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第44話 計画と姫と過ぎたる力

今日から第二部に入ります。

毎日更新ではなくなりますが、なるべく頑張りますのでよろしくお願い致します。

地球で宇宙船を作る。


マーズと共に戦闘ロボットのサードアイを組み上げた経験のあった俺は、その言葉の意味を結構軽く考えていたのだが……


宇宙から川島家の居間に戻ってきた俺たちの前に、姫が持ち出したロードマップは、思っていた何十倍も壮大なものだった。



「国の後ろ盾を持って宇宙船を作って、小惑星から資源を持ち帰ってまた宇宙船を作る。これを何回かやるつもり」


「えっ!? 日本政府を巻き込むの?」



姫やマーズという、マジの宇宙人が運営する企業である川島総合通商は、これまではその本質をできる限り秘匿してきた……つもりだ。


だが国と組むという事は、多少なりともその部分がバレてしまうという事でもある。


大丈夫なんだろうか? と思いながら姫の顔を見ると、彼女はニコッと笑った。



「こっちの事情を汲んでくれなさそうなら、別に日本じゃなくてもいいよ。トンボの異能と宇宙船(サイコドラゴン)さえあればどこにでも行き放題なんだし」



まぁ、たしかにあの船ならうちの家族ぐらいは乗せられるだろうし、ジャンクヤードがあれば物さえ買い込めば何十年だって逃亡生活はできるだろう。


たとえ世界中から指名手配をされたとしても、宇宙まで追いかけてこられるような相手はどこにもいないのだ。



「でも姫さぁ、それってこれまでみたいにこっそりはできないの? 騒ぎになると面倒だよ、部長とかの生活もあるわけだしさ」



マーズがそう言うと、姫は夜空色に塗られたラメ入りの爪を左右に振った。



「リスクなのはわかってるけど、取るべきリスクだと思うんだよね。設計図が手に入るとはいえ、主力戦艦級をこっそり組み立てられるわけないし……だいたいあんた達(ボーイズ)さぁ、ロボット組み上げるのに何日かかったと思ってんの? 作業量はあの比じゃないんだからね」



そう言われるとたしかにそうだ。


俺とマーズはサードアイを組み立てるのに、ひと夏をかけたのだ。


あんな作業を船一隻分もやっていたら、その間に三十代になってしまうかもしれなかった。



「あ、でも組み立てロボットとかもあるんじゃない……?」



俺がそう言うと、今度はマーズが首を横に振った。



「あるよ。工場単位でだけど。でも多分姫が言ってるのは、そのレベルだともう隠蔽できないって事じゃない?」


「まぁできないって事はないけど、はたしてそれでいいのかって話もあるんだよね」



姫はそう言いながら、こたつの上の菓子籠に盛られた傘の形のチョコレートを手で弄んだ。



「姫もここが地元の銀河だったらさぁ、ヴァラクからパトロール艦隊を出して貰えばいいかって思ってたんだけど。遠く離れた修羅人の庭ともなると、どーにもできないんだよね……」



独り言のようにそうつぶやきながら、彼女はチョコレートの包装を剥がし、傘の先を俺に向ける。



「ここってさ、トンボの故郷なわけでしょ? そんでこれからもしばらく、トンボはここに住むつもりなんでしょ?」


「……まぁ、そうだけど」


「ならね、さっさと星ごと宇宙進出させちゃった方がいいと思う」



彼女はそう言って、指先で傘をクルクルと回す。



「ぶっちゃけこんな原始時代みたいな生活続けてると、単純に危ないし。こんな状態で宇宙海賊にでも見つかったら、星ごと奴隷にされちゃうよ?」


「え? 奴隷?」



俺が尋ね返すと、姫はチョコレートを一口噛んで、真剣な顔でこう続けた。



「マジな話、海賊と会って戦えないってのはまだしも……逃げられもしないってのは本当にヤバくて、最悪星丸ごと資源として消費されて終わっちゃう可能性があるんだよね。昔はさぁ、そんな話いくらでもあったんだから」


「……あー、まぁ、たしかにね。せめて恒星間航行ぐらいはできるようになった方がいいのかも」



姫の話にマーズもうんうんと頷く。


え? 地球ってヤバいの?



「たとえばさぁ」



姫はそう言いながら、机の上に置いた桜色のコップに向かって、先の欠けたチョコレートを動かした。



「この星の文化レベルだと、こうやって小惑星が一個近づいてきただけで全滅しかねないわけでしょ?」



たしかに、小惑星の衝突というのはSF物で定番の危機だ。



「地軸の調整もできないから色々問題起こってるし、この間だってあんな蛇一匹も倒せなかったわけでしょ?」


「自衛隊のロボットはすぐやられちゃったもんなぁ……」


「たとえば、次にああいう事が起こったとして。地元を救うためにああいう無茶をするトンボはさぁ、いざって時は家族だけ連れてさっさと逃げられるっていう自信、あるわけ?」



そう言われると、わからなくなってしまう。


俺だってつい先日までは、まさか自分がロボットに乗って地元のために戦う日が来るなんて、微塵も思っていなかったからだ。


やれる! と思うと意外と人間は動けてしまうものなのだ。


地球の危機に、宇宙船を持った自分がどうするのかなんて、自分でもわからない事だ。


そう思うとなんだか、自分の持った戦闘ロボ(サードアイ)宇宙海賊船(サイコドラゴン)といった力が、急に背中に重くのしかかってきたような気がした。



「だからさ、国を巻き込むわけ。小惑星を引っ張ってきて資源採掘を行う企画を立ち上げて、その一環として宇宙船を組み上げるの。その過程でこの星は色々な事ができるようになる、どう? WIN-WINっしょ?」


