドラゴンが降りてくる。


といっても、船自体のステルス機能が働いているからか……


すぐ近くに立っていても、大質量の物質が空から降りてきた事によって起こる風と、僅かな音でしか船の存在はわからない。


姫が出入り口を開けた瞬間に忽然と姿を表した海賊船(サイコドラゴン)を見て、俺はやはりマーズたちの地元の文明はとんでもないものだなという事を再確認した。


そしてそんな俺の隣で、犬のシエラはポカーンと口を開けてサイコドラゴンを眺めていたのだった。



「ふかふかだ」



久しぶりにやってきたサイコドラゴンの艦橋(メインブリッジ)、その四つ目の席に座ったシエラはなんだか嬉しそうにそう言って、お尻をもぞもぞさせている。



「艦長、シエラは船員として登録する?」


「え? あ、艦長って俺か……登録します」


「じゃ、タブレット触れてー」


「了解」



眼の前に出現した読めない文字のタブレットを触ると、書かれていた赤い文字が緑に変わる。


多分これで、シエラは船員として登録されたのだろう。



「そんじゃあ、上がるよん」



気楽な姫の言葉と共にサイコドラゴンはふわっと飛び上がり、空が見えたと思ったらすぐに雲を突っ切り、あっという間に星の海に浮かんでいた。


艦橋(メインブリッジ)のモニターには、青く輝く地球が映っていて、シエラは口をポカンと開けてそれを見つめている。



「ここ、どこ?」


「宇宙だよ」


「空の上だよ」


「上?」


「ずうっとね」



シエラは首を傾げているが、まぁサイコドラゴンの大気圏突破は速すぎて実感が湧かないのだろう。


ぶっちゃけ俺も二度目だが、あんまり宇宙に来たっていう実感はない。



「艦長、レーダー打つよ」


「どうぞ」



艦橋(メインブリッジ)の天井に吊り下げられるように表示された球体の地図に、矢印のような形で示されたサイコドラゴンを中心に波紋が広がっていく。



「あれっ?」


「どしたの?」


「結構近くになんかいる……けど、レーダーを打ち返してこない」


「デブリじゃないの?」


「いや、船舶で信号が出てる……」



二人の話を聞きながら俺も地図を見ると、たしかにちょっと離れたところに船のような形が表示されていた。



「ステルス状態だからこっちを発見はできないだろうけど、レーダー打たれて打ち返さないのはちょっとおかしいね。それってどこらへん? 太陽系の中?」


「いや、太陽系からはもうちょい遠いよ」



マーズはそう言って、地図をズームした。


たしかに太陽系からはちょっと離れたところにいるようだ。



「とりあえず、接触とかは考えないでいいんじゃない? 変にこっちに来られても困るし」


「たしかにね。普通に廃船が漂流してるだけって可能性もあるし」



地球(こっち)はまだまだ、同じ星系内の星にもいけないぐらいの文明レベルなのだ、接触して変な気を起こされても困る。


危うきにはなんとやらだ、あっちがこちらを探ってこないというのならば、放置でもいいだろう。



「とりあえず、月から小惑星帯ぐらいまでぐるっと回ろうか」


「了解」



姫の操舵するサイコドラゴンはぐんぐん月へ近づき、その周りをぐるっと一周してから火星方向へと離れた。



「すっげぇ……地球から見るのと全然月の色が違う」


「ボロボロ」


「あれはクレーターっていうんだよ」



遠のいていく地球と月を見送った感激に浸る暇もなく、次はあっという間に火星が近づいてくる。


……おかしいな、地球と火星の距離って何億キロメートルも離れてるんじゃなかったっけ?



