第13話 豆と猫と体重計
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
迷暦二十二年の二月はじめ。俺はゲームに夢中になっていた。
金稼ぎと並行してやっていたジャンクヤードの交換で、俺はついに個人的な大当たりを引いたのだ。
「宇宙のゲーム……すっげぇぇ!!」
「僕からしたら大昔のゲームに真剣に感動してる人を見る方が感動だよ」
宇宙のテレビ、ホロヴィジョンに繋がれた……
割と馴染みのある感じのコントローラーが刺さった菱形の機械。
見た事のないキャラクターのシールがべたべたと貼られたそれは、マーズ曰く二百年ぐらい前のゲーム機らしい。
これは一月の半ばに五十本ぐらいのカード型カートリッジと一緒にボロボロの箱に詰められ、玉ねぎ一個と交換されてきたものだ。
ゲーム機とわかった時は抱きしめて小躍りして、マーズに呆れられた。
「こんなのが玉ねぎ一個と交換されてくるなんて、夢があるなぁ俺のスキル」
「言っとくけど、そのゲーム機って古さでかなりプレミアついてるからね。もっと最近のゲーム機ならほとんど捨て値だから、多分玉ねぎの皮とでも交換されてたんじゃない?」
「宇宙でもそういうとこはあんま変わらないんだ」
色んな像が浮かび上がる霧の入った水槽。
俺の乏しい語彙ではホロビジョンの映像の事をそうとしか表現できないのだが、そこには四本の手ででっかい銃を撃ちまくるタコ型宇宙人の姿が表示されていた。
「こういう見慣れた感じのゲームが発売されてたってのを知ると、宇宙の人達も俺達とそう感覚が違わないんだって事がわかって嬉しいな」
「言っとくけど、それは超超超オールドスクールなゲームだからね。僕が氷漬けにされる前の流行はリアル神様ゲームだったから」
「リアル? 神様?」
「ちっこい天球を作る技術を持った会社があってさ。そこが作った天球を使って、プレイヤーは神様として星を繁栄に導くの」
「えぇ……? なんかスケールが小さいのかデカいのかわかんないな」
「まぁ本番は神様シミュ部分じゃなくて、育てた星同士のPvPのリーグ戦だったんだけどね」
そのリーグ戦は見てみたい気がするけど、俺はそういうのよりこういう馴染みあるゲームの方がいいな。
宇宙語がわからなくても遊べるし。
「そういえばトンボ、友子からミカンが届いてるよ。あとなんか変な豆」
「人の母親を下の名前で呼び捨てにしないでくれないかな……」
「そんな事気になる?」
「俺は気になるんだよ」
マーズはふうんと気のない返事をしながらミカンを十個ほどコタツの上のかごに盛り、残りと落花生を物流で使うコンテナボックスそっくりの食料保管庫へと入れた。
この食料保管庫という奴は、常温なのに食料の鮮度を保ってくれるという不思議なものだ。
もちろん俺のジャンクヤードの保管能力には及ばないが、こちらにはマーズが自由に物を出し入れできるという利点があった。
「なんだかんだ、この部屋もだいぶ便利になってきたね」
コタツでミカンを剥きながらそう話す彼が座っているのは、青いスライム……
ではなく宇宙のビーズクッションのようなものらしい。
これは自動で動いて腰や尻の同じ箇所に負担がかかるのを解消してくれる、ありがたいクッションなのだそうだ。
二つ手に入ったのはいいが、俺はコタツでは座布団派なので寝る時の枕として使っていた。
たしかによく眠れている気がするが、別に目に見えるほどウニョウニョ動くわけじゃない。
正直言って地味すぎて、俺は未だにこれらが宇宙の物とは思えなかった。
