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第45話 密約と姫と謎のアイテム

マーズが言った通り、本部についてもいきなり拘束されるような事はなく、俺達はいつも通りの応接室に通されたのだった。


いつも通りなんとなく信用できない佐原さんがいて、いつも通り美味くも不味くもないコーヒーが饗され、いつも通りの調子でいきなり鋭角に切り込んだ話が始まった。



「お国元と日本で正式に国交を結べませんか?」



つまり、お前らのバックと話させろという事だ。



「お国元と言われてもねぇ」


「淡路島の亀が問題ですかな?」



うちの会社は一応表向きには、巨大な亀に支配された淡路島の野良ダンジョンの向こうから来たマーズたちが一般人の俺を社長に担ぎ上げて立てた会社という事になっていた。


その亀さえ排除できれば、ダンジョンの向こうの本国と手を組む余地はあるのか? と聞きたいのだろう。


自衛隊も、まさかマーズたちが宇宙の彼方から来た遭難者だとは夢にも思ってないだろうな。



「そうじゃなくてね、別にうちはどこかの国のひも付きじゃないって事。社員の異世界人は俺も含めて全員仮帰化してるし、税金も払ってるでしょう」


「そりゃあもちろん、承知してますよ」



全く承知していないのだろうが、佐原さんは一旦その話を引っ込めて、もう一回り小さな話を出してきた。



「ではどうでしょう、もし強化外骨格(レイバースーツ)以外の何かもっと大きい(・・・)ものがあればぜひお取引頂きたいのですが」



直取引が駄目なら、あのロボットだけでも売ってくれという事だろう。


そりゃまぁ、あるなら欲しいよね。


あれ一機あるだけで、たいていの都市破壊級には対応できるだろうし。



「今のとこないかなぁ……なんでそんな事を?」


「いえ、これは笑い話として聞いて頂きたいんですがね。世間ではちょっとした噂になっていまして。あの大蛇、埼玉六号を倒した謎のロボットがありましたね、あれが川島さんのとこのロボットじゃないかっていうんですよ」


「そりゃ笑えるね、あんなのあったら真っ先に自衛隊に売り込んでるよ」


「ええ、ええ、そうであって頂きたいものです。ああ、これもまた噂なんですが……どうもその噂を真に受けた諸外国の情報機関が、そちらの会社やその社員の近辺を探っているという話がありまして」



これは噂ではなく本当だった。


サードアイで出撃したあの日以降、会社のデータベースには幾度となくハッキングが仕掛けられ、姫が各地に放っている昆虫大のドローンが様々な国籍の不審人物を確認していた。


うちの実家や会社の社員やアルバイトの家庭の近くには、一応暴徒鎮圧能力を持ったドローンを忍ばせてはあるが……


正直頭の痛い問題ではあった。



「そりゃ大変だ。社員たちにはちゃんと戸締まりをするように言っとかなきゃね」


「それだけでは不安に思う社員もおられるのでは?」


「…………」



佐原さんとマーズは腹を探り合うように無言のまま見つめ合い……


なんとなく具合が悪くなりそうな緊張感の中で、マーズが先に口を開いた。



「……佐原さんさぁ、はっきり言いなよ。自衛隊はうちにどうしてほしいわけ」


「議員の先生方は色々とお考えでしょうが、自衛隊(うち)としては是非ともお願いしたい事が取り急ぎ二つだけ」


「言ってみなよ」


「一定以上の武器武装類の自衛隊への専売、それと日本に本拠地を置いて頂く事ですな」



そう言い放った佐原さんに対して、マーズは肩をすくめた。



「そりゃあすぐには決められないね……でも、ちょうどよかったかも。実は今日はうちの方からも話があってさ。副社長が話したいって言ってるから、そのついでに交渉してもらえる?」


