第51話 魔鋼と姫とポップコーン
宇宙船の製造、維持管理、更には宇宙からの資源採掘。
そんな非常に専門性の高いタスクを求められるのが、アステロイド事業部だ。
しかしその計画に付随して、旧来の川島総合通商側でも、請け負っていかなければならない業務があった。
とはいえ、何も特別な仕事を新しく始めるというわけではない。
戦闘ロボであるサードアイを作った時と同じ事をやるだけ。
そう、魔物素材の買い取りだ。
発端は、宇宙開発計画を考え始めてからしばらく経った頃、関係者へのプレゼン前の時期の事だった。
マッタリとしていた夜のリビングで、バランスボールにお腹をつけてゆらゆら揺れていた姫が、思案顔でこう言ったのだ。
「あー……どうしても今市場に出回ってる素材だけで作るとなると、強度とサイズに不安が出るなぁ……これやっぱ駄目かも」
「え? 何の話?」
「資源採集用の宇宙船の設計の話。パテントもとっくに切れてる、枯れに枯れた技術の宇宙船だけど……それでも地球でありふれたような素材じゃ過不足なく作るには厳しいの」
彼女はそう言いながら、テレビに宇宙船の設計図を表示した。
俺が見たって何がわかるというものでもなかったが、とにかく船の外装が赤く表示されているのだけは理解できた。
姫は多分あの部分の素材の事を言っているのだろう。
「やっぱ魔物系の鉄鋼素材を使うしかないかな……」
「あー、あれ? 新幹線に使われるかもって言われてる、魔鋼ってやつ?」
「そうそう、強度的にも重量的にも、それならいけると思うんだけどねぇ……」
姫はボールの上でゆらゆら揺れながら、ミルクティー色の毛先をいじる。
「問題は、トンボが言った新幹線の計画に魔鋼が持ってかれてるって事。市場に全然素材がなくて、かき集めても宇宙船一隻分なんてとてもとても……」
「それってサードアイの時みたいに、魔石を変換して作るんじゃいけないの?」
「技術的にはできるけど、今度の件はうちだけで作るわけじゃないからそれじゃ駄目。魔石の関連技術はまだ外に出せないから」
「海外とかには在庫ないの?」
ソーダのアイスを舐めていたマーズがそう言うと、姫はバランスボールの上で器用に寝返りをうって、天井に向けた指をぐるぐると回した。
「魔鋼材の研究っていうのは日本が一番進んでるわけ。むしろ日本は輸出してる側なの」
「なるほどねー」
「じゃあそれってさ、うちが注文して作ってもらうってのは駄目なの?」
「そこも問題で、魔鋼に使う魔物素材っていうのもあんまり他で使わない物で、現状ではもう素材から不足しちゃってるわけ」
姫はそう言って、反動をつけてバランスボールから立ち上がり、こたつに腰を下ろした。
「でさ、ひとつ考えてる事があるんだけど……」
「うん」
「何? 改まって」
マーズがそう言うと。姫はちょっとだけ気まずそうな感じで口を開いた。
「今うちでは魔石を買い取ってるけど、それに加えて魔物素材を買い取りしようと思うんだけど、どう?」
「それって魔鋼材を作るためって事だよね? もちろんいいよ」
「でもそれって……半分ぐらい趣味だったトンボの戦闘ロボと違って、結構急がなきゃいけないんじゃないの?」
「そうなんだよね。だから一応腹案は考えてあるよ」
まぁ姫も、買い取り窓口である俺達の負担を増やすのはどうかなと思ってくれたのだろう。
そんな姫の考えてくれた腹案というのは、俺達の負担を軽減するどころか、丸ごとなくしてしまうような、とんでもないものだったわけだが……
その分準備には結構な時間がかかってしまい、魔物素材買い取りの再開は、結局アステロイド事業部の立ち上げの後にずれ込んでしまったのだった。
とはいえ買い取り体制が整ったというのも、それは川島総合通商側の話でしかない。
「買い取ります」
「はいどうぞ」
……とはいかないのが、魔物素材の買い取り。
魔物を倒せばだいたい手に入るという、市場への供給量が多い素材である魔石を買い取った時ですら、そりゃあけっこう散々な苦労をしたものだ。
