第32話 粕汁と姫とスキルオーブ
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
姫の全面協力を得て、俺の考えたポイント制度は大きく動き始めた。
元々俺手作りの紙のポイント券ベースで動いていたポイントが、データ化されたのだ。
朝の食卓で、姫はふるさと納税の鮭で作ったお茶漬けをかっこみながら俺のスマホを震わせ、机に茶碗をトンと置いてからそれを指さした。
「ポイントを使える通販サイトをでっち上げといたから、宣伝しといて」
スマホを取って確認してみると、そこにはまるでクレジットカードのポイント交換サービスのような絵面のサイトが表示されていた。
「わっ! 凄い! ……商品も増えてる!」
「人も増えたから難色はないかもだけど。阿武隈さんには、ちゃんとトンボから説明しといてよ」
「それはもちろん」
魔石の買い取りやポイント交換商品の発送の仕事が増えるのは申し訳ないが、これで便利になる分ポイントの重要性も高まり、きっと従業員の集まりも良くなる事だろう。
構想がいきなり形になった件については多少驚かれるかもしれないけれど……
きっと今後もこうやって一瞬でWEBサービスが生えてきたりする事はあるだろうから、スピード感に慣れてもらうしかないだろう。
「あ、それと今日から目を飛ばすから。聞かれたら説明しといてね」
「目?」
「こっちだとドローンって言うんだっけ? マルチコプターかな? とにかくカメラを飛ばしまくって、あのドラゴン級の魔物を探すから」
「え? そんな事していいのかな?」
「ダンジョンでのドローン使用は許可されてるからいいっしょ。その他の場所も、現行法で二百グラム以下のドローンなら特定禁止区域以外は規定ないから」
まあ、姫がいいと言うならきっと大丈夫なんだろう。
俺は細かい事を考えるのをやめ、通販サイトを確認しながら鮭とコーン入りの粕汁を飲んだ。
姫の粕汁は実家の母が作ってくれた物とは全然違うが、普通に美味しい。
空になった花柄のお椀を机に置くと、隣に座っていた姫がニコニコした顔で俺の肩をつついた。
「ねえねえ。この粕汁ってやつ初めて作ってみたけど、どう?」
俺が「美味しかったよ」と答えようとすると、机の向こう側からブッ! と何かを吹き出した音が聞こえた。
「えっ!? そのカスって何のカス……? 俺、もしかしてゴミ食べちゃった?」
マーズは鼻から粕汁を垂らして、慌てた様子で姫にそう聞いた。
「失礼な。カスってのはお酒を造る時に出るカスで、そういう食材なの。キテコーテの今日のレシピで紹介されてたから作ってみたんだ」
「なんだ、ゴミじゃなかったのか……」
マーズは安心したようにそう言って、ティッシュで鼻をかんだ。
「キテコーテってトンボがよく食べ物買ってる駅前の激安の御殿の事でしょ? 姫ってあのゴチャゴチャした店好きだよね。服もあそこで買ってるし」
「姫、元がいいから何着ても似合うんだもん。地元なら好きなブランドとかあったけど……正直この星レベルの服だと、着やすければ何でもいいかも」
「でもあそこ、ジャージとかパーカーぐらいしか売ってないでしょ、今度服買いにいく?」
何でも似合うと言っても、さすがにちゃんとした服屋で買った服ぐらい持っていた方がいいだろう。
俺もファストファッションの店ぐらいしか行ったことないけど、それでも激安の御殿の服とは全然違うからな。
「ふーん……トンボ、姫に服買ってくれるんだ?」
「あの、あんま高いのは無理だけど……」
「トンボが服買うとこってワークマンでしょ? たいした値段にならないよ」
「いやいや、さすがに姫を作業服屋には連れてかないよ。俺だって普通の服屋ぐらい知ってるから」
たしかにダンジョンに潜り始めてからはワークマンによく行ってるけどさ……
近いし安いし何でもあるしな。
