第60話 熱狂と猫とタクシー通勤
まるで誰かが忖度しているように、状況は一気に動き出した。
長らく協議中と言われていた自衛隊のパワードスーツ導入の承認が突然下り、同時に交渉中だった価格がこちらの要求全飲みで決まり、一定数を即時納入の要請が届く。
またすでに自衛隊の特定部隊へ向けて少量の納品を済ませていた力場発生装置に関しても、全面的に採用される事が決まったらしく、こちらもまたできるだけ早期の納入要請が出た。
「いらなかったかも」なんてマーズがぼやいていた生産施設は、結果的にフル回転で動き始める事になり、俺は物運び係としてまた忙しく働く事になった。
「向こう側にお宝があるとわかった途端、これまで3Kと馬鹿にしてた仕事に人が群がる……本当に都合がいいですよね」
この状況を見てそんな事を言ったのは、なんだか知らないがひっきりなしにやって来る他社の営業に辟易していた飯田部長だ。
しかし、満員御礼なのはうちの会社だけじゃなく……
関東圏のダンジョン各所にも、とんでもない人が押しかけて完全にパンクしているようだった。
「やっぱアレ? うちのせい?」
「それ以外に何があるってのさ」
「でも、そんなに髪の毛を生やしたい人って多いのかな?」
「いや明らかに若い人も多いし、それだけじゃないって事でしょ」
機械の間にベッドやソファ、テレビなどが置かれ、もはや俺の第二の部屋とも言える状況になった地下製造施設。
その一角に敷かれたカーペットの上で、俺達はレンジで解凍した冷凍たこ焼きを食べながらそんな事を話していた。
お腹を上にしてぐうぐうと寝ているシエラの向こうでは、テレビからダンジョンが大盛況だというニュースが流れている。
『東京都ダンジョン管理組合では、土・日・祝日に新人冒険者に向けた特別な講習会を開催されており、未知の世界に挑む冒険者の卵たちが集い……』
「未知の世界ねぇ……」
「実際そうなんじゃないの? 異世界どころか、ダンジョン内の調査ですらほとんど進んでないんだから」
未知、そう、未知だ。
ダンジョンの向こうから毛生え薬と歯生え薬という、特大の結果を持ち帰ったように見える川島総合通商のニュースは、様々な人々に非常に大きな影響を与えたらしい。
『ダンジョンはこれまで我々に、混乱と破壊だけをもたらす物でした。しかし、暦が迷暦に変わってから二十三年目の今、我々にもついに打って出るべき時が来たんですよ!』
テレビの中ではこの間は川島を絡めて自衛隊を叩いていたインテリコメンテーターが、自信満々にそんな事を言っている。
「うちの川島ポイントアプリも百万ダウンロードを超えたんだっけ?」
「そうみたい、首都圏に百万人も冒険者がいるのかは疑問だけどね。まぁ管理組合の初心者向けのしおりに載ったからってのもあるんじゃない?」
マーズが言う通り東京のダンジョン管理組合は、うちのポイントアプリの事をダンジョン探索初心者向けのしおりで紹介してくれたのだ。
載ったのは冒険者向けの商売をしている、言わば管理組合お墨付きの企業たちが並ぶページ。
ぶっちゃけうちがやっている買い取りサービスなんかは、管理組合のダンジョン素材流通利権とカチ合う部分もあったのだが……どうも政府の方から管理組合へとかけ合ってくれたようで。
今年度のしおりから、うちは錚々たる大企業と肩を並べて載る事になったのだった。
「姫も喜んでたね。素材の入ってき方がダンチだって」
「まぁうちもあっちのために色々動いてるから、これぐらいはしてもらってもいいんじゃない? 買い取りポイント制度も色々いじる事になったし」
とにかく、冒険者が一躍熱い仕事となった今の世間。
この勢いを殺さないため、うちも少しだけ身を切る事に決めた。
宇宙船作りには直接必要のない魔物素材にも、ポイントをつけて取り扱う事にしたのだ。
もちろん宇宙船に使う素材は『重点買い取り品目』としてポイントの割合を高くしているが……
そういう現在も買い取りをしている重要素材や汎用素材の魔石以外にも、比較的初心者が手に入れやすい素材を買い取り品目に入れたわけだ。
これは急激に増えたダンジョン初心者へポイントを供給する救済策であり、うちの会社のイメージ戦略の一つでもあった。
