第43話 姫と猫と宇宙海賊
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
現在発売中の書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
「トンボ~! 迷彩オッケー、吸音装置も動いてるから、出して大丈夫だよ~!」
川島総合通商の工場、その軒先につけられた照明で薄暗く照らされた駐車場。
その工場側の端っこに立った姫が手で丸を作るのに、俺は駐車場の真ん中から手を振って答えた。
「じゃあ、取り出すよー!」
「出したらすぐこっち来てよー!」
姫の隣にいるマーズにも手を振り返し、俺は宇宙船を取り出した。
まるでプラモデルのような手のひらサイズのそれを砂利の地面の上に設置し、走ってマーズたちの元へと向かう。
「方向は大丈夫? 横向いてたらお隣さんのボロい車にトドメ刺しちゃうよ」
「ちゃんとこっち側に舳先が向くように置いたよ」
「あと三十秒だよ」
「どんな船かな……」
そこからはなんとなく三人とも黙ったままで、じっと宇宙船の方を見つめ続けた。
この宇宙船は、これまでやってきた事の総決算。
宇宙の果てへと流されてきたマーズが、やっと故郷に帰れるのだ。
俺はなんとなく、ちらっとマーズの方を見た。
俺の視線に気づいたマーズもこちらを見て、牙を見せてにっと笑った。
ドン、と駐車場の真ん中から空のポリタンクでも落としたような軽い音がした。
そちらを見ると、グレーに白のラインの入った紙飛行機のような形の宇宙船が地面から少しだけ浮いた状態で佇んでいた。
「うおっ……すっげぇぇぇ!」
「……これ、まさか……」
「まーちゃん、これって……」
「凄ぇ! すっ……あれ……? 凄い……凄くないの……?」
興奮する俺とは相反するように、姫とマーズはなんとも言えない顔で船を見つめていた。
もしかしてあんまり人気ない種類の船だったのかな?
「あの……どうしたの?」
「してやられたね……船は船でも、これは海賊船だよ……」
「海賊船!?」
「宇宙には海賊専門の造船所ってのがあるの……これはそこの作った単独強襲艦。そりゃ武装も豊富でステルス機能もしっかりしてるわけだわ……しかし、ここまでやるかあの女……」
猛禽類の嘴のように尖った宇宙船の舳先の両脇には、まるで竜の瞳のように鋭いビーム砲の銃口が開いている。
たしかに海賊船と言われればそんな感じにも見えるかも。
でもなんかかっこいいし、結構強そうだし、別にこれでも問題ないんじゃないだろうか?
「あの……それで、海賊船って何か駄目なの? 普通に動くんでしょ?」
そう尋ねた俺に、両手の肉球で頭を抑えたままのマーズが答える。
「銀河一般法で海賊船は警告なしで撃墜していい事になってるんだ。だからこの船に乗ってる限り、俺達は海賊扱いでどこにも近づけないんだよ」
「え!?」
「つまり、うちはあの女にどこにも行けないどうしようもない船を押し付けられたって事」
シャ……シャークトレードじゃん!
なんだか改めて、あの金頭龍商会が嫌われている理由が良く理解できた気がした。
「えーっと……ま、まあまあ! とにかくさ、一回乗ってみない? 最悪避難信号だけでも出して、海賊船はどっかの海に沈めといてもいいんだからさ」
「ま……そうだね。流石にここらへんで宇宙に上がって即撃墜って事はないだろうし、一回宇宙に上がってみようか」
「ちょっと待って、飛ばすにしてもウイルスが仕込まれてないかスキャンしてからにしよ」
そう言って端末を弄りながら歩き行く姫を見送り、俺はスマホのライトを付けて、マーズと一緒に船の周りを色々見て回る。
「なんかほんとに紙飛行機っていうか、まんま矢印みたいな形の船だね」
「ステルス性能が高くてね、輸送やってた頃はこの艦に散々煮え湯を飲まされたよ。まさか自分がこれに乗ることになるとはなぁ……」
「表面が紙やすりみたいにザラザラしてる」
「耐ビームコーティングだよ。しっかり力場で減衰できてればそれで結構散らせるんだ」
やたらと詳しいマーズの解説を聞きながら歩いていると、腹のハッチがパカッと開いた。
「ボーイズ、準備できたから乗って」
「はーい」
「やれやれ、さすがに中に入るのは初めてだな」
階段になっているハッチを登り、人がギリギリすれ違えるぐらいの廊下を姫の後ろについて進んでいくと、壁に向けて椅子が四つ据え付けられた部屋に出た。
「ここが艦橋、特に変なソフトも仕込まれてなかったから起動するね」
ヴン……と小さく音が鳴ったかと思うと、さっきまで壁だった所が全周囲ディスプレイに変わり、駐車場と工場が映し出された。
俺の顔の前三十センチほどに透明なタブレットのような物が出現し、そこには読めない文字で何かが書かれていた。
「トンボ、それを手で触れて」
「あ、うん」
俺が触れると、タブレットの文字はまた切り替わった。
「副船長は姫とまーちゃんでいい? いいならもっかい触れて」
「うん……って、え!? じゃあ船長は誰?」
「そらトンボでしょ」
「トンボ以外いる?」
不思議そうな顔で二人はそう言うが、普通にマーズか姫の方がいいと思うんだけど。
「俺、宇宙の事なんか何にも知らないんだよ? マーズか姫の方がよくない?」
