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第56話 神社と犬とデジタルカメラ

どんな状況だろうと、年の終わりはやって来る。


そして、仕事や学業にゆとりができる年末年始は実家でゆっくり過ごす、という人も多いのではなかろうか?


俺は去年埼玉でダンジョン災害があった関係で、うちの親から「今年は絶対に顔を見せなさい」と厳命を受けていた。


もちろんその後に続いたのは「マーズくんとユーリちゃんを連れて」という文言だ。


まぁ、会社はちょっと大変なところだが、年末年始ぐらいのんびりしたって罰は当たらんだろう。


というわけで、またもやタクシーを使って帰ってきた引き戸の実家。


そこでわんさと料理を作って待ち構えていた父と母は……


新顔である犬のシエラに、骨抜きにされていたのだった。



「シエラちゃん、落花生食べる?」


「食べる食べる」



同居人が増えたから一緒に連れて行く、と事前に言っていたという事もあるが……


うちの両親はちょっと物わかりが良すぎるのかもしれない。


どう考えても謎だらけのシエラは、特に突っ込んだ事情を聞かれるわけでもなく、マーズの親戚として普通に千葉の川島家に溶け込んでいた。


母に食べ物を貰ってはギャワッと喜び、父に毛を撫でられても大人しく座っている。


大の猫派だと豪語していた父も、いつの間にやらすっかり犬派に鞍替えしたように見え、デレデレした顔で母と一緒にシエラを構いつけていた。



「トンボんとこは毎日楽しそうやなぁ。母さん、やっぱりうちもまた猫か犬お迎えしようやぁ」


「前のまぁちゃんが死んでから、もう金輪際いいって言ってたのはお父さんでしょ」


「そらまぁ、あの時はそう思ったからなぁ……」



父と母の相手はシエラに任せ、俺とマーズは酒を飲みながら、なんだか例年よりもひな壇の人数が少ない気がする大晦日特番を見つめていた。


ちなみに姫と妹の千恵理(チェリー)の二人は、近所に買い物に出かけている。


ぽかぽかと日が差すリビングにBGMのように流れる両親の穏やかな話し声に、見た事のない食べ物にはしゃぐシエラの声。


そんななんともマッタリとした空気のリビングに、テレビからあるCMが流れ出した。



『……窓から窓へ、心を繋ぐお手伝い。人と宇宙を繋ぐ、川島総合通商です』


「おっ! 流れた!」


「もう何回も見てるでしょ」


「いやいや自分のとこのCMだよ? 何回見たっていいよ」



あの日の「ドーンと任せて」の言葉通り、姫はドーンと動いた。


ドローン配送サービスのCMを作り、ちょうどスポンサーが離れて寂しくなっていたテレビ局に売り込んで流しまくったのだ。


いかにもBtoB向けといった感じの、中身がふわっとしている割にカチッとしたそのCMは、とても姫が一晩で編集した映像とは思えない出来だった。



「ユーリちゃんは凄いなぁ。夏来た時はちいさい会社ですぅ言うてたのに、もうこんなCMまで流れとるんやからなぁ」


「ほんとにねぇ、トンボの就職まで面倒見てくれて……ありがたいねぇ」



父と母からすれば『川島』と名が付いていようが、息子の会社というよりはユーリちゃんの会社という感覚なのだろう。


まぁたしかに、姫がいなきゃ一日だってまともに回らない会社であるのは間違いないけど。


なんとなく釈然としない気持ちもあるにはあるが、ムキになって訂正するような事でもない。


そんな事を考えながら、マーズもやっているスマホゲームのCMを眺めていると……


隣に寝転ぶマーズの尻尾が、コタツの中で俺の足をポンポンと叩いた。



「そういやトンボ、なんか荷物持って帰るって言ってなかった?」


「あっ、そうか。俺が昔使ってたゲーム機、姫が一応持って帰って来いって言ってたっけ」


「忘れたら怒られちゃうよ、今からでも鞄に入れといたら?」


「うー……でもコタツから出たくないなぁ」


「このままお酒飲んでたら忘れちゃうんだから、行ってきなよ。ついでにビールも二、三本取ってきて」