宇宙の製品というのは、大体のものは自分でエネルギーを生み出すから充電とかいらないし、地球とは比べ物にならないほどの大量生産を行うため見た目が死ぬほど地味だ。
進みすぎた文明の製品というものは、不思議と地球のものと見分けがつかないのだった。
「前から思ってたんだけどさ、なんか宇宙の物って地味じゃない?」
「そう? トンボもゲームには凄い感動してたじゃん」
「いやゲームとかバリアとか銃とかは見た目にわかりやすいからいいんだけど……」
俺はゲームを一時停止にしてマーズの方を向き、壁を指差した。
「あれとか、見た目全然宇宙の物じゃないもんな」
「ああ、吸音剤ね。でもあれでだいぶ快適になったでしょ? お隣さんが彼女連れ込んだら寝てられないって、前はトンボも文句言ってたじゃん」
俺の指さしたアパートの壁には、画鋲に引っ掛けられたフック付きの防虫剤のような物があった。
これは文字通り音を吸音する装置だ。
普通防音っていうのは重くて硬い遮音材で音を遮断、複雑な構造の吸音材で音のエネルギーを減衰する事によって行われる……らしい。
だが吸音剤はそんな理屈は無視で、音を吸収して消しちゃう装置だ。
近くに行って声を出すと耳栓をしてるみたいに何も聞こえなくなるっていう不思議な物体だ。
いや、物としての効果は凄いのだ……ただ、あまりにも見た目が地味すぎた。
完全に実家の母が虫よけに玄関ノブにかけてるやつだ。
個人的にはもっと謎に虹色にグラデーションしていたり、スケルトンカラーでピカピカ光っていたりしてほしい。
「あと流しのあれもだよ」
「清潔ボールの何が気に入らないのさ、君だって感激してたろ?」
「いや、現実的に凄い良いものだってのはわかるんだけど……見た目がね……」
台所のシンクの上から吊された赤い網の中には、黄色のスーパーボールのような物がいくつか入っていた。
これは流し周りの細菌を殺してくれるというありがたーいボールで、ヌメヌメも、匂いも、なんならコバエの発生までも防いでくれるという超チート製品なのだ。
見た目が完全に便所ボールな事さえ除けばだが……。
「日本じゃあれは男性用の小便器に使う抗菌剤なんだよ……」
「別にそんな事言われなくたって知ってるよ、見た事あるし」
俺は床に転がったコロコロテープ型の無音掃除機、玄関に置かれた小人の置物型の防虫装置、窓際に置かれたサボテンにしか見えない宇宙の空気清浄プラントを次々に指さした。
「俺が言いたいのはさ……もう少し、もう少しだけ夢のある見た目にならなかったのかって事なんだよ!」
マーズは三粒ほど残ったミカンをコタツの上に置き、めんどくさそうにこちらへ首を向けた。
「トンボさぁ、宇宙に何を求めてるのか知らないけど……そんな期待されたって困っちゃうよ」
「だって宇宙なんだよ!?」
「たとえば僕達宇宙人がさ、日本人は日本人とひと目でわかるように全員チョンマゲにしろって言い出したらそっちも嫌でしょ?」
「そりゃまぁ、そうだけど」
「宇宙だって一緒だよ。結局使いやすい物の形って決まってるし、あって便利な物もだいたい一緒。見た目のいいデザインにもそりゃ需要はあるけど、最終的に残るのは工業的に洗練された形なんだよ」
ぐうの音も出ない正論だ。
それに悔しいが「それっぽくない宇宙グッズは使わない」なんて言えないぐらいに、宇宙グッズは便利なのだ。
俺はすっくと立ち上がった。
コンテナそっくりの食料保管庫に昨日から入れていた飲みかけのパックジュースを飲み、ついでに嫌な匂い一つしない清潔なシンクから水を汲み、窓際のサボテンもどきに水をやった。
俺は心の中の『浪漫』という箱に『生活』という名の蓋をして、とりあえず深く考えるのをやめたのだった。