「俺は国に帰っちゃうし……」
「姫、こんなダサい船いらなーい」
しょ、消去法なわけね……
俺はタブレットにもう一度触れ、一番後方の席へドスンと音を立てて座った。
成り行き任せで宇宙海賊か……俺はなんとなく、自分の左腕をじっと見つめた。
「そういや、この船の名前ってあるの?」
「あるよ。んーっとね、日本語に直すと……サイコドラゴンかな」
「サ、サイコドラゴン……」
あんまりにもあんまりな名前に、俺は椅子からずり落ちそうになった。
見た目はかっこいい船だと思ってたのに、サイコドラゴンはないよなぁ……
まあでも、俺程度の海賊にはお似合いか。
「ステルス展開完了だよ」
「機関良好、不具合なし。そんじゃあ、ちょっと宇宙に行こうか。船長、いい?」
俺はきちんと椅子に座り直して、生身の左腕の裾をぐっと捲った。
宇宙船で颯爽と現れ、左腕に仕込んだマシンガンで敵をなぎ倒し、美女の危機を救う。
漫画に出てくるそんな宇宙海賊になるのが、俺の子供の頃の夢だった。
でもきっと今の俺と彼との間には、それこそ大気圏よりも分厚い隔たりがあるだろう。
それでも、俺は今、成り行きだが、消去法だが、たしかに宇宙海賊なのだ。
絶対になれなかったはずのものになっちゃったんだから、細かい事は一旦置いておくか。
俺は前の席に座っている姫とマーズを見て、大胆不敵なつもりで笑みを作った。
「大負けに負けて、夢ひとつ叶ったって事にしとこう」
俺は人差し指を立てた左腕を、天高く掲げた。
「サイコドラゴン、発進!」
漫画のような加速も、激しいGもなかった。
機首が持ち上がって空が見えたと思ったら、数秒後にはもう俺は宇宙空間にいた。
「すんげぇ……」
俺が暗闇の中に煌めく地球の夜景に見とれていると、サイコドラゴンからビービーとエラーっぽい音が響いた。
「あれ? マップからエラーが出てる」
「え? なんで? 現在位置特定不能?」
「測位システムは?」
「レーダー打ってみる?」
前の席からマーズがこちらを覗き込んだ。
「トンボ、ここらへんに他の船はまずいないと思うけど、レーダー打っていい?」
「何でも好きなようにやっちゃって」
「了解」
姫が何かを操作すると、全周囲ディスプレイに小さく矢印型の船体が表示された。
「レーダー打ったよ」
姫がそう言うと、その矢印の周りにどんどん星が表示されていく。
感心しながら見つめている内に、目の前にはあっという間に銀河地図ができあがってしまった。
「えーっ!? これ……マジ?」
「汎用地図脳内転写に全く記載のない星系ばっかりだ……ここ……どこ? 姫はわかるの?」
「あのね、まーちゃん落ち着いて聞いてね……」
姫はマーズの方を向いて、物凄く嫌そうな顔でこう続けた。
「ここ、修羅人の庭……」
「…………えっ!? 嘘でしょ姫!?」
「マジなんだわ……」
俺は立ち上がって、なんだか深刻な顔をした二人のところに向かって歩く。
重力制御で飛んでいる船だからだろうか、宇宙でも無重力にならずに普通に重力があるようだ。
しかし、二人が話している修羅人の庭ってのは一体何なんだろうか?
「あの……その修羅人の庭って何?」
俺がそう尋ねると、マーズは口をパクパクさせながら「ヤバいとこ……」とだけ答える。
姫は俺の右手の袖をクイクイと引いて、耳元に口を近づけてきた。
「あのね、修羅人の庭っていうのはね……」
「うん、うん」
「姫たちがいた銀河の、隣の、そのまた隣の銀河なの」
「え? じゃあめちゃくちゃ遠いじゃん」
姫は俺の右耳をちょんと引っ張って、更に小声で話す。
「それだけじゃないの」
「え? まだあるの?」
「これまで姫たちの銀河から修羅人の庭に行って、帰ってきた船ってほとんどいないの」
「え!? じゃあサイコドラゴンでは……?」
「帰れない……帰れないんだよ」
絞り出すように答えたマーズの言葉が、艦橋に静かに響いた。
帰れると思っていたのに、どうやっても帰れない場所にいたのだ。
彼の無念は俺には計り知れない物だった。無力な俺は悲しむマーズに、なんと声をかけていいのかもわからなかった。
だが、姫は違った。
銀河一の元アイドルの辞書に『できない』という文字はなかったのだ。
「ま、今はしょうがないよね。もっとでっかい船作ろっか」
あっけらかんとそう口にした姫を、俺とマーズは半ば呆然とした視線で見つめていた。
「なに? 他にもっといい方法ある?」
「いや姫、でっかい船って……どれぐらい?」
「たしか修羅人の庭まで行って帰ってきた船は惑星級だったらしいけど、うちらはとりあえず隣の銀河に出ればいいわけだから……今の主力艦ぐらいの推進力と戦力があればいいんじゃない?」
あっけに取られていたマーズが、姫に尋ねる。
「それってまた金頭龍商会に頼むのかい?」
「頼まないよ。あっちから持ちかけてくるならともかく、こっちから取り引きを持ちかけるのは絶対駄目。この船の取り引きでよくわかったでしょ、金に魂を売った悪魔みたいな連中なんだから」
「じゃ、じゃあどーすんの……?」
「作んの」
「どこで?」
姫がなんでもないような顔で「んっ」と指をさした先には……大地の端から頭を出した太陽にゆっくりと照らされ始めた、青く輝く惑星があったのだった。