「なんか、早くない?」


「え? そう? 隣の星じゃん」


「いやこの船って海賊船だから、加速も最高速もけっこう速いよ。普通の船が電車だとすれば、短距離なら新幹線ぐらいの速度が出せる感じ。少数人運用の高速戦闘艇だから、生命維持も最低限だし」



姫は絶妙にわかりやすい説明をしてくれるが、そういう事じゃない。



「そうじゃなくて、こんな簡単に火星につけちゃうの?」


「簡単に行けなかったら、いくら明日が休みだからって夜から行こうって言わないよ」


「ナイトクルージングだよん」



なんだか、思っていた何倍も、宇宙というのは彼らにとって狭いものだったようだ。


俺はそんな余計な事を考えていたが……


シエラはさっきからずーっと前部モニターに張り付いて、尻尾を振りながら宇宙の様子を見ているようだ。


俺も深く考えないで、彼女と同じようにただ楽しめば良かっただろうか。


膝に肘をついて顎を支える俺の方に、斜め前に座っているマーズが火星を指差しながら身体を向けた。



「トンボ、あれって僕の名前になってる星なんだよね?」


「ああ、そうそう。火星の英名がマーズなんだよ」



そして、息子にトンボと名付ける男が猫につけた名前でもある。


まぁ別に俺だって、そのセンス自体が嫌いというわけではないけどね……


大迫力の火星をぐるっと回り、そのままサイコドラゴンはその向こう側の小惑星帯(メインベルト)に突入した。


太陽系の小惑星のほとんどが集まっていると言われている火星と木星の間のここに、カワシマ・ワンは来る予定なのだ。



「危険な生物とかはいなさそうだね」


「ていうか、ここらへんの宙域って全然生物いなさそう。寂れきってるわ」



俺も子供の頃は、宇宙には宇宙怪獣なんかがいてほしいなと思っていたのだが……


今はただただ、ここに宇宙怪獣がいない事に安堵するばかり。


現実世界には、宇宙怪獣を退治しに来てくれる巨人はいないのだ。



「まぁ、計画では資源採掘船はまずはここに来て、石ころでも何でも持って帰るのが課題なんだけど……念のため、いくつかスキャンしとく?」


「宝探しするにしても、宝の地図ぐらいは作っとかないとね。時間使って船飛ばして、ほんとの石ころ持って帰っても仕方ないんだからさ」



俺は姫とマーズのそんな会話を聞きながら、席からぼうっと小惑星帯を眺めていた。


見れば見るほど、宇宙ってやつは凄い。


馬鹿みたいなそのデカさに、まるで異世界のような荒涼さに、どこまでも続く闇の深さに、俺はただただ圧倒されていた。



「トンボ、どったの?」


「いやぁ、宇宙ってなんか……おっかないなぁって……」


「あー、星から上がってきたばかりの時は、みんなそう思うんだよねぇ」


「マーズもそう思った?」


「思った思った、何ここすげー暗いじゃんって」



猫のマーズはそう言いながら耳をぴこぴこ動かして、天井を見上げた。



「でもそのうち、こう思うようになるよ。今まで住んでた星が明るすぎたんだってさ」


「そんなもんかなぁ……?」


「そんなもんそんなもん。船乗りの中にはさ、星に降りてるよりも静かな宇宙の方が落ち着くって人もいるぐらいだよ」


「そうなのかなぁ……」



俺が首を傾げると、前の席に座っている姫が背もたれに腕をかけてこちらを向いた。



「そんなわけないじゃん。船乗りってのは、そういう適性がある人が就く仕事なの。やっぱり暮らすなら星の上がいいと思うよ、それも自然居住惑星の方」


「まぁ、そりゃそうか」



俺はなんとなく、それを聞いて安心できた。


こんな寂しいところでずっと暮らしていくっていうのは、ちょっと自信がないからだ。


とはいえ、大学一年の頃の夏休みなんかは、バイト以外で一歩も外に出ない事も多かったしなぁ……


自分の持ってる船を自分の部屋みたいな状態にすれば、そこにいるだけで仕事になるっていうのは、それはそれで魅力的な気もしていた。



「……おっ、いいのあんじゃーん」


「姫、なんか見つけた?」


「もち、結構資源あるよこの宙域。持って帰れないぐらいデカいのも多いんだけど……何個かサイズ的にもいい感じの奴があるよん」


「そりゃ良かった、安心したよ。まぁ最悪それで足りなくても、もう一個遠くの小惑星群まで取りに行ってもいいわけだしね」



マーズはそう言って、機嫌が良さそうに伸びをした。


結局この日は月と火星と小惑星帯(メインベルト)の周りをちょっと確認し、日が変わらないうちに部屋へと戻った。


まさに姫の言う通りナイトクルージングなお手軽さで、なんとも気楽な宇宙旅行になったのだった。

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