それは自分がビールを取りに行きたくないだけだろ、と思いつつも……


コタツに根を張りかけていた尻をよっこいしょと持ち上げると、マーズは「いってら~」と小さな肉球を振る。


床の冷たさに足を震わせながら廊下へ出ようとした俺に、両親に構いつけられていたシエラが顔を向けた。



「トンボ、どこいく?」


「部屋だよ」


「シエラも行くぞっ」


「別にいいけど、なんにもないよ」



そう言っても付いてきたがるシエラを連れて二階の自室に向かうと、そこにはマーズとシエラのための客用布団が用意されていた。


姫は千恵理(チェリー)の部屋に泊まるそうだが……


この調子だと、シエラもそっちに連れて行かれそうな気もするな。



「あー、埃が凄い……」



俺がベッドの下から埃まみれのプラボックスを引き出すと、隣で見ていたシエラがくちんと小さくクシャミをした。


中学の頃に聞いていたラジオ番組のステッカーが貼られたボックスの蓋を開けると、中には今や懐かしく感じるような過去の宝物が沢山入っている。


パーツの欠けたプラモデル、変身ヒーローのベルト、友達と行ったライブチケットの半券、充電池がヘタってしまったオーディオプレーヤー。


それらを懐かしく眺めていると、俺の肩の後ろからシエラがフンフンと鼻を鳴らしながら覗き込んできた。



「これなんだ?」



シエラが短い指で差したのは、カラフルなブリキ缶だ。



「お菓子の懸賞で当たったオモチャだよ」


「これは?」


「ドラムスティック、練習した事ないけど」


「これは?」


「デジカメだよ。あ、そういや昔のデータまだ残ってるのかな?」



俺は高校の修学旅行に持っていったカメラを取り上げて、記録カードを抜き出した。


後でスマホにでも移しておこう。



「それなんだ?」



そう言いながら、シエラは鼻をフンフン鳴らしてカードに顔を近づける。



「これに昔の俺の写真が入ってるんだよ」


「昔のトンボ?」


「そうそう」



そういえば、シエラはまだ生まれたばかりの赤ん坊みたいなものか。


昔と言ってもピンとこないのかもしれない。



「電池残ってるかなぁ……」



俺はベッドの上に放り出されていたテレビのリモコンから電池を抜くと、記録カードを戻したデジカメに入れる。


電池の中身はギリギリ残っていたようで、乾電池型の残量インジケーターは三分の一を示していた。



「ほら、昔の俺」



デジカメの画面には、修学旅行で東京へ行った時の俺と友達が表示されている。


今はまだあんまり懐かしくも感じないのだが、いつかはこういう写真も貴重に思えるような日が来るのだろうか。



「トンボだ」


「そう。カメラって、こういうものを残しておけるんだよ。シエラも写真を撮ってみる?」


「うんっ」


「じゃあこのカメラ……シエラはほしい? ほしいならあげるけど」


「ほしいほしい」


「じゃあ、後でデータだけ吸わせてね」



そう言ってシエラにカメラを手渡すと、彼女はそれを上にしたり下にしたりして興味深そうに眺めている。


その間に、俺は俺で携帯ゲーム機とその充電器を探す。


ゴチャゴチャに物が詰め込まれている箱からなんとか本体とソフトを探り当てて、床に尻をつけて一息ついた。



「ようやく見つけたよ」


「これ、どうやって使う?」


「それはね……っておわぁ!!」



俺は思わず大声を上げ、ゲーム機を放り投げてしまった。


……何気なく顔を向けた先のシエラは、犬の姿から人の姿に変身していたのだ。


当然、その姿は裸だ。


俺は親が用意してくれていた布団を、すぐにシエラに被せた。



「なんで変身してんの!」


「指、届かない」



たしかに、犬の手ではカメラは扱えなかったかもしれないが……



「外で変身しちゃダメでしょ!」


「ここ、おうち」


「とにかくすぐ戻って……」


「トンボあんたうるさいよ! ……って、その子誰!?」



結局、俺の大声を聞きつけた母が部屋に入ってきて、大変な事になってしまった。


見た目子どものシエラが裸でカメラを持っていた事もあり……