「まあじゃあ、今度行ってみよっか。まーちゃんは?」
「俺は毛の薄い君らと違って、自前の毛皮があるからね」
マーズは得意げにそう言って、首元の毛皮を肉球で撫で付けた。
「それ、夏は暑くない?」
姫にそう言われたマーズはちょっと肩をすくめ「その代わり、日焼けもしないから」と笑った。
なんとなくマーズのふさふさの毛皮に手を伸ばしかけ、ニャッとその手をはたかれた。
俺は毛の多い友人の毛皮の感触に想いを馳せながら、姫とおそろいのマグカップに入った麦茶を飲み干したのだった。
その日の昼。
東四ダンジョンで店番をしながら通販サイトの情報を全て確認し終え、手打ちの一斉送信メールを家電量販店で買った高くて遅いパソコンで送り終えた俺の元に、パワードスーツを着込んだ侍がやってきた。
「調達屋! なんかおたくの名前が入ったドローンが飛びまくってるんだけど!」
「あ、雁木さん。あれうちのです。調査用に飛ばさせてもらってるんですよ」
「いや、そうじゃなくて! 十個や二十個じゃ効かないぐらい飛んでたぞ! あんなん誰が操縦してるんだよ!」
「いや、そりゃAIですよ。AI」
ほんとは姫が全部制御してるんだけど。
うちが人手不足だってのは常連全員知ってる事だから、経営陣三人で相談してAI運用って事にしたのだ。
千台ぐらい作って、東四だけじゃなくて東京都内のほとんどのダンジョンに飛ばしてるらしいからな。
姫曰く千台ぐらいなら眠ってても飛ばせるらしいけど、本来なら千人の人を雇わなきゃいけないから大変な事なんだよな。
「AIがドローン? すげーじゃん! え? ……っていうかそれって、いいの?」
「法律に駄目なんて書いてないですから。ダンジョンでドローンは自由に飛ばしていいんですよ」
実際ダンジョンでは偵察のためにドローンを飛ばすパーティも多いしな。
当然、こんなに台数を飛ばすパーティはどこにもいないけど。
「え? マジ?」
「一応この国の法律じゃそうなってるね」
「知らなかったなぁ……」
もちろん法律にAIに関する規定はないんだけど……
まぁ姫が大丈夫だと言うならばきっと大丈夫なんだろう。今のところは、だけど。
「ところで雁木さん、パワードスーツの使い心地はどうですか?」
「あ、これ? もう最高だよ! やっぱスピードとパワーは正義だね!」
雁木さんはうちから購入したパワードスーツのフレームをコンコンと叩き、白い歯を見せて笑った。
うちのパワードスーツは、自衛隊への本格納品を始める前に民間の冒険者達の手に渡っていた。
自衛隊はあくまでもお役所だから、買う前に色々手続きがあってなかなか話が進まないのだ。
「ただ、こんだけパワーがあると、今度は刀の強度が追いつかなくてさ……」
そう言って彼が叩いた腰の刀は、なるほどいつも差している金色の拵えのものではなかった。
なんだか無骨な作りで、よく見ると柄も布巻きではなくそういう形に成形されたゴムか何かのようだ。
「兄さん、刀駄目にしちゃったの?」
「実は調子乗ってたら思いっきり刃こぼれしちゃってさ。今差してるのは予備の海外製の奴だね」
雁木さんは苦笑いしながらそう言って、腰の刀の柄頭を力なく叩いた。
まぁ、日本刀って魔物を切るようには作られてないもんな。
あ、そういえばポイント交換商品の中に、魔物をぶった切れるような日本刀があったような……
「雁木さん、さっきお知らせでメールさせてもらったんですけど。うちのポイントサービスが電子化しまして。その中の景品に刀もありますので、ぜひぜひ……」
「え? マジ?」
雁木さんはすぐにスマホを取り出して「マジじゃん」とカタログを確認し始めた。
ポイント交換商品の武器は、めちゃくちゃ硬くて強靭な宇宙船の外装と同じ素材で作られた物だ。
この刀も今の地球じゃ他では絶対に手に入らない魔刀と言ってもいいだろう。