二月はじめの水曜日、俺達は霊園の中にある東京第三ダンジョンの近くにあるコンビニの駐車場で人を待っていた。
「なんでこんなとこ待ち合わせにしたのさ……! ここビル風が凄いから寒いよ!」
「しゃーないじゃん、車で受け渡ししたいって言うんだから……!」
二月の寒風は骨まで染み、買って外に出たら一瞬で冷えてしまったコーヒーを持つ手もガクガクと震えた。
中で時間を潰したかった所だが、ここはダンジョン最寄りのコンビニ、しかも朝である。
店内は身の置き場もないほどに人でごった返していて、とても悠長に雑誌を読んだりできるような状況ではなかったのだ。
「こういう時のためにさ、うちも車買おうよ!」
「バカ言え、どこに置くんだそんなもん……」
東京の駐車場はバカ高いのだ。
車自体はジャンクヤードに入れられたとしても、車庫証明だって必要だった。
「マーズも服着ればいいんだよ」
「ポプテには毛皮があるから……」
毛皮で間に合ってないから言ってるのに……
クソッ、交換で個人用の空調とかが出てきたら何を置いてでも確保しよう……
俺は猛スピードで雲が吹っ飛んでいく二月の高い空を見上げ、心に固くそう誓ったのだった。
結局、待ち人の阿武隈さんの四人パーティは、その後すぐにパステルカラーのSUVに乗って現れた。
「お待たせ~、こちらうちのリーダー」
「時々買い物はさせて貰ってるけど、改めてよろしくね。私が『恵比寿針鼠』のリーダーの飯田です。今回は無理聞いてもらっちゃって悪いわね」
「あ、どうも川島です。こちらは相棒のマーズ」
「よろ~」
眉毛のキリッとした普通の美人の飯田さんにちょっと気圧されながらも、しっかりと握手を交わした。
「吉川です」
「高井です」
眼鏡女子の吉川さんと、黒髪おさげの高井さんとも握手を交わす。
やはり冒険者、女性とはいえみんな固くてたくましい掌をしている。
「早速だけど、荷物の受け渡しいいかしら?」
挨拶もそこそこに飯田さんがSUVのトランクを開けると、そこにはがっしりとしたプラ製の箱が積み重ねられて並んでいた。
奥にはクロスボウが入っているのだろう長めのケースが複数と、アウトドアメーカーのロゴの入った袋がちらっと見える。
そして何かのシャフトと一緒に束ねられた分割式の槍類が、トランクから中の席にかけて置かれていた。
「この箱類とガンケース全部をお願いするわ」
「わかりました」
俺は体重計を取り出し、箱を持ってからその上に乗った。
こうすれば、表示された重さからあらかじめ測っておいた自分の体重を引けば物の重量がわかるのだ。
「アナログだね~」
「これが一番確実ですから」
面白そうに指をさす阿武隈さんに見守られながら、俺はどんどん計測しては物を収納していく。
マーズは重さと箱の個数を俺のスマホにメモっている。
「箱四個、ガンケース四個で二十キロと少しだね。おまけして二十キロ分でいいよ」
「ありがとう」
飯田さんは分厚いブランド物の財布から十万円を取り出した。
「前金に半分、仕事後に残りでいいのよね?」
「はい、それで」
彼女から受け取った金をきちんと数えてから仕舞う。
「では予定通り、金曜の朝九時に補給でお願いね」
「承知しました」
詳細は事前にSNSのDMで詰めてある。
相手は木曜から深部にダイブを始め、金曜の朝に補給。
そして日曜朝に、またここで会って物資を返却する事になっている。
「じゃあ、よろしくね~」
阿武隈さんはいつもの隈のある笑顔で俺達に笑いかけ、車に乗って穴蔵の方へと去っていった。
「トンボ、もう一杯コーヒー飲もうよ」
「飲もう飲もう」
そして体の冷え切った俺達は、震える足でよろめきながらコンビニへと向かったのだった。