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第55話 飾りと姫とローリングストーン

そんな川島家的大ニュースの裏で、世間のニュースにも川島の名前が出ていたらしい。


それも嬉しいニュースではなく、バリバリに悪いニュースだ。


と言っても、うちが直接何かをしたというわけではなく……


ふさわしくない場所で民間(うち)のサービスが使われたと、外から騒がれていたのだった。



『陸上自衛隊の隊員が、訓練中に民間の配送サービスを利用していたとして問題になっています。この配送サービスはドローンを利用し、利用者がどこにいても商品を届けるというもので……』


「あーあ……自衛隊の人らも、なんでこういう迂闊な事するかなぁ……」



マーズはそんなニュースが流れるテレビを見ながら、不機嫌そうに鼻をかいた。



「訓練中にダンジョン内で負傷者が出て、趣味で冒険者やってた班員がポイント使って止血帯と消毒液を注文したらしいよ」


「ええっ、それなら別にこんなに騒がなくったっていいんじゃない?」


「それが内々の話で済むはずだったのにさぁ、それを美談に仕立て上げようとして、たまたま撮ってた動画をSNSに上げたバカがいんの。それでこんな話になってんのよ」



こんなのは公務員が制服のままファミレスにいたとか、そういうのと同じ類のクレームだ。


ただ自衛隊には直近に埼玉六号(おおへび)の撃退失敗というどデカい失態があり、何でもいいから叩きたいという人が多かったという話だろう。



「と言ってもさぁ、これって人の生死がかかってるわけでしょ? 叩いてる人たちは治療なんかしないで死ねっていうわけ?」



マーズの言う事は正論だが、熱くなっている間は正論こそ通じないのが世論というもの。


……とはいえ、そういう実体のない感情だけのニュースは長続きしないものだ。


他のニュースと同じように、そのうち風化して消えるだろう。


と、俺はそう考えていた。


考えていたのだが……



『埼玉六号によって破壊された十式特殊機動戦車が何台かご存知ですか? 四台ですよ! 四台! こんな物に我々の血税が注ぎ込まれていると考えるともう、やり切れませんよ! 地方が文字通りね、血を吐いて生存圏を維持しているという時になんですか、東京の自衛隊は訓練中に呑気に出前を取っていたという話じゃないですか!』



夕食時に流していたテレビの中では、別の番組で東京生まれ東京育ちな事を自慢気に語っていた気がするインテリコメンテーターが、そんな事を熱弁している。


結局、一週間が経っても問題は鎮火しなかった。


うちが関わったあのニュースは風化するどころか、埼玉六号(おおへび)から続く自衛隊叩きの格好の材料として、嬉々として利用され続けていた。



「なんか最近、ほんとにこういうニュースばっかりだね」


「市民団体がダンジョン前で座り込みやって、逮捕者が出たばっかりなのに……よく煽るよなぁ……」


「一応姫もさぁ、ニュースが川島叩きの方向には行かないようには色々やってるんだけど、自衛隊叩きは関わってる人間が多すぎて難しいんだよねぇ……政府関係者と違って失う物がない連中も山程いるし、あんまりやると川島(うち)が情報操作やってるってバレるから」



姫がどうにもできないのなら、他の誰にだって無理な事だろう。


だいたい、ネットワークを使って一人で世論を封殺するなんて事、俺だって「やってくれ」なんてとても言えない。



「ヒメ、カレーもういっぱい」


「はいはい」



子供椅子に座ったシエラが空っぽの皿を掲げると、姫はそれを持って台所に向かう。


俺はフライドポテトと炒り卵が添えられたカレーライスを一匙食べてから、机の上のリモコンを小指で押してチャンネルを変えた。



「なんかやってるぅ?」


「埼玉のアレ以来、再放送かニュース番組かって感じだなぁ……」



やはり首都圏の安全神話が崩れたのは大きかったのだろう。


テレビ局もスポンサーがかなり離れたせいなのか……


最近は再放送、トーク番組、ニュースあたりが中心の、あまり金がかからない構成ばかりになりつつあった。


以前はたまに見かけていたような地方タレントの姿も軒並み消え去り、文化経済の中心としての東京が揺らぎつつあるような、そんな感じがする。



「僕はトンボに付き合って見てたぐらいだけどさ、テレビも寂しくなったよねぇ。あのヘビの事があっても過剰反応しすぎにも思えるけど、この国の首都圏ってこれまでほぼ被害受けた事なかったんだっけ?」


