第22話 起業と姫と出席日数
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
「とりあえず小さな船でも何でも手に入れて宇宙出てみりゃいいじゃん」
結局昨日は俺の手を握って震えたまま寝てしまった姫は、今後の事を相談する俺達にキリッとした顔でそう言った。
つまり、とにかく俺のジャンクヤードを通せるサイズの宇宙船を手に入れて、まず宇宙に出ようというのが姫の意見らしい。
「そんでビーコン打って迎えに来てもらおうよ」
「あ、姫の身内に?」
「そうそう。姫は帰らないけど、まーちゃんは引き上げてもらお」
袖余りの俺のパーカーをおしゃれに着こなした姫は、カップ麺をつついていたフォークを天に向けてそう話す。
「引き上げね、そうできるなら助かるけど」
「え? ていうか姫は帰らないの?」
俺がそう言うと、姫はなんだか不機嫌そうな顔になって、天に向けていたフォークをこちらに突き出した。
「トンボさぁ、姫にゆっくり休んでけって言ってたの。あれは嘘だったわけ?」
「え!? ……いやいや! 全然嘘じゃないけど」
ただあの時はマジで子供かもと思ってたわけだし……
親との関係も普通に良好なら、帰ってもいいんじゃないかと思うんだけど。
「どうせ姫の件が伝わって、これからヴァラクとレドルは戦争になるんだから。ほとぼりが冷めるまでは安全圏に隠れてた方がいいの」
「まあ、そう言われればそうか」
「戦争って、なんで……? 警察とかになんとかしてもらうんじゃないの? 銀河警察ってのがあるんでしょ?」
「海賊相手に銀河警察なんか何の役にも立たないっつーの。ヴァラクからもレドルからも金貰ってんだから動かないよ」
「まあ、銀河警察って弱いものいじめしかできない組織だからさ。正直嫌われてんだよね」
なんか、思ってたより宇宙って殺伐としてるんだよな。
まあ殺伐としてなきゃ、千年も戦争しないんだろうけど。
「ただまあ、さっきの話だけどビーコン打つにしても宇宙に出なきゃいけないんだよね。多分トンボのジャンクヤードに入る船って連絡船になるだろうし、大気圏突入はできても脱出はできないと思うよ」
「こっちのロケットで打ち上げてもらおうよ。人工衛星ぐらいは打ち上げてるみたいだし」
「でもああいうのって個人も相手にしてもらえるのかな?」
俺がそう尋ねると、姫は眼球だけをちょっと上に向け、何かを考えるように顎を掌で撫でた。
もしかしてインターネットで検索でもしてるんだろうか?
「あー、たしかに体裁整えなきゃだめかも。じゃあ会社作っちゃう?」
「会社って、宇宙開発企業って事? そんな簡単に……」
「いや、実用品の宇宙船は手に入るわけだから、この上なく簡単だと思うけど……」
「いやそうじゃなくて、俺達がいきなり宇宙船作りましたって言っても信じて貰えないんじゃない?」
今の俺達は町工場どころか小さな事務所すら持ってない、信頼性皆無の三人なのだ。
さすがにこれで宇宙船ですって物を出しても、テストすらしてもらえないだろう。
「うーん、宇宙船がない星の感覚って、これまで想像もした事なかったからどうも難しいかな。完成品があるならそれでいいじゃんって思うんだけど」
「信憑性が必要なら、ちょっと時間かけて工場とかでっちあげちゃう?」
「それプラス、それっぽい業務で表に出せるお金を稼ぎながらかな……連絡船サイズの大気圏脱出用ブースターがあれば話は簡単だったんだけど、さすがにそんなニッチな物ないからね」
「地球人の感覚からしたら、ありそうなもんだけどな。そもそも大気圏を脱出できる連絡船とかさ、姫の義体調整装置についてた反重力装置とかと同じ感じで作れないの?」
「単に物を浮かすだけの反重力装置と、船体制御に使うレベルの重力管理装置は技術的にほとんど別物だよ。蒸気機関と原子力発電を、湯気でタービンを回してるから同じ物だって言うようなもんだね」
宇宙の技術も何でもアリってわけじゃないんだなぁ。
そんなマーズの話に感心していた俺を、唐突に姫の指が差した。
「つーことで、トンボ、社長ね」
「え!? 俺が!?」
「トンボしかいないっしょ、現地人なんだから」
「それはそうだけど……でも俺、学生だよ?」
さすがにそれは荷が勝ちすぎる気がするんだけど……
そう思いながらマーズと姫の顔を見ると、二人は真剣な顔でゆっくりと頷いた。
「姫がついてんだから、安心してどーんと構えてなって」
「別にトンボに本気で会社経営しろって言ってるわけじゃないよ、体裁整えればいいだけなんだから。調達屋の規模がちょびっと大きくなっただけだよ」
たしかに調達屋は楽しかったから、あの延長線上ならやってもいいかなとは思うんだけど……
でも、肩書きだけとはいえ社長だからな。
俺、ビジネスマナーとかわかんないし、背広も大学の入学式の時に作ったやつしか持ってないんだよな。
「まあそこは決定事項だし。トンボも現地勢力に疑われてるんでしょ? あんた一生日陰者のまま生きるわけ? 会社立てるならついでに色々ごまかしとくけど」
「あ! それは助かるかも! 俺もそれ、就職する時に影響があったらどうしようって悩んでたんだよ」
俺がそう言うと、姫はびっくりした顔で「は!?」と叫んだ。
え? 俺なんかおかしい事言った?