「今のとこうちにとってはあんま得ないけど……使わない素材もトンボのジャンクヤードに入れとけば腐らないし、よそに売ってもいいわけだしね」
「まぁ新人が育てば、うちが欲しい素材も納品してくれるようになるかもしれないしね」
宇宙開発っていうのは、資源採掘船を作って終わりというわけではないのだ。
これからも、同じように特定素材が大量に必要になる可能性も全然あるだろうしな。
「そういや新人冒険者たちはポイントを貯めて、まずうちの個人用エアコンを買う事を目指してるらしいよ」
「あれ結構高いんじゃなかったっけ?」
「今はドローン買い取りもあるし、慣れてきたら泊まり込みですぐなんじゃない?」
と、そんな話をしていると、部屋のどこかからピーッと音が鳴った。
「おっ」
ソファから立ち上がった俺が音の元へと向かうと……
生産設備のうちの一機の材料投入口カバーがパカッと開き、その根本のランプが赤色に点滅していた。
設備の周りには塗装まで済まされたパワードスーツのパーツがごろごろ転がっていて、俺はそれらをジャンクヤードに入れ、生産設備に材料を投入してまたカバーを閉める。
今の俺のメイン業務は、ひたすらこれをやる事だ。
ぶっちゃけもっと自動化しようとすればできるのだが……
役職者以外入れない部屋にあるという機密保持上の関係で、そこまで自動化してもあんまり意味がなかったりする。
結局重い物や大量の物を運ぶ時は、アイテムボックス持ちの俺がやるのが最高効率。
となると、役職者とは言いつつも、結局俺しかやれない業務になってくるわけだ。
図らずも、俺は今自分のスキルをお手軽に使って飯を食うという、まさに一昨年の自分が憧れていた状況にあったのだった。
「マーズぅ! もうちょいしたら帰ろっかぁ!」
俺はそう言いながら他の生産設備の周りに転がる物品を回収し、消費された素材も補充していく。
そろそろ十八時、役員には関係のない事らしいが、会社員的には定時の時間だ。
俺の後の仕事は、回収したパーツ類を上の組み立て室へと持っていくだけ。
「タクシー呼んどくよぉ!」
「おねがーい!」
生産設備を弄りながらチラッと横目で見たマーズは、猫の手で器用に壁の受話器を外し、総務へ電話をかけていた。
これまでは電車で移動していたが、毛生え薬の件以降はさすがにそれも厳しくなった。
駅から徒歩で会社まで来ようとすれば、ややこしいマスコミに捕まる心配もある。
会社にも自衛隊OBが関わっている警備会社が二十四時間体制で入る事になり、アステロイド事業部の阿武隈部長なんかも結構前からタクシー通勤。
なんだか、あの小さい工場で必死にふりかけを梱包していた頃が遠い昔のようだ。
「どんな感じ?」
「やっぱこれだけ数があると早いよね。パワードスーツの部品の生産は明日には終わりそう」
「強化外骨格と力場発生装置の生産が終わったら……いよいよ宇宙の便利商品の生産だね。そういや、トンボ肝いりのアレも入れるんだっけ? あんなのほんとに必要? 姫はいいよって言ってたけどさぁ」
「だって、毛生え薬や歯生え薬みたいな便利な物で大人が盛り上がってるのもいいけどさぁ、それだと子供は楽しくないじゃん。俺はさ、どうせ宇宙技術を公開するなら、子供たちに一番ワクワクしてほしいんだよね」
「子供っていうか、トンボがそういうのが好きなだけでしょ?」
たしかに、そういう部分もある。
俺が製造可能物品のカタログを見て、真っ先に赤丸をつけたのもあの商品だったしな。
「まぁ……イメージ戦略としてはいいのかもしれないけどさ。まさかトンボが言い出しても姫が止めないとは思わなかったよ。どうも姫って、トンボの名前がついた会社が色々言われてるのがほんとに嫌みたいだね」
「マーズだって、嫌われてるよか好かれてる方がいいでしょ?」
「好かれるってのも大変なもんだよ」
そう言いながら、猫のマーズは自分の胸の毛をポンポンと触る。
まぁ、彼は今でも近所の子供たちに見つかると必ず抱きつかれてるからな。
とはいえ、俺がイメージ戦略という言葉を免罪符に……
半ば趣味のようにラインナップにねじ込んだその商品が世に出る頃、日本から始まった未知への熱狂は、海を超えて伝播し初めていたのだった。