「うん、千葉でちょこっとあったりもしたけど、あんなに東京の近くではなかったはず」



とマーズには言いながらも、正直俺もそこまで詳しく覚えているわけではない。


人は大学受験が終われば、中学高校で学んだ事はどんどん忘れていくものなのだ。



「まぁ安全神話ってのも過去のものになるから神話なんだよね。東京(このまち)も人が減ってちょっとは過ごしやすくなるんじゃない?」



どこか気になるところがあったのだろうか、茶トラの毛皮を撫でつけながらマーズが言う通り……


たしかに日本の首都圏から外資企業が撤退していくのと同時に、一部の日本企業やそこに雇われていた人たちも東京を去っていた。


大学で同じ講義を受けていた人も、親と一緒にこれまで一度もダンジョン災害を受けた事のない京都の方に引っ越していったらしい。


なんというか、キラキラした東京に憧れて出てきた身としては、少しばかり淋しいという気持ちもあった。



「俺はやっぱさぁ、東京から人が減るのは淋しいな」


「トンボは淋しいなんて言うほど人と関わってないっしょ」



そう言いながら戻ってきた姫はシエラの前にカレーを置き、一緒に持ってきたらしいシューアイスの袋を剥いた。


まぁ、そう言われればそうなんだけどね。



「ま、難しい事は政治家にでも任せてさ、せっかく東京から人が減ってるんだからどっか遊びに行かない? いつも混んでるとこでも、今なら並ばずに済むかもしれないでしょ」


「あ、たしかにそれはいいな。シエラに東京案内してあげたいし」



そう言いながらシエラのふわふわの頭を撫でると、彼女はカレーのスプーンを咥えながら、モフモフの右手をビシッと上げた。


これは行きたいって事でいいんだろうか?



「僕もダンジョンと会社ぐらいしか行ったことないよ」


「じゃあ、あそこ行こっか。トンボの地元のネズミーランド」


「あそこは一応東京って名乗ってんだから、別に東京枠でいいじゃん」



あと、東京から人は減っても、あそこは死ぬほど混んでそうな気がするな。


結局賛成票一、反対票ゼロで冬の行楽はネズミーランドに決定し、俺達はクリスマスのイルミネーションが光る夢の楽園へと遊びに行ったのだった。


東京中の人が来てるんじゃないかってぐらい人の多い園内で、凍えながらアトラクションを待ち、泣けるほど高い飯を食ってピッカピカのパレードを見た。


そうして楽しんで帰ってきたその直後に、俺達は予想もしていなかった方向からぶん殴られる事になるのだった。








「え? 動画サイト?」


「そうなの、見てよこれ!」



楽しく遊んで帰ってきた後の1LDKで、頭にネズミのカチューシャをつけたままの姫が指さしたテレビには、超有名ニュースサイトのトップ記事が表示されていた。


その見出しは『大陸間弾道ミサイルか? 川島総合通商と防衛省が兵器製造の疑惑』というものだ。



「これ記者の調査とかじゃなくて、動画サイト発の情報なんだって」


「ええ……こんなでっかいニュースサイトが、ネットの動画なんか鵜呑みにして記事にするんだ……」



姫の操作で分割されたテレビ画面の一角に、超大手動画サイトである『Tube Streamer』が開かれると……ちょうどその一番上に件の動画がオススメ表示されていた。


図らずもうちの看板商品になってしまったふりかけの画像と並べて、ミサイルの画像が配置されたサムネイルには、いかにも視聴者の興味を引きそうな文言が書かれている。



「一応表に出てる情報だけで構成されてて、後は推測って感じなんだけど、結構痛いとこ突かれてるわ。そうか、川島ポイントアプリの線から予想して組み立てたんだ……」



再生の始まった動画を見てみると、なるほど何も知らない人が見れば筋が通っているように思える。


自衛隊OBの川島への入社、これまでしてこなかった他企業との提携、実際は以前からやっていたのだが……急いで始めたようにも見える魔物素材買い取り、そして一気に市場から姿を消した魔鋼素材。


