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第57話 イメージと猫とおまじない

川島アステロイドの事業内容を公開し、川島総合通商自体のCMも大々的に打った。


その効果は劇的! とは言わないまでも……そこそこにはあったようだ。


宇宙系のニュースサイトなんかには記事も乗り、テレビ番組でも取り上げられる事もあった。


ドローンの配送サービスも利用する企業がちらほらと現れ、うちのドローンは東京の空を飛び回るようになった。


少なくとも、以前のような「何をやっているのかわからない怪しい会社」という状態ではなくなったはずだ。


自衛隊への誹謗中傷も、川島を軸にした物は少なくなったように見える。


だがしかし……会社を取り巻く状況は、実際にはあまり良くなっていなかった。



「なーんでこれで逆に盛り上がるのかなぁ……」


『川島総合通商は異世界からの侵略の手先!? ポピニャニアの正体に迫る!』



火元はいつもの動画配信サイト、Tube Streamerだ。


どうも、今度は川島の提携企業であるポピニャニアインダストリィの線から作られた動画らしい。



『川島総合通商は異世界のポピニャニアという国のカバー企業で、日本への侵略の足がかりになっている。川島の宇宙開発に関わる特許技術は全てポピニャニア由来のもので、本当の目的は隕石の採集ではなくそれを地球へ落とす事だ』



そんな半分真実を言い当ててしまっているような動画の再生数のカウンターは、公開されて数日しか経っていないというのに凄い回り方をしていて……


SNSやニュースサイトなんかでも、最新の都市伝説のような感じで俄に盛り上がりを見せているようだ。


うちの実家で貰ってきた土鍋を使った、つくね入りのきりたんぽ鍋を夕食に取った後、俺達はみんなでその動画を眺めていたのだった。



「もしかしたらさ姫、ポピニャニアって名前が、地球人にとって耳馴染みがなかったせいじゃない?」


「うーん、これぐらいはいけると思ったんだけどなぁ……」



まぁ、宇宙人の感覚だとそうなのかもしれないが、実際地球人からすればちょっと……いや、かなり怪しい感じだ。


と、いうよりは……本当はそういう部分は、俺が地球人としてしっかりバランスを取るべき事だったのだろう。



「やっぱり動画を消したりするのはまずい?」


「それは本当の初期消火以外ではやっちゃダメ。いくらこういう原始的な星のネットワークでも、ローカル環境全てにはアクセスできないんだから」



姫は手でバッテンを作りながらそう言った。


頭では姫の言う事が正しいというのがわかってはいても、やはり「火の根本から断ってしまえば」という気持ちは残るもの。


やっぱり俺はこういう、感情を殺して繊細な舵取りをするって事には向いてないなぁ。


もし自分でやろうとすれば、即今以上の大炎上に繋がってしまうに違いない。



「一応こういう動画や憶測記事に対しては今弁護士が動いてくれてるから、開示請求が通り次第訴訟に入るから大人しくはなるだろうけど……やっぱこういう話が出てくるってのは、まだまだイメージ戦略が不完全だって事なんだよね」


「イメージの話なの?」


「イメージの話だよ。ここぐらいなら叩いても大丈夫だってイメージと、ここを叩けば飛びつく連中がいて金になるかもってイメージが重なってこういう事が起きてるわけ」


「うーん、せっかくCMでまっとうな会社ってイメージをつけたと思ったのに、難しいなぁ……」



そう言いながら、俺がコタツの天板に顎を乗せると、姫の滑らかな指先がそのほっぺたを突いた。



「それなんだけどさぁ。トンボ的には、川島ってあくまで日本っぽいまっとうな会社じゃなきゃだめ? もしそうじゃなくていいなら、今って実はイメージを大きく変えるチャンスだよ」



