第62話 サボりと犬とシンギュラリティ
そんな事をやっているうちに『ドリフト・ケイン』は海外へと渡っていたらしい。
当然、うちは海外への販路など持っていない。
日本語のカードゲームなんか持ち込んで意味があるのかはわからないが、奇特な誰かがお土産にでもしたのだろう。
なんて呑気に考えていたら、海外の有名な雑誌にこんな記事が載った。
『シンギュラリティは過ぎ去った』
シンギュラリティというのは、人工知能が自己進化を始めるという、技術的特異点のようなものだ。
『すでに自己進化、自律思考するAIは完成していて、これまで我々がそれに気づいていなかっただけなのだ。なぜならば、日本で売られている子供向けカードゲームに、既に凄まじく高度なAIが搭載されているじゃないか』
と、そういう内容の記事が和訳されたブログ記事のお尻には……
うちのカードゲームの立体映像が、カメラに向かって手を振る動画が貼り付けられていた。
そう、俺も販売してからこれに気づいてしまったのだが、『ドリフト・ケイン』のカードは、明らかにプレイヤーを認識しているのだ。
命令に従って攻撃や防御をするだけでなく、プレイヤーに向けてアピールをしたり、手癖の真似をしたりする、そういうシステムが組み込まれていた。
もちろん、カードにカメラやマイクがついているわけじゃない。
何か地球人にはとてもわからない、とんでもない技術が使われている事は確かだった。
俺はこれに関して「また軍事技術だとかで叩かれて、会社に迷惑をかけてしまうかも」という思いで頭を抱えたのだが……
意外や意外、国内では転売対策の不徹底に対する文句が出ただけで、国外からやって来たのは世界中の学者や大金持ちからのラブコールだった。
どうも彼らはこのカードゲームを、ダンジョンからの恩恵の一つとして受け入れてくれたらしい。
そしてこんなとんでもない技術力のカードゲームを、ポンと出したうちの会社が宇宙開発を志しているという事を知った彼らは、今からでもプロジェクトへの協力ができないかという打診や、資金提供は受け付けていないのかという確認を取ってきたのだ。
そのどちらも必要ないといううちが特殊なだけで、普通の宇宙ベンチャーならば、これらは非常にありがたい申し出だっただろう。
もちろん、諸外国との交渉を国に任せてしまっている毛生え薬や歯生え薬の獲得への足がかりに、という事もあっただろうが、まぁそれは仕方のない事。
結果的にそのうちの誰とも組む事はなかったが……現在の川島アステロイドは、国内よりも海外からの注目度の方がはるかに高いという状況になってしまっていた。
無論、裏でうちの情報を抜こうとハッキングや人員の送り込みを仕掛けてきた人も山程いたようだが、そこらへんは全て姫がブロックしてくれていた。
「やっぱお金持ちってさ、新しいものとかフロンティアが好きなんだよ」
「そういう話かなぁ? 多分今回うちにコンタクトを取ってきた人たちが好きなのは、勝ち目の高い博打だと思うよ」
川島本社の大部分を占める、元ロジセンターの心臓部たる巨大な倉庫部分。
色々と手を加えたそこで行われている、宇宙船の組み立てを見物しながら、俺とマーズはそんな話をしていた。
「実際魔鋼系素材を作ってる会社とか、うちの下請け周りの会社の株が買いまくられてるらしいしね」
「姫が前に魔鋼製造会社の株を買ってたのは、今の状況を見越してたって事かな?」
「そりゃあ姫ぐらいになると、見越さないってこたぁないんじゃない?」
じゃあ……と言いかけた俺のズボンを、隣から小さな手が引く。
そちらを向くと、人間形態のシエラが、ニコニコ笑顔でデジカメの画面を突き出していた。
「トンボ、これどう?」
「おっ、いんじゃないの?」
俺は彼女が広報に混じって撮ったらしいその写真を、しゃがみこんで見た。
デジカメの小さな画面に映るそれは、ブレもなく、ピントもバッチリ合っているようだ。
彼女は俺があげたデジカメをことのほか気に入ったようで、たまにうちの母と妹に買ってもらった服を着て、近所の写真を撮りに行ったりしているようだ。
今日は会社で広報用の写真撮影をやる、という話が社内チャットで流れ……
誰に頼まれたわけでもないが、彼女は大張り切りでやって来ていた。
もちろんどこに出るような写真でもないが、当然撮っちゃいけないところは撮らせていない。
「みんなで撮った」
「いい写真だよ」
思いっきりうちの広報の背中が写っているが、まぁこれもオフショットな感じでいいだろう。
その奥に写っている宇宙船も、もうだいぶ形がわかるようになってきていた。
