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第30話 歌と猫と金頭龍

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。

「とりあえず、これは開けないほうがいいんじゃない?」


「俺もそう思う」


「姫も異議なし、しまってしまって」



全員の総意で怪しすぎる黒い封筒をジャンクヤードへと仕舞おうとしたその時、突然スマホから聞き覚えのない音楽が流れ始めた。



宇宙の(うっちゅうっの)どこでも(どっこでっも) 迅速(じっんそっく)配達(はっいたっつ) 今日の(きょっおっの)飯から(めっしかっら) 次元穿孔兵器(ヤッバいもっの)まで(まっで) 何でも(なっんでっも)揃う(そっろう) ピカピカ(ぴっかぴっか)お船の(おっふねっの)お店屋さん(おっみせっやさん)



「え、なになになに……? 着信!?」



スマホから流れ出した音楽は着信音だったようだ。こんなの設定した覚えないんだけど……


電話の相手は『ティタ』と表示されているが、それももちろん聞いた事もない名前だ。



ご存知(ごっぞんっじ)宇宙の(うっちゅうっの)御用聞き(ごっようっきき) 金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会(しょっうかっい)です(でっす)


「あ、やばい! 切って切って切って!」


「え? 切っていいの?」


宇宙の(うっちゅうっの)どこでも(どっこでっも)


「はよはよはよ! 二周目入ってるから」


「切った!」



俺は震える指で着信を切り、バクバクする心臓を押さえながらゆっくりとスマホをテーブルの上に置いた。


と同時に、また音楽が鳴り始めた。



「おわっ!」


宇宙の(うっちゅうっの)どこでも(どっこでっも)


「切って切って切って」


「切った!」


宇宙の(うっちゅうっの)どこでも(どっこでっも)


「切ってトンボ!」


「切った!」


宇宙の(うっちゅうっの)どこでも(どっこでっも)


「しつこいなぁ」


「もう電源切っちゃって!」


「切る……切れない!」



電源ボタンを長押ししても、なぜか全く電源が切れない。


俺はボタンを押したまま、姫とマーズの顔を見た。



「これって、出ちゃダメなの?」


「出ないで出ないで」


「絶対出ちゃダメ」



俺はごくりと生唾を飲み込み、一旦落ち着こうとスマホを机の上に置き直した。



「それでいいトンボ、そのまま何もしないで」


「まーちゃん、金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会って言ってたけど、本当かな?」


「ぶっちゃけ本当にあの商会なら、何やってきてもおかしくないね」



姫とマーズの会話を聞くともなしに聞きながらふうーっと長く息をつき、緊張でガチガチになった首を回していると……


誰も触っていないはずのスマホが、なぜか強烈に振動しながら俺の方に向かって机の上をズリズリと動き始めた。



「え……? うわっ、動いてる! 動いてる!」


「トンボ! 避けて! 避けて!」



俺が腰を浮かして後ずさろうとした瞬間、スマホはポロッと机から落ちて俺の足に当たった。


瞬間、けたたましく鳴り響いていた音楽はプツリと止まり、涼し気な女性の声で日本語(・・・)が聞こえてきた。



『夜分遅くに申し訳ありません。私金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会のティタと申します』


「あぁ……取っちゃった……」


「え? え? え?」


「落ち着いて」



完全に床に倒れていた俺は姫に引き起こされ、背中を優しくポンポンと叩かれた。



『こちら、川島様のお電話でよろしかったでしょうか? 本日はお客様に大変有意義なご案内をさせていただきたくお電話致しました』


「人違い人違い、川島の電話じゃありません」



マーズがスマホに向かってそう言うと、通話先の女性は「ハハーッ!」とアニメの悪役のような笑い声を上げた。



『おやおや! これは元マージーハ輸送連隊三号艦所属の曹長ポプテ様。無事に解凍されていらしたのですね、ご壮健でなにより!』


「え、まーちゃんマージーハだったの!? しかも曹長!?」


「……こんな人前で個人情報をべらべらと喋るのが御社のやり方なわけ?」


『当社とマージーハには何の契約も存在しませんので……もちろん、そちらのレディのお家元(ヴァラク)元お家元(パロット王家)とはご契約がございます。ご機嫌麗しゅう、ミズ』


「一家の団欒にいきなり踏み込んでこられて、全然麗しくないっつーの」


「え? え? 結局何なの?」


『おお、これは川島様、川島翔坊(トンボ)様、チャーミングなお名前でございますね。私、金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会のティタと申します。以後お見知りおきを』


「これどうやってこっちを探知してるのかな? 電子的な探知なら姫が気づかないわけがないんだけどなぁ……」


『ミズ、高位の異能者(ジャグラー)の魂魄は、暗い宇宙で恒星よりも光り輝くもの。レベル四の異能者を宇宙の片隅に隠しておこうなどと、無理をおっしゃいますな』


「は!? レベル四!? トンボのスキルって劣化(レッサー)マーケットスキルじゃなかったの?」



姫はそう言いながらガクガク俺を揺するが、俺が知るわけないじゃん!