雁木さんはその魔刀の写真を見ながらうんうん唸って、ちらりと俺の方を見た。
「ちなみにその刀って、見せてもらう事とかって……」
「すいません、ポイント商品もうちの配送センターからの配送になるんで今持ってないんですよ。今度持ってきますね」
なんせ今日の朝にいきなり生えた商品だからな。
もしかしたら姫もまだ実物は生産してないかもしれない。
「マジかぁ……いやまぁどっちにしろ、ポイントも足りてないんだけどね……」
「兄さんのパーティのポイント、姉さん達が全部化粧品に変えちゃうもんね」
「そうなんだよなぁ……」
雁木さんのパーティは女性比率が高いパーティだから、圧力と多数決でいつもポイントの使用権は女性陣に取られてしまうらしい。
まぁ、その代わりというわけではないんだろうけど、雁木さんには高価なパワードスーツが回されてるわけで……
ちゃんとパーティ内でのバランスは取られているんだろうと思いたい。
「まぁとにかく、俄然ポイントが重要になってきたのは違いないから、もうちょっと頑張るわ……」
「どうもありがとうございます! 助かります」
「……ところで、調達屋的には魔石以外にも欲しい物ってないの?」
「いやそれは……今のとこ……」
東京壊滅級のモンスターの死体とかなら買いたいけど、さすがにそんなもん買ったら会社に自衛隊がおっとり刀で乗り込んでくるだろう。
買取品目が増えれば仕事も増える、とりあえず戦闘ロボットができるまでは今の魔石買い取り専門体制がベストだと思う。
「スキルオーブは? オークションにも出さずに置いてあるのがあるんだけど……」
「スキルオーブも今んとこいらないね~」
「あ、そう……」
ため息をついて肩を落とした雁木さんはギッチョンギッチョンと音を立てながら去っていこうとして、途中で振り返ってまた戻ってきた。
「コーヒー買いにきたの忘れてたわ、カフェオレね」
「毎度どうも」
雁木さんは三百円とコーヒーを交換して今度こそ去っていった。
パワードスーツに覆われたその背中を見送りながら、俺は小声でマーズに話しかけた。
「ねえ、やっぱスキルオーブって買うの駄目なの? 便利そうだけど」
「絶対駄目。前にも言ったけどさ、あんなのジャンクヤードにも絶対に入れないでよ」
マーズはニュッと爪を出しながら怖い顔でそう言った。
「正直どこの誰があんなヤバい物を量産してるのか知らないけど、使ったら絶対にろくな事にならないよ。何のリスクもなく新しい力に目覚めようなんて虫のいい話、あるわけがない」
「宇宙にもスキルオーブと同じような物があるんだっけ?」
「神化剤とか言われてるけど。要するに、人の魂魄を物質化して取り込む類の物だね」
「えっ!? そんな事して平気なの?」
マーズは遠くを見つめながら、うんざりしたような声音で「平気なわけないよ」と答えた。
「狂って死んで、二度とこの世に生まれて来なくなるって言われてる。でも、それでも試す奴が後を絶たないんだ。あんなのを宇宙に拡散したら、ただでさえ人が少ない銀河がますます寂しくなる」
「じゃあ雁木さんは……」
「幸い二本差しの兄さんはまだ狂ってないみたいだけど、それでも安全な物とはとても思えない。トンボもあれには絶対に触らないでね」
「触らないよ……」
俺は夏なのになんとなく薄ら寒いような気分になって、上着のファスナーをギュッと上げた。
それと同時に、上着の中からピコン! と音がした。
「うおっ!」
「うわっ! 何!?」
「あ、スマホの通知か……」
突然叫んで飛び上がった俺を睨むマーズに片手チョップで侘びながら、スマホのロックを解いた。
「え? あ、マジかぁ……」
「何? どうしたの?」
迷惑そうにこっちを見るマーズにも見える場所にスマホを持っていく。
その画面には『東四の奥でドローンにポイント券向けた客が救援呼んでるけど、どうする?』という、姫からのメッセージが表示されていた。