姫はそう言いながら、俺の頬を突いたままの人差し指の先をぐにぐにと動かす。



「と言うと?」


「あのね、こうして謎の企業としてコンテンツにされるぐらいの知名度があるなら……こっちからもっとそういう情報を開示して、イメージを固定してやればいいの。それだと川島がまともな国内企業じゃないってイメージはつくけど、それはまっとうな企業っていうイメージと両立できない事じゃないから」


「つまり……宇宙由来の技術をオープンにしていくって事?」


「そっ。自動車技術だって、コンピューター技術だって、この国にとっては黒船だったわけでしょ? なら川島の持ってる宇宙の技術だって、便利で儲かるものなら黒船として受け入れられるはずだよ」



はっきり言って、俺にはそこの判別はつかない。


ただ、姫がそう言うならそうなんじゃないかと思うだけだ。


そして、こういう時に決断を下す事こそが、俺の川島総合通商社長としてのほぼ唯一の仕事だった。



「わかった、やろうか」


「オッケーオッケー、やる事は簡単。民間にも宇宙製の商品をどーんと売ってやればいいの。もちろん、ふりかけとかと同じで量産しやすいものだけね」


「でも、そんなの捌くマンパワーないんじゃない?」



マーズがそう言うと、姫は「だいじょーぶ」と胸を張って頷いた。



「今なら外資系の撤退で手が空いてる商社も多いから、そういうところに委託できる。商品は川島の一部を生産工場にして、そこには幹部にだけ入れるようにすればいけるよん」


「幹部が入れるところに工場を作るって事は……」


「そ、どうせ宇宙船が完成したらもう公然の秘密になるわけだから、川島の幹部はもう一蓮托生。クマさん周り丸っと抱き込も」



姫はそう言って、シュポッと音を立てながら会社のスケジュール管理アプリに緊急会議の予定を入れた。


ぶっちゃけ今更副社長たちが実は宇宙人でしたって言われても、阿武隈部長たちもあんまり驚かないかもしれないけどね。



「うちの部長たちが仲間になってくれたら、正直頼もしいけど……いいの? 阿武隈の姉さんの部署は国の人員相手にしてるんでしょ?」


「宇宙船の図面出してる時点でもうバレてるようなもんなんだから、そこは別にいいの。日本が極端に事なかれ主義なだけで、他の国からは一緒に組んで宇宙に国を築きましょうとか、領地やるから亡命政権立てないかとかガンガン言われてんだから」



そ、そうだったんだ……



「どちらにせよ、転がりだしたら技術の特異性で全部バレるし、それコミで世界を動かさないと太陽系から出る前に寿命で死んじゃうよ」


「まぁ、たしかにね……」



これまでの地球の宇宙開発の速度を見てると、俺が死ぬまでに有人飛行で太陽系を出るなんて、とても思えないし。



「ぶっちゃけ一番手っ取り早いのはさっさと宇宙船飛ばしてさっさと小惑星を捕まえる事なんだけどね……実際に社会に対する利益が出れば、それが追い風になってどんどん後に人が続くから」


「なるほど」


「そのためにも、なんとか早めに素材を集めきっちゃいたいんだよねぇ」



顎に手を当てて悩む姫を見て、マーズは俺に向けて肉球をわきわきと動かした。



「トンボ、アレは? 異世界の毛生え薬。ああいうの景品にしたら、もっと集まるんじゃない?」


「ぶっちゃけ全然交換されてないから余ってるけど、薬って扱いがめんどくさいんじゃなかった?」


「対象者を絞ってさ、薬って言わなきゃいいじゃん。髪の毛が生えるおまじないって言って、希望者呼び出して頭に塗れば? 冒険者ってさ、ヘルメット被ってるからか髪の毛薄い人が多いし」


「そんな事やっていいのかな?」


「売るわけでもないからいんじゃね? なんかこの星だと髪の毛の問題って結構深刻みたいだし、意外と需要あるかも」



この時点では、はっきり言って会社のイメージ向上計画のサブプランだった増毛のおまじない(・・・・・)


姫が口に出した意外な需要の答えが出るのは、なんとこの日からわずか一ヶ月後の事になるのだった。

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