その上、今度買い取る予定の素材は、どの魔物からでも手に入るという種類のものではない。
ちゃんと対象の魔物を狙って、その部位を残して狩ってもらわなければならないのだ。
社会的信用のある大企業ならば、冒険者に対してそういう依頼を出せば割と集まるものだろうが……
うちは新興の企業でそこらへんがイマイチ弱い。
なので差別化のために、うちにしかない特別なアイテムと交換できる、川島ポイントという制度を作ってきたわけだが……
今回我が社は更なる差別化を図るため、川島ポイントを……
そしてそれに付随するサービスをますます使いやすく進化させたのだった。
日が照らないのに風がびゅうびゅうと吹き抜ける、めっきり寒くなった東京第四ダンジョンの地下広場。
俺は社名入りのボア付きフライトジャケットを着込んで店を開き、買い物にやってきた冒険者の皆様に、運用開始をしたばかりのそのサービスの売り込みをしていた。
「あぁ? アプリ? しかもドローンで宅配? お前らあれマジでやる気だったのかよ」
そう、進化したサービスとは、これまでサイト経由で動いていた川島ポイントのアプリ化だ。
それに付随して、いつか常連の気無さんに話した事もあった、日用品や食料品などのドローン配達サービスを始まった。
そして、それができるなら逆もできるという事で、ダンジョンで狩れた魔物素材などの、ドローン買い取りサービスも同時に動き始めたのだった。
「そうなんですよ! ドローン関係のサービスはアプリ経由で使えるようになってます!」
「あー……ちなみに、その宅配とかって送料無料?」
被っているバラクラバを半分ずらした気無さんは、咥えタバコで耳をほじくりながらそう尋ねる。
そんな彼に、俺は笑顔でタブレットに表示したアプリの説明文を指差した。
「買い取りの方は無料ですけど、宅配のサービス利用は一律二十五ポイントです」
「あぁ……ただでさえ足りない川島ポイントの使い道がまた増えるのか……」
そうこぼして、気無さんの隣で肩を落としたのは、かっちりとプレートキャリアをつけた眼鏡の吉田さんだ。
彼もうちの常連で、奥さんをうちのアルバイトとして紹介してくれているのだが……
噂によると奥さんの稼いだポイントは、ほとんど化粧品や家庭用の便利グッズに消えてしまっているらしい。
そういう家庭の事情には踏み込めないわけだが、今回の事はポイントの稼ぎ方も増える話でもあるから、許してもらいたいものだ。
「一応ですね、今買い取りをかけてる素材はこんな感じで……」
買取表を表示したタブレットを向けると、二人はそれを俺の手から取り、スワイプして確認し始めた。
表を見つめる二人の顔はかなり真剣だ。
「今回は魔石じゃないのかぁ」
「これ結構厳しいんじゃないのか……?」
「その分、交換して頂ける商品も色々追加してますので……あ、良かったらそっちの買い取り・配送サービスのタブも見て頂ければ……」
まぁ、前回も冒険者の方々が素材を売ってくれるようになるまでは、しばらくかかったものだ。
あの頃もこうやって常連さんに勧誘をかけて、だんだん口コミで広がっていったんだよな。
しかし、この店を開いた頃からの常連だった阿武隈さんも雁木さんもパーティごとうちの会社に来てしまって、こうして俺が気軽に話かけられる相手もだいぶ少なくなった。
それこそ、東三時代からの常連というのはこの二人のパーティと、あと何組かだけ。
とはいえ、冒険者というのは入れ替わりが激しいもの……引退するパーティもあれば、新しくやってくるパーティもいるのだ。
なんなら、うちの店にも新人が一人増えていた。
「トンボ、腹減らないか?」
「シエラ、ちょっと待っててね」
そう、今日はいつも通りの俺とマーズに加えて、シエラも地下へとついて来ていた。
最初彼女がついて来ると言い出した時、俺は「安全が確保できない」とそれを断った。
俺とマーズはバリアで守られているから、忌憚なく地下へと来られているのだ。
彼女もバリアに入れられればいいが、さすがに俺も二人を背負うというわけにもいかない。
