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第18話 眼鏡と猫と壊れたテレビ

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。

「川島くん、あの日はお礼も言えなくてごめんね」


「いえ、阿武隈さん骨八本も折れてたんですから……喋れなくて当然ですよ」



東三近くの病院のベッドで足を吊って首を固定された阿武隈さんは、いつもと違って沈鬱な面持ちだった。


ドラゴンを倒したあの日に壊滅した阿武隈さんのパーティーとは縁があったから一応病院にお見舞いに来てみたんだが……


やっぱりこんな大変そうな時に来るべきじゃなかったかな。



「あ、荷物届けてくれてありがとうね。おかげでさ、女の尊厳は守られたよ」


「あ、はい……はは……」



冗談めかしてそう言う彼女には悪いが、デリケートな話題すぎて全然笑えない。


まあダンジョンで何時間も行動不能になったらそら誰でも大変な事になるけどさ……



「それで、怪我は治りそうなの?」


「私はね……多分。でも久美子……あ、吉川はダンジョンから出る途中で心臓止まっちゃったから、今後のリハビリ次第かもって……まぁ、生きてるだけで奇跡なんだけど」



マーズの問いにぽつぽつと答えながら、阿武隈さんはサイドテーブルに置いていた眼鏡を震える手でかけた。


そのまま包帯だらけの指でぎこちなくスマホを操作し、俺に画面を向ける。


映っているのはネットバンクの振り込み画面。


金額は十万円と書かれていた。



「依頼の後金を送金するから、口座入れてくれない?」


「阿武隈さん、それは……」



これから大変でしょうから、と言おうとした俺の太ももに、チクッと痛みが走った。


マーズが爪で刺したのだ。



「駄目だよ、トンボ。僕達は仕事したんだ、そこに相手の都合は関係ない」


「そうだよ、天変地異が起ころうとも、竜や鬼が出ようとも、それが口約束でも、契約は契約だから」



俺は何も言えず、彼女のスマホの画面に銀行口座を入力して返却した。


彼女はゆっくりゆっくりとスマホを操って送金を完了させ、ホッとしたような顔で微笑んだ。



「うん、これで心残りがなくなった。これが『恵比寿針鼠』の最後の仕事だったから」


「阿武隈さん、それって……」


「あーちゃん……あ、いや飯田と高井がね、ちょっと心の方がやられちゃって厳しそうなんだよね。さすがにさ、生き埋めはキツかったみたい」


「ああ……」



まあ、誰だってそうなるわな。


いくらめったにない事だとわかっていても、同じ目に遭う可能性がある以上、もうダンジョンには潜りたくないだろう。


しかし、生き埋めか……うちの居間にいる鋼の脳味噌も、同じような状態だったんだよな。


やっぱ早めに動けるようにしてあげなきゃな。



「姉さんはこれからどうすんの?」


「うーん、保険受け取って体治して……そこからの足の調子次第かな? あたし、冒険者(これぐらい)しかできないし」


「そんな事ないと思いますけど……」


「ところがどっこい、あるんだよね」



首を固められた阿武隈さんは目だけを動かして俺の顔を見て、唇を尖らせた。



「川島くんはさ~、ある日いきなりスキルが生えたクチ?」


「へ? ええ、そうですけど」


「あたしもそうなんだよね。ド田舎で地銀の行員やってたんだけどさ、ある朝いきなり自分の中に『高速思考』ってボタンができてたの」



スキル持ちの人はよく、自分の中にあるスキルを行使するきっかけ(・・・・)の事をこういう表現で表す。


ボタンとか、レバーとか、スイッチとかだ。


俺のジャンクヤードのように、詳細なインターフェースがあるスキルのほうが珍しいのだ。



「びっくりして親に話したのがよくなかったんだろうね。次の月には地元の自警団のスキル持ちのおじさんとの婚約が決まってた」


「えぇ……そんな事あるんですか……?」


「あるんだよ。東京とは違って地方は魔物の被害が深刻だから、何が何でもスキル持ちの血統を残そうと必死になっててさ。下手に若い女がスキルなんて持ってたらもう、人権なんかないよ」



阿武隈さんは苦々しげな顔でそう言って、包帯だらけの右手の指を左手でぐっと押さえてピョコンと中指を立て、ニヤッと笑った。



「だからさ、夜逃げして東京に逃げてきた。会社もいつの間にか退社する事にされててさ。これからは良き母としての活躍を願います、なんて支店長に言われてさ。めちゃくちゃムカついたんだよね」