俺は親からとんでもない性癖を疑われるという、冷や汗ものの体験をする事になるのだった。


まぁ、そんな大混乱も夜までには落ち着き……


姫が買ってきた鳥肉で美味しい鍋で日本酒をやって、歌番組を見ながらカップ麺の年越しそばを食べ、迷暦二十二年の大晦日はのんびりと過ぎていった。


そして姫とシエラを千恵理(チェリー)の部屋に送り出し、俺は自分の部屋でマーズとごろ寝をして迷暦二十三年の元旦を迎えた。


親が俺にはくれなかったお年玉を、なぜか千恵理(チェリー)とシエラには与えていた事にはなんとなく釈然としないが、まぁいいだろう。


そんな不公平なお年玉の儀の後、東京に帰る前に実家の近所の神社に初詣をする事になったのだが……



「どーよトンボ、姫ちゃんの着物姿は?」


「いや……凄く綺麗です、はい」


「ふふーん」


「やっぱり外人さんが着ると全然違うわねぇ」


「凄い凄い! ユーリちゃん写真撮ろっ!」



なぜか姫は、うちの母が昔着ていたという着物を着せられていた。


まぁたしかに姫はすごい美人だから、色々着せたくなる気持ちはわかるんだけど……


まだ会うのも二回目だというのに、うちの家族はちょっと気安すぎるような気もしないでもない。


と、まぁそんなキラキラしたお姫様をエスコートして、やってきた地元の神社はなかなかに混雑していた。


三年ほど離れていたうちに地元もグローバル化が進んだのか、以前は見なかった異世界人の人たちもちらほらいるようだ。



「去年行った東京(あっち)の神社よりは人が少ないね」


「まぁちゃん去年はどんな感じだったん?」


「去年はねぇ……たしかトンボが節約節約って言いながら、率先して屋台の食べ物食べてたよ」



まぁあの頃は本当に金がなかったからな……


今は姫のおかげで、出店の食べ物ぐらいには困らなくなった。


だから隣を歩くシエラも、イカ焼きとフランクフルトを両手に持ってニコニコ笑顔で参拝できているわけだ。



「なんだっけ、神頼みするんでしょ? トンボは何お願いするわけ?」


「俺はみんなの健康かな」


「じゃあ僕もそれ」


「姫もそうしよ」



神様とかを全然信じていない二人は、俺の案に全乗っかりだが……


まぁ別に悪い事じゃないし、家族皆で願うならそれでいいのかもしれない。


健康は実際大事だしな。



「神頼み?」



ただ一人、シエラだけがきょとんとした顔でこちらを見上げていた。



「あー、この神社にはね、神様がいるから。年始のご挨拶と一緒に、ちょっとしたお願い事をするんだよ」


「そうなのか。どの神? ウルティラ? イージーハース?」


「それって異世界の神様? 違うよ、ここにいるのは日本の神様」


「誰?」


「え? 誰だっけ……?」



慌ててあたりを見回すが、人が多くて立て看板等も見えない。


ちょっと恥ずかしかったが、俺はシエラに素直に「わかんない」と答える。



「知らない神様にお願い?」


「そんなもんだよ。そもそもちゃんと興味あるなら、神社も年に一度じゃなくてちょくちょく行ってるでしょ」


「いや、おっしゃる通りで……」



可憐な着物に身を包んだ姫に嗜めるようにそう言われ、俺は何も言い訳ができなかった。


別に信心深いって方でもないが……地元の神社の由縁ぐらいは、今度ちゃんと調べておこうかな。


俺は神社に向かって手を合わせながら、願い事もそこそこに、そんな事ばかりを考えていたのだった。


そんな初詣の後は母と妹が大張り切りでシエラを近所のショッピングモールへと連れて行き、俺の財布で彼女が人間形態の時に着る服をしこたま買い与えた。


そのせいで空っぽになった俺の財布と正反対に、帰りのタクシーは荷物でぎゅうぎゅうになってしまったが……


まぁ、少しは親孝行になっていればそれでいいかな。


なんて事を考えながら、俺はタクシーの後部座席から絶え間なく聞こえてくる皆のおしゃべりを、聞くともなしに聞いていたのだった。

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