レベルって何なんだよ!



『お気づきになりませんでしたか? まあ、無能者(ごしろうと)の方々にはわからないのかもしれませんが……』


「そのスキルのレベルって……あ」



思わず通話先に質問しようとした俺の口を、マーズの肉球がぽふっと塞いだ。



「トンボ、何も口にしないで。言質(げんち)を取られるから」


『おお、そのような事は決してありませんが、お話にならないならばそれはそれとして話を進めさせていただきます。川島様、あなた様は今こう思っていらっしゃいますね? このセクシーな声の女性は一体どこの誰なんだい? 彼氏はいるの? 結婚はしてるの? と』



セクシーとか彼氏とかはわからないけど、たしかに誰なんだとは思ってる。



『個人情報はお答えできませんが、自己紹介なら何度でも。私は金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会のティタと申します。我々金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会は商人です。それも、どなたにも、どんな商品でもお譲りする。銀河一のね』


「死の商人だよ。先の戦争を千年も長引かせたのはこいつらなんだ。各陣営で糧秣や武器を転がして、決着がつきそうになったらひっくり返してね」


『残念ながらポプテ様、そのような事実はございません。我々金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会は求められた相手に、求められた物を提供するだけ、常にフェアでクリーンなセールスマンでございます』


「それで、そのフェアでクリーンなセールスマンが何でこんなド辺境の大学生に電話してきたわけ?」


『それはもちろん、商談のためでございます。ああ、おっしゃらなくとも結構。我々は常にお客様のニーズを正確に把握しております。川島様の今お求めになっていらっしゃるもの、それは宇宙船(・・・)でございますね?』


「…………」



俺が無言のままマーズの方を見ると、彼は短い指を口の前に立ててコクコクと頷いた。



『そちらの惑星では未だ宇宙船はポピュラーではないご様子。ですがご安心ください。我々金頭龍ゴールデンヘッドドラゴン商会には、川島様に大気圏突破能力を持った宇宙船をご用意する準備がございます』


「何が目的なの?」


『その対価に我々が求める物、それは以後の川島様の異能(ジャンクヤード)での変わらぬ取り引きでございます。しかし我々とて営利企業、空手形で商品をお渡ししては他のお客様から(たしな)められてしまいます……』


「回りくどい、要点を」


『おや失礼。以前川島様がマーケットに流された赤竜(レッドドラゴン)、大変興味深いものでした。ああいった物をもう一体ご用意くだされば、そちらと宇宙船をご交換致しましょう』



レッドドラゴンといえば、姫と交換されていった迷宮産の恐怖のやばやばモンスターだ。


あんなものもう一体持って来いって……そりゃ無理だよ!


それに俺のスキル、サイズ制限があって宇宙船なんか通らないし……


そう思いながらマーズを見ると、彼は俺の目を見ながら肉球で口元を触って頷いた。



「……あんた達ならわかってるでしょ? トンボのスキルはサイズ制限があるんだ、宇宙船なんか入らないよ」


『おおポプテ様、それこそあなた様ならおわかりの事では? 当社には、銀河中から選りすぐった異能者(ジャグラー)が多数在籍しております。小さな()(ぞう)を通す程度の事、今時分では手品にもなりません』


「それで、取り引きでトンボも取り込んでそっちの力にしようってわけ?」


『おおレディ、そのような事はありませんとも。勿論、我々はいつでも高位異能者に対しては然るべき席をご用意しておりますが……』



その時俺が横目でちらっと見た姫は、これまでに見たことがないぐらい険しい表情でスマホを見つめていた。



『もう質問事項はございませんか? では川島総合通商の皆様、引き続き、良き商いを。ああ、そうそうトンボ様、福島の桃、大変美味でございました。ぜひとも流通量の拡大をご検討くださいませ』



言いたい事を言いたいだけ言って、通話は切られた。


へたり込んだままだった俺は床に倒れ込んで、天井を見上げた。


端がめくれかけているボロい1LDKのアイボリー色の壁紙を見つめながら、はぁ~っと大きくため息をつく。


部屋の中からは同じようなため息が二つ、俺の後を追いかけて続いたのだった。

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