「就職? 地球の企業に? 何言ってんのアンタ? ジャンクヤードがあったらもっと他にいくらでもやれる事あるでしょ」
「姫、もっと言ってやってよ。トンボって未だにピザ屋でバイトしてんだから」
「なんでだよ! 別にいいだろ!」
結局調達屋だってできなくなったんだし、この不安定な時代に常に安全策を取るのは大事な事だろ。
どんだけ宇宙の物が手に入ったって、日本の金がなきゃスーパーで飯も買えないんだからな。
「まあとにかく、会社は立てとくからね」
「あ、じゃあ必要な書類とか調べて役所に取りに行かなきゃな。学校の帰りに行ってくるからリストって出せる?」
「え? なんで?」
「なんでって、会社の設立って結構時間かかるっていうから……」
「スマホ見てみ」
姫の言葉と共にピコンと音を発したスマホを見ると、ブラウザには知らないホームページが表示されていた。
なになに?
『株式会社川島総合通商』?
業務内容……『宇宙開発、輸出入、システム・ハード開発、通信販売』?
代表取締役社長……『川島翔坊』?
これ俺じゃん!
「こ、これ……いつの間に……?」
「今作った。もう法的にも去年から存在してる事になってるから。納税も会社名義で適当に終わったことにしてある」
「て、手早すぎない……?」
俺がそう言うと、姫はフフンと鼻を鳴らして胸を張った。
「トンボさぁ、姫はこれまで自閉状態の漏れ出た思念波だけで仕事してたわけよ?」
「そういえばそうだったね」
「マーズ、それって凄いの?」
「普通はできないかな、できるように作られてないから」
「普通はできない事をできちゃうのが、姫の超凄いとこってわけ」
姫は自分の胸に手を当て、鼻高々といった感じで得意そうに話を続けた。
「ぶっちゃけフルでエネルギー供給された今の状態なら、惑星級の軍艦だって回し切れるスペックがあるわけだし? こんなちっぽけな星のちんけなインターネットなんか自由自在ってわけよ」
「演算特化型とはいえ、さすがに惑星級は言い過ぎだと思うけど……」
姫はマーズのツッコミを無視し、俺に向けて「おい」と顎をしゃくった。え、なんだろう……?
「撫でてもいいぞ」
「え? あ……はい……」
もしかして、脳殻の時に時々撫でてたから、俺が頭を撫でるのが好きだと思われてるのかな?
俺はなんとなく汗ばむ掌をズボンで拭い、ムフーと鼻息荒い姫様の頭を撫でた。
昔によく撫でた妹の髪なんかとは次元の異なる滑らかさの髪をしばらく撫でていると、姫様はふいっと頭を元に戻した。
「後は回転資金っていうか、見せ金かな? 問題なさそうな裏金から一億ぐらいかき集めて口座に入れといたから」
一億! 裏金とはいえそれだけなくなったら騒ぎになりそうだけど、まぁ盗んだのが銀河級のハッカーだからこちらに手が伸びることはないだろう。
俺の金じゃないから使う事はできないけど、記念に百万円の札束を触らせて貰ったりはできないだろうか。
「そんでトンボは、まーちゃんと姫の地元から資金と技術の提供受けて商売してるってストーリーで。地元に繋がってる先は淡路島の野良ダンジョンね。まーちゃんの出身もそっちに書き換えといたから」
「淡路島って、山を崩すぐらいデカいリクガメが出てきて全島避難になったとこでしょ?」
「それならこれ以上ないカバーストーリーだね。誰も確認に向かえないわけだから」
「でしょー? まあこんぐらいの事は楽勝だから、今後も頼りにしてくれていいよん」
す、凄すぎる……俺は伏して姫を拝み、ジャンクヤードから取り出したチョコバーを差し出した。
「お、なんだ? 姫のカリスマに感服しちゃった系?」
「姫様、どうか、どうか……姫様の御威光で大学の出席日数を……必修の第二外国語だけでよろしいので……」
「……アホか! そんな事頼むぐらいなら大学なんか辞めろ!」
「そこをなんとか……」
「ていうかトンボ、社長になったのに大学行く意味あるの? 就活しなくていいんだよ?」
「こんなバーチャルな会社に人生賭けれるか! 俺には俺の人生計画があるの!」
「ジャンクヤードが宇宙の彼方に繋がってる以上、トンボの人生って多分今後もずっとこんな感じだと思うけどな……」
マーズの言葉に「そうかもしれない」と思いつつも……
俺は苦労して入った憧れの東京の大学に向かうため、重い足を引きずるようにして家を出た。
暖かな日差しはボロアパートの階段をぽかぽかと照らし、ポケットのスマホはピピピピピピピと壊れたように通知音を鳴らし続ける。
一応確認してみたスマホの画面には、うちの会社の架空の出資者からのアリバイ作りのための連絡の履歴が過去に遡って通知され続けていた。
俺はうるさすぎるスマホをマナーモードにし、ふぅーっと長いため息をつきながら駅へと向かったのだった。