「そう言われると、その方がいいのかもね」


「ま、こっそりやるか、きっちりやるか。トンボが決めて。頭はトンボだから」



姫にそう言われ、マーズに見つめられ……俺はさほど迷わずに答えを出した。



「姫のプランでやろう」



地球に危機がやってきた時、俺だけ力を持っているなんてのはまっぴらゴメンだ。


地球の命運なんてのは、どう考えたって俺の肩には重すぎるものだった。






俺がそんな決断を下してから一週間。


周辺地域に甚大な被害を及ぼした玉四ダンジョンの蛇のおかげで、これまでずっと棚上げにされてきた東京近郊のダンジョン周辺地の国有化が発表された。



『政府の強硬な用地取得に対し、地権者団体では集団訴訟の準備が進んでおり……』


「あんないつでっかい魔物が出てくるかわからん土地にでも住んでいたいものなのかな」


「違うっしょ、ああやって補償金を吊り上げてんのよ」



コタツの中で三人一緒にテレビを見ながら、姫の作った朝食を食べる。


外にどれだけ嵐が吹き荒れようとも、うちの朝のルーティンは全く変わらなかった。



「トンボ、ちゃんと食べなさい。栄養あるんだから」


「ちょっとこれ、食べ慣れない味で……」


「そう? 美味しいけどな」



俺が二口目を躊躇しているハッシュドポテトと柿の卵とじも、マーズと姫はバクバクいっている。


まぁ、異国や異世界どころじゃなくて異宙(・・)の人達なわけだから、味覚は違って当然なんだけどね。



『これに対し、近畿地方のダンジョン対策の中心人物である大阪府の鬼戸島府知事は厳しいコメントを……』


「地方は東京みたいにごちゃっとせずに閑散としてるんだっけ?」


「行ったことないけど、ダンジョン周りには街がないって習ったなぁ」



地方では、ダンジョン周りの住民の排除なんてずっと前に終わっている事らしい……


というか地方はダンジョンの周りには誰も住みたがらないから、ダンジョンを避けるように都市が再構築されている。


県庁所在地も変わりまくり、土地に根付いていた人も流出しまくり。


そして人の流れ着く先である都市圏の土地の値段は更に上がり続け、またダンジョン周りの土地に手を入れにくくなるという負のループができていた。


そんなこれまで何度も何度も議論されては様々な障害に阻まれてきた都市圏の大病巣に、今回何百人もの被害者を出してようやくメスが入ったのだった。




そんな地殻変動真っ只中の東京で、うちの会社はその余波の一部に振り回されていた。



「え? バイト募集に大量の応募ですか?」


『そうなんだよねー。なんか東大卒とか京大卒とか、凄い人がいっぱい応募してきてて困っちゃってさぁ』


「東大!? なんで!?」


『わかんないけどさぁ、こないだの埼玉の蛇の件で外資系がガンガン撤退してるじゃん。そのせいもあるのかな、あとネットで色々言われてるのもあるんじゃない? あの大蛇倒した謎の高機動ロボットが川島のじゃないかって噂になってるらしいよ~』


「そんな根も葉もない噂で応募してくる人もいるんですね……」



もちろんほんとは根も葉もビームもあるのだが、証拠なんかどこにもないのだ。



「チャットでも回したけど、会社に『あのロボットありますか?』ってめちゃくちゃ人が来てるんだよね。バイトの冒険者組が追っ払ってくれてるけど、そのうち対策必要になると思う」


「あー、やっぱそうですよね。警備員雇うしかないですかねぇ」


「訪ねて来てるのも求人に応募してきてるのも男の子ばっかりだからさ~、やっぱみんなロボット大好きなんだねぇ」


「ロボット好きなら自衛隊に行った方がいいと思うんですけどね」



俺は採用担当を引き受けてくれている阿武隈部長に、警備員雇用の相談とバイトの採用は定員で打ち切りにする事を伝えて電話を切った。



「何だって?」



駅前で買ったベビーカステラを肉球でつまみながら、横を歩いていた猫のマーズが俺に聞いた。


足元を枯れ葉混じりの冷たいビル風がぴゅうぴゅう吹き抜けていくが、毛皮を着た彼は気にもならないようだ。



「会社にロボットに乗りたいって人がいっぱい来てるんだって」


「トンボみたいな人がいっぱいいるんだ」


「男はみんな特機乗りに憧れるものなんだよ」



そんな事を話しながら、俺達は東京都ダンジョン管理組合(ギルド)本部へと向かっていた。


そう、あの事件から一週間が経ち、ついに俺達と自衛隊との窓口である防衛装備庁の佐原さんから呼び出しがかかったのだ。


アリバイが完璧だったから一週間後になったのか、証拠を固めるのに一週間かかったのかはわからないが、こっちはもうその期間で準備万全だ。


拳銃弾を防ぐ程度の低出力の力場(バリア)発生装置を入手して身につけているし、片腕はないが戦闘ロボ(サードアイ)はジャンクヤードに収納済み、宇宙船(サイコドラゴン)はステルス状態で宇宙空間に待機中だ。


最悪の手段を取られても、なんとか逃げ出すぐらいの余裕はあるはずだ。


胸を押さえて深呼吸をする俺を見て、マーズは髭を揺らして笑った。



「そんな緊張しなくてもいいと思うよ。本気ならアパートに踏み込んで来てるって」


「無理言うなよ」


「大丈夫大丈夫、なるようにしかならないよ。むしろ自衛隊も宇宙開発に一口噛まないかっていう姫のプレゼンで、てんやわんやになるのはあっちの方じゃないかな?」



余裕綽々にそう言って、彼は食べ終わったベビーカステラの紙袋を俺のジャンパーのポケットに押し込んだのだった

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