それら全てを絡めた、ある意味陰謀論とでも呼ぶような邪推の塊が、その動画だった。


姫はそれを見ながら、珍しく頭を抱えていた。



「これはねぇ、この動画の投稿者にバックがいないのが逆に問題というか……脅しをかける先がないんだよなぁ。これだけ話題になってるいち個人を今のタイミングで無理に潰すと、逆にそれが違和感になって多くの人の記憶に残っちゃうし……」


「まぁでもさ、こっちは別に悪い事してるわけでもないんだし、ほっとけばいいんじゃない?」



買ってきたお土産を早速開けて食べながらマーズは言うが、姫の顔色は変わらないままだ。



「それで鎮火する時もあるけど、そうでもない時もあんの。とにかく、問題なのは政府と自衛隊の連中。あいつらは面子で飯を食ってるから……それが損なわれる事態になったら、姫が弱み握ってる個人をバッサリ切ってでも川島から手を引きかねない」



今更外国行くってのも面倒なんだよねぇ……とこぼしながら、姫はマーズとシエラに食い尽くされそうなお土産のクッキーを摘む。



「一応記事は数日経ったら潰せるし、動画もアルゴリズムいじって表示されにくいようにはしてみるけど……これの対応はちょっと運も絡むと思って」


「いや、姫がやって駄目なら他の誰にも無理だと思うよ。ありがとうね」



俺がそう言うと、姫は片目をつぶったなんだか微妙そうな表情で、ポイッとこちらへクッキーを一枚(ほう)ったのだった。








そんな姫の言っていた『運の絡む状況』の結果というものは、思っていた何倍も早くやってきた。



『川島は人殺しのためのロケットを作るのはやめろ!!』


『軍拡反対! 増税反対!』



なんと、あの動画と記事を真に受けたとある団体が、デモの文言にうちの社名を入れやがったのだ。


別にデモぐらいは平和な首都圏では休日になれば行われている事で、普段は特に気にしている人間もいなかったのだが……


以前とは質の違う問い合わせの電話がバンバン来てしまった事もあって、社内の空気も悪くなったのか、川島総合通商のアルバイトが二名ほど辞めてしまったのだ。



「じ、実害が出てる……」



年の瀬に行われた定例会議の場にて、飯田さんからそれを告げられた俺は……


家に帰ってくるなり頭を抱え、コタツにつっぷしてしまっていた。



「一応本人たちは、辞めるのはニュースとは関係ないって言ってたんでしょ?」


「それはそうだけどさぁ」



猫のマーズはクールにそう言うが、どちらにせよ悪影響は出ていると思う。


もしうちが上場してたらきっと株価はガタ落ちしていたに違いないし、今日行った社内の空気もなんとなく重苦しいものだった。


俺が思っていた以上に、会社の評判というのは中で働いている人にも影響を与えるのだ。


辞めていったアルバイトの二人は、俺がもがきにもがいてようやく来てもらった二人だった。


もしあのデモのせいで、会社の空気が悪くなって辞めてしまったとするのならば、なんだかあの二人にも申し訳がなかった。



「トンボ、元気出せ」



シエラに脇腹を指で突かれるが、沈んだ気持ちはなかなか持ち上がらない。


俺はもう川島総合通商を、作ろうと思って作った会社ではない、なんて風には思えなかった。


こうして外から叩かれてようやくわかったが……


俺はあの会社が好きだ、そして会社にいてくれる人たちも好きなのだ。


だけど、その人達を守るためにどうしたらいいかわからない。


そんな自分の無力さにウジウジとしていた俺の耳に、ずっと黙っていた姫の声が響いた。



「話ついたわ。打って出るよ」


「え? 打って出る?」



俺が顔を上げると、コタツの向こう側で腕を組んだ姫は不敵に口角を上げた。



「デモへの抗議デモでもやんの?」


「違うよん。うちはそもそもやましい事してないわけだから、全部公開すんの。作ってるのはICBMじゃなくて宇宙船だって事をね」


「じゃあ、川島アステロイドの計画内容も?」


「そ」



姫は組んでいた腕を解き、テレビを指で差す。


そこには、川島アステロイドの立派な紹介ページが表示されていた。



「川島は宇宙開拓をマジでやるって事を、世界に公開します。根も葉もない噂ってのは、答えを示してあげればある程度収まるもんだから」