色々やってきたおかげで魔鋼の素材も予想の何倍も早く集まり、建造も予定から少し前倒しで進んでいるぐらいだ。
この調子であれば、年末には宇宙船が飛ぶらしい。
凄まじいスピードに目眩がするが、姫曰く枯れ切った量産品の図面を持ってきてるんだから、もっと早くてもおかしくなかったのだそうだ。
「この船でどこいく?」
「まずは練習で月だね、その後は火星の向こうに小惑星を取りに行く」
「トンボも行くのか?」
「俺は行かないよ」
もっといい船を持ってるからな。
一応シエラにも海賊船の事は説明してあるが、ぶっちゃけ彼女がどこまで理解しているかはわからない。
俺はデジカメを見ながらムフーと鼻を鳴らすシエラの、白い髪の毛を撫でようとして……
人間形態だと事案になってしまう事を思い出し、やめた。
彼女は途中で止まった俺の手を見てキョトンとして、俺の腰にゴンと頭をぶつけた。
「どした、トンボ?」
「いや、なんでもないよ」
「その格好のシエラを撫でたりしてると、トンボが逮捕されちゃうんだよ」
「そうか、逮捕、まずいな」
シエラはそう言って俺から一歩離れたが、それはそれで寂しいもの。
まぁでも、セクハラ社長として告発されるよりかはいいか……
なんて事を考えながら、俺は手持ち無沙汰になった手をポケットに入れて、組み上がっていく宇宙船の外装を眺めていたのだった。
魔鋼を作るのに必要な素材が集まった事以外にも、会社のイメージが良くなって得をした事がいくつもあった。
まずひとつ目に、採用に応募してくれるまともな人材が増えた事だ。
これまでも姫フィルターを通さないスパイ人材の応募なら、それこそ雲霞の如く来ていたわけだが、今度来てくれた人たちは正真正銘普通の人材。
いや、普通どころか宇宙系の仕事をしていた人たちが、前の仕事を抜けてまで来てくれたりもした。
彼らの半分ぐらいは、会社ホームページに載せた宇宙船建造の途中経過を見て来てくれたそうだ。
やはりどんな事でも、まず形にするという事は大切らしい。
とはいえうちに採用が決まってからも、他の企業からの後ろ暗い接触があったりもするらしいので……
そういう人は残念ながらお祈り対象になり、なぜか相手企業のスキャンダルが巷を賑わせたりもした。
そしてふたつ目に得をした事は、うちの本来の商売相手……
だと勝手に思っている、冒険者の人たちからの覚えが良くなった事だ。
イメージ向上により、川島総合通商はしっかり彼らの信頼を得られたようで、今やうちの販売している製品は、ある種川島ブランドとでも言えるような扱いを受けているらしい。
これは、この間久々に会った吉田さんから言われた事だ。
まぁ元々うちの会社は、冒険者向けの商売をやっていた俺とマーズが、元冒険者の阿武隈さんと吉川さんを雇って始めた会社。
嬉しいと言えば、素直に嬉しい。
社員やアルバイトも大半が冒険者の関係者だし、近頃の冒険者のイメージ向上もあって、社内もちょっと明るい感じになった気もする。
そして最後にもう一つ良かった事を挙げるとするならば、世間でちょっとした宇宙ブームのようなものが起こった事だろうか。
最初はどれだけ実現可能な事をアピールしても、誰も本気にしていなかった、世界初の重力制御方式の宇宙船。
そして、それで小惑星をキャッチしに行くといううちの計画。
一連の会社のイメージ戦略や、海外セレブからの熱いラブコールなどがニュースになった事もあって、だいぶ計画全体の信憑性が高まった。
計画が途方もなくデカくて、進捗が速すぎるという事もあり、未だ宇宙の山師扱いされているところはあるが……
それでもいくつかの雑誌や番組から追加で取材が入り、それが子供向け番組に流れたり、漫画雑誌などに掲載されたりしたらしい。
どこかの小学校の授業でもうちの話が取り扱われたようで、その授業の一環か、子どもたちがうちに応援の手紙を送ってきてくれたりもした。
「なんか、まだ何もやってないのに面映いね」
というのは阿武隈さんの言葉だが、彼女よりもよっぽど感動していたのは自衛隊からの出向者だったらしい。
無骨ででっかい男が手紙を読んで涙ぐんでいたというのだから、人というのは見た目ではわからないものだ。
とまぁ、そういう追い風の中で夏から始まったのが、分厚くて判の小さい漫画雑誌での、カードゲーム『ドリフト・ケイン』の漫画化。
そしてそこから一ヶ月ほど遅れての、ダブルネック社版第一弾のカード発売だ。
採算度外視で絶対に余る量を作ったスターターデッキを除いては、中学生以下一日一人一パックという公式制限を用いての販売が行われ……