「ほう、副社長と?」



ここで社長の俺に水を向けないでいてくれるのは、情けないけれども正直ありがたい。



「副社長の話は国にも持っていこうと思ってるんだけど、自衛隊の方も興味ある話なんじゃないかなって思ってさ」


「…………」



マーズが手をしゃくるのに、鞄からタブレット端末を取り出して机の上に置いた。


そこからネット会議アプリで電話をかけるとワンコールで繋がり、マーズの肉球のアイコンが表示され、姫の声が部屋に響く。



「副社長、自衛隊の佐原だよ、あとよろしく」


『……始めまして、佐原。川島総合通商副社長のユーリよ』


「これは始めまして。私、防衛装備庁の佐原と申します」


『単刀直入に言うけど、宇宙に興味はない? 私達、今度宇宙開発を始めるつもりなの。今なら一枚噛ませてあげるけど』


「……ほう、宇宙。なるほど、どうりで……」



聡い佐原さんは、宇宙という言葉をすぐに何かと結びつけたようで、胸元から細いICレコーダーを取り出して机の上に置いた。



「では、お話を聞かせて頂きましょう」



その言葉を待っていたかのように、タブレットに絵入りの資料が表示される。



『じゃあ、概要だけ簡単に』



そう言って始まった話し合いは、外が真っ暗になるまで続いた。


詳しい話は持ち帰りで、とは言いながらも……


姫の魔法のような交渉のおかげで、川島総合通商は社員や家族の密かな保護の密約、そして規模拡張のため、撤退した外資系のロジセンターの跡地購入の約束を得る事になり。


逆に川島から自衛隊へは、とりあえずの契約で、ある程度の火や氷を防ぐ程度の能力がある力場(バリア)発生装置の納入が決定した。


そして俺たちは日を改めて、防衛省の官僚や国の宇宙開発関係者を交えた、大プレゼンを行う事になったのだった。






「あれ? なんだこれ」



そんな大舞台を前にしたある日、それは突然ジャンクヤードの中に現れた。


赤黒い色をした液体を封じ込めた、鈍い光沢のガラス瓶。


先細のアンプルのような形のその首元には、読めない文字が金色で刻まれている。


まるで児童文学の挿絵から飛び出してきたかのようなそれは、宇宙の品と地球の品が混ざり合うジャンクヤードの中で、なお異彩を放っていた。



「どったの?」



うつ伏せでコタツに寝転んで俺のゲームをやっていたマーズが、顔も向けずにそう聞く。



「いやなんか、ジャンクヤードに見た事ない種類の物があって……」


「え? 説明に何か書いてない?」


「それがね……『リーヤー作 混合薬』としか出てないんだよ」



俺は瓶を取り出して、街づくりゲームで線路を引くマーズの隣にポンと置いた。



「なんだろうね? こんなの見たことないなぁ……一回姫に聞いてみる?」


「そうしようか」



まぁ、わからない事は姫に聞くのが早いか。


フンフンと鼻を鳴らしながら瓶を見つめる彼の横からそれを持ち上げ、俺は今や姫の部屋となっている1LDKの個室のふすまをノックした。



「姫~」


「入っていいよ」



ふすまを開けてモコモコのカーペットが引かれた部屋に入ると、彼女はヨガの船のポーズをしたまま顔だけをこちらに向けた。



「どうしたの?」


「これがジャンクヤードに入ってたんだけど、何なのかわからなくて。一応説明では『リーヤー作 混合薬』って出てるんだけど……」


「薬? 何と交換されてきたかわかる?」


「ちょっと待ってね」



俺は在庫管理に使っているスマホのアプリを起動して、物の数を照らし合わせた。


その気になれば直接ハックして確認できるだろうに、彼女はわざわざ立ち上がってきて、俺の後ろから画面を覗き込む。


彼女のサラサラの髪が、俺の肩の上を砂のように流れていく。


最初はこの距離の近さにドギマギしたりもしていたが、きっと宇宙ではこんなもんなのだろう。



「……あー、りんごかぁ」


「果物はわかりにくいんだよなぁ……」



交換されたのはりんご一箱だった。


これは正直、価値の判別に困る種類の物だ。


ジャンクヤードがおそらくアクセスする者の等価交換を原則としている以上、食品系は価値にブレが出やすいのだ。


りんごにしたって、その産地に住む者と、何百キロも離れた遠方に住む者では価値が全く変わってくるからだ。



「とりあえず、解析かけてみよっか。マルチチェッカーでできる範囲だけど……」


「それでいいよ」



俺はジャンクヤードに収納してあった、開拓地用の簡易測定器を姫の部屋の床に置き、その上に瓶を置いた。



「……ん?」


「どったの?」


「いや、気のせいかも……」



一瞬、瓶の中身が煌めいた気がしたんだけど……


まぁ、ラメ的な物が入ってたのかな……?



「じゃあ、かけとくから。多分明日の朝には結果出てると思う」


「うん、よろしく」



しかし、解析機による瓶の解析作業はなぜか遅々として進まず……


結局その解析結果が出るのは、プレゼンの後の事になるのだった。

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