しかしシエラは「全然大丈夫」と言って聞かず、困ってしまったわけだが……
そんなやり取りを見ていたマーズが「シエラは強いから大丈夫だよ」と太鼓判を押したので、冒険者登録をして俺達の前には出ないように言い含め、お試しで連れてきたのだ。
しかしながら、結果的にはマーズの言葉が全面的に正しかった事になる。
「ていうかさっきから気になってたんだけど……そっちのコボルトはどうしたんだよ? 会社の新人か?」
「そんなもんです、シエラといいます」
「まぁ、トンボの護衛みたいなもんだよ」
たしかに、シエラは護衛として雇われてもおかしくないぐらい凄かった。
彼女はこの広場に来るまでに遭遇した小さい魔物たちを、ごっつい長柄ハンマーを小枝のように振り回して鎧袖一触に蹴散らしてきたのだ。
やはりホムンクルスとして生まれたシエラは、普通のコボルトとは身体の作りが違うのだろう。
「シエラ、トンボの面倒見てる」
「おい、こんな事言われてんぞ」
シエラの言葉はある意味その通りなのだが、やはり知り合いの前で言われてしまうと少し恥ずかしい。
俺は彼女にポップコーンの袋を与え、とりあえず口を塞いでおいた。
「いやー、その……あんまり気にしないで貰えると……」
「まぁ、別に何だっていいんだけどよ……」
気無さんは尖らせた口で煙草を吸い込んで、ポリポリと顎をかいた。
そして片手でタブレットを操作しながら、灰皿に灰を落とした。
「とりあえず、ざっと見たけどよ。やっぱ素材の種類が難しいな、これはなかなか何かのついでに狩れるってもんじゃないぞ」
「新しい商品も、ドローン買い取りとか配達も魅力的だけど……魔物とパーティの相性ってのもあるからなぁ」
と、そんな事を言っていた口から煙を吐き出してから、気無さんは俺にタブレットを返した。
「……まぁでも、うちは多分ある程度ポイントを稼ぐまで納品する事にはなると思う」
「まぁね、うちも一日ぐらいは狩りする事になるだろうなぁ。これちょっとズルいよな」
二人は苦笑しながらそう言った。
「ありがとうございます!」
「だってドローン宅配ってこれ、どう考えても冒険者の命綱代わりになるような制度だろ。これまでの便利アイテムとはちょっと性質が違うよな?」
「そうだよなぁ、いざって時に支援物資が受け取れて、危険な状況だったら管理組合に通報までしてくれるんだろ? 配達というより救援の色が強い気がする」
「いや、最初はほんとにこの店の出張版って感じで考えてたんですけど……社内で色んな人に意見を貰ううちに、そういう部分も盛り込みまして……」
まぁ、色々と集めた意見を纏めて、サービスとして詰めたのは当然俺というわけじゃあない。
阿武隈さんの代わりに部長職になった、元恵比寿針鼠のリーダーだった飯田さんだ。
俺はそれを見ていて、やはり冒険者パーティのリーダーというのはしっかりしているなと感心していただけだった。
「まぁこのサービス内容なら、みんながある程度ポイントを貯め終わるまでは素材は集まり続けると思う。うちももうちっと貯めときたいしな」
「うちは人数分エアコン集まってないから、もっとだなぁ……」
気無さんと吉田さんの意見は、概ね社内の元冒険者たちから聞き取ったものと似通っていた。
「まぁ、そのアプリだっけ? 一応顔見知りにも言っとくわ。こういうのは言わなきゃ言わないで差し障りがあるしな」
「うちもそうするけど、紹介でポイントがついたりしないのか?」
「すいませんそういうのは……でも、ありがとうございます!」
「まぁでも、調達屋もだんだん社長らしくなってきたじゃんか」
「前の時はひどかったもんな、俺はてっきりなんかの詐欺だと……」
「いやほんと、あの時はすいませんでした……」
そんな東四の頃からお世話になり通しのお二人に、深々と頭を下げた俺のズボンの裾を誰かが引いた。
下げたままの頭でそちらを見ると……
俺の真似をしてちょこんと頭を下げたシエラが、ポップコーンの空袋を差し出していたのだった。