「そりゃ酷いよね」


「そうなんだよね~。ぶっちゃけ、こんなスキルいらなかったなって思うよ。あたしみたいな馬鹿が『高速思考』したって何の意味もないじゃんって思うもん」


「んなことないと思うけど」



俺は話に入っていく事ができなかった。


世が迷歴に移ってから、人々の中に突然芽生え始めたスキルという(ちから)


ぶっちゃけ、その当たり外れはすげー激しい。


正直言って俺が偽装してるアイテムボックスなんてのは、超大当たりのスキルなのだ。


スキルで苦労した阿武隈さんに八つ当たりされたっておかしくないぐらい、俺は恵まれているのだ。



「だからさ、私は地元にも帰れないし、東京で堅気の仕事やるにしてもこの不況じゃあね……」



彼女は目玉だけを動かして、ちらりと窓の外を見る。


二月の東京には、雪が振り始めていた。



「わお、雪だ……川島くん、明日も学校でしょ。電車止まる前に帰った方がいいんじゃない? ちゃんと卒業しないと……冒険者になっちゃうからね」



そう言って、阿武隈さんは隈のある笑顔でぎこちなく笑って見せたのだった。







そして俺達『調達屋』自身の商売はというと、こっちはこっちで少し足踏みしてしまっていた。


連日自衛隊による探索が続いている東京第三ダンジョン。


その事情聴取に、何度も組合に招聘されていたからだ。


ドラゴンの情報、当日の状況など、同じ事を何度も聞かれ。


当事者として会議に参加させられ質疑応答を受け、また同じ事を聞かれ。


自衛隊の部隊と一緒にダイブしての現場確認を要請されて断り、そのついでにまた同じ事を聞かれ。


俺は犯罪者じゃねーっつーの!


多分俺が会敵したと申告した地点以降に痕跡がないから何かを疑われてるんだろうけど、さすがに「もう倒した」とは絶対に言えないのが辛いところだ。


一応建前としては任意協力という事で日当が出ているが、正直言って大損失だった。



「俺は学生だって言ってるのにさ、学校ある日まで呼ぼうとするんだもんな」



自衛隊への協力と、日々のバイトが終わり、部屋に帰ってきた俺はカップラーメンを啜りながらマーズにそんな事を愚痴っていた。



「まあでも、お(かみ)ってのはそんなもんだよ。それに多分相手は相手で、ヤバいのがいるのがわかってるのに何のんきに学校なんか行ってんだこいつって思ってるんじゃない?」


「あ、たしかにそれはそうかも……」



そう思うと、すぐさま東京を脱出しなかったのは余計に不自然だったかな?


まあもう後の祭りか……。



「トンボも自分で言ってたけど、普通は東京から逃げようとするんじゃないの? 二本差しの兄さんもしばらく実家の方のダンジョンに行くって言ってたし」


「こんな目に合うなら、俺達も実家帰ればよかったかな……」


「それも良かったかもね。美味しいもの食べれるし、隆志のお酒もまだまだ飲んでないしね」



酒好きのマーズは、彼に甘いうちの親父のコレクションを虎視眈々と狙っていた。


親父のやつ、俺にはいい酒を飲ませてくれないのにマーズには簡単に飲ませるのだ。


俺は第三のビールを飲みながら、辛気臭いニュースばかりのテレビのチャンネルを変えるためにリモコンを操作した。



「……あれ?」



しかし、チャンネルは変わらず。


二度三度とボタンを押し込むが、画面にはニュース番組が表示されたままだ。



「電池切れ?」


「あらら」



そんな話をしている最中に、ブツっとテレビの音声が止まった。



「あ、テレビの方かも。これもこっち来た時にリサイクルショップで買った古いやつだからな」


「家にいる間はずーっとつけっぱなしだしねぇ」



俺が一応コンセントを抜き差ししてみようと思って立ち上がった瞬間、またテレビから音が聞こえてきた。


しかしそれは、さっきまで流れていたニュース番組の音ではなく……。



『トンボ、コッチ、ワタシ』



男のものとも女のものともわからない、無機質で歪な日本語(・・・)だった……。

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