「それはいいんだけどさ、それだとまたあのロボットの時みたいに、問い合わせがめちゃくちゃ来て窓口に負担がかかるんじゃあ……」


「それに関しては一旦電話の窓口閉じるわ。基本メールを主体にして、関係ないのはフィルターで弾く」


「それはめちゃくちゃありがたいよ……」



ぶっちゃけこれ以上退職者が出るのが怖い俺は、本気でほっとしたのだが……


姫はそんな俺に、笑顔で爆弾を手渡したのだった。



「あと自衛隊のドローンの件は、うちと小口配送業務の試験運用で提携してたって話で纏まったから」


「えっ、小口配送……? ポイントのサービスとはまた違うの?」



これまでのドローン配達というものは、川島ポイントで物を買う時に使える、オプション配送サービスという位置づけだった。



「それとは違ってマジのBtoBの小口配送。ほんとのドローン宅配便になるわけ」


「えっ、そんなのうちでやれるの?」


「大丈夫大丈夫、梱包された物をピックアップして運ぶだけのサービスにするつもりだから、ドローンステーションを作るだけで運用できるよ。ダンジョンの中までやるとポイント集まらないから、あっちはこれまで通りポイント限定ね」



なんだかよくわからないが、既存のサービスとは棲み分けができるって事だろうか?



「そのドローンステーションって?」


「まぁドローンの駐車場みたいなもんかな。トンボは計画書送っとくから、飯田にその話通して。ほぼドローンだけで完結する業務だけど、ちょっとは人員割いてもらう必要があると思う」


「わかった」



まぁ、姫のやる事だから間違いはないんだろう。


俺にできるのは、飯田部長に誠心誠意頭を下げる事だけだ。



「色々バタバタ決めちゃって悪いけど、ここがこの会社にとっての正念場。こういう時は一気に動き出してデカくなっちゃうのが一番いいの」


「まぁそうだね」



マーズにはそこのところがわかるらしいが、俺はイマイチ姫の本意を掴みかねていた……


だが、姫はそんな俺を見据えて、ピンと指を立てて説明を加えてくれた。



「いいトンボ、転がる岩ってのは止めらんないの。たとえ政府や自衛隊がビビって芋引こうとしたって、転がる岩からは抜けらんない。抜けても、後ろから来る岩に潰されるだけだから」


「うん」


「組織ってのはそうやって周りをどんどん巻き込んで転がれば、どこかで止まるまでは手がつけられないぐらい強くなる。そうすれば、川島総合通商は動画一本で揺らぐような組織じゃなくなる」



彼女は温度の低い手で、俺の手を握った。



「トンボはあの会社が好きなんでしょ? それに会社だけじゃなく、中で働いてる人たちも」


「うん」


「姫もね、経験あるから気持ちはわかる。そんな会社のために、トンボも何かしたいって思うかもしれないけど……」


「う、うん……」


「今のところは、ドーンと姫に任せといて!」



姫はそう言いながら、トントンと拳で自分の鎖骨のあたりを叩いた。



「トンボはねぇ、まだ前に出ないほうがいい。あんたうちの最終兵器だけど、一番の弱点でもあるんだから」



弱点……まぁそうか。


ガクッと肩を落とした俺の足を、マーズの小さな脚がトントンと叩く。



「マジだからね。トンボがいなくなったら、全員この星から帰れなくなっちゃうんだから。ぶっちゃけ外では、お飾り社長の演技してるぐらいで全然いいからね」


「うん」



演技するまでもない、とは言わないが。


そこはあんまり心配しなくていいところだろう。


会社の人も、たぶん会社の支配者は副社長だと思ってるだろうし、実際そうだ。



「トンボ、飾り?」



脇腹をつつかれながらシエラにまでそう言われて、俺は手を上げたまま後ろにバタリと倒れ込んだ。


まぁ、今は駄目駄目でいいとしても……


いつか前に出て実力を発揮する日が来た時のために、ちょっとぐらいは頑張っておこうか。


俺は最近サボっていた簿記の教科書を取り出し、寝転んだままそれを読み始めたのだった。

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