通信販売は、姫の統制が利く川島のサイトからのみという事に決まった。
「御社の事業ともコラボができますし、第一弾のテーマは宇宙、これでいきましょう!」
と、ダブルネックの今川氏から提案があったらしく、テーマは宇宙となった。
当然最初に出た川島版からカードの絵柄は全変更なわけだが……そこは宇宙の技術力。
あちらからキャラクターやアイテムや魔法の三面図を提出してもらえれば、それを姫がソフトに読ませ、ガンガン立体映像に変えてくれる。
それを宇宙の生産機械でボンボン生産してどんどん出荷したから、川島版から三ヶ月程度という超スピードでの発売が実現できたのだ。
ダブルネックの今川氏の哲学は「鉄は熱いうちに打て」だった。
そんなカードゲームに『カワシマ・ワン』と名付けられたうちの資源採掘船が登場し、いよいようちの宇宙事業の子供たちからの知名度は抜群に高まった。
そしてそんな状況で、俺にそのカードゲーム絡みの話を持ってきたのは、意外な人物だった。
「トンボ君、悪いんだけどさぁ……今ちょっと時間ある?」
なんて言いながら、地下の秘密工場にやって来たのは、アステロイド事業部の阿武隈さんだった。
「えっ!? 阿武隈さん? ど、どうしたんですか? ……あっ、ソファにどうぞ」
「やーごめんね突然」
まだまだ皆が一生懸命働いているこの時間。
クーラーガンガンの部屋で、普通にシエラとマーズとレースゲームをしていた俺は……
なんとなくバツが悪くなって、自分が座っていたソファを彼女に勧めた。
「トンボ、止めるか?」
「ちょちょちょ、テレビ切って……いや、すいません、なんか……」
「や、別にそれはいいんだけど……」
川島総合通商と胸に刺繍の入ったポロシャツを着た彼女も、なぜかなんとなくバツが悪そうな顔をしながらソファへと座った。
「ど……どうしました? 何かありました?」
「いや実はさぁ、あのカードの事なんだけど?」
「ドッケンですか?」
「そうそれ、ドッケン。それってさぁ……社員向けで買えるようにとか、できないかな?」
「あっ、それなら一箱ぐらい持っていってもらっても……」
俺が雑にコンテナに突っ込まれたカードのパックを指差すと、彼女は首を横に振った。
「いや、あたしだけの事ならありがたくそうするんだけど……なんつーか、子持ち組とか自衛隊組がねぇ……子供から頼まれたり、元同僚から頼まれたりしてるみたいなんだよね」
「な、なるほど?」
「ほら、自衛隊関係って最近色々うるさいじゃん? だからまぁ、社員が買えるような制度がちゃんとあると嬉しいっていうか……」
「それなら、そういう事にしとけばいいんじゃあ……」
そりゃあ何十箱も持っていかれると困ってしまうが、家の子供を喜ばせる分ぐらいならば、別に役得という事でいいだろう。
と、俺はそう思っていたのだが、阿武隈さんはなおも首を横に振るばかり。
「それだとやっぱり、外から突っつかれた時に怖いって人がいてさ。で、これはちょっと飯田も含めた社内のみんなで擦り合わせて考えてみたんだけど。ドッケンをあのポイントアプリの品目に追加できない?」
「あ、なるほど。社員は毎月ポイント付与されてますし、それなら外の人も同じように買えるから公平っぽいですね」
「でしょでしょ?」
出会った頃とは違い、もうほとんど目の下の隈がわからなくなった阿武隈さんは、花が咲いたような笑顔でそう言うが……
わざわざ周りと擦り合わせてまで来てくれたとなると、なんでこんなにもったいぶるのかがわからないぐらいだ。
「ていうか阿武隈さん、それぐらい普通に社内チャットで言ってくれたら良かったのに……」
「いや、あのカードが最初に出た時さぁ、雁木君以外誰も社長の味方しなかったでしょ? そんで、人気出たからって福利厚生にしろってのも、なんとなく気まずくてね……」
あ、そういう事か……
「いやいや、あれは怒られて当然の事をしたわけですから、それは別にいいんですよ」
ぶっちゃけ俺は気にしていないというか、それよりも地下で普通に遊んでる事がバレた事の方が気まずかった。
これ、なんとか飯田さんには内緒にしといて貰えないかなぁ……。
「とにかく、飯田さんには報告して、副社長にも言っときますから」
「そう、ありがとっ、トンボ君」
そんな、なんとも面倒な役割を背負って来てくれたらしい阿武隈さんに、お土産のカードをいくらか持たせて帰し、俺は社内チャットへと連絡を飛ばした。
なんだかんだと身近な人の子供にまでウケてるという事実は、俺にとってはなんとも嬉しい事で……
結果としては「あのカードを世に出してよかったなぁ」としみじみ思えたのだった。