第11話 車と猫と年上の女
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
約束を取り付けてから四日後、俺とマーズは阿武隈さんの運転する軽自動車に乗って川崎までやって来ていた。
すでに電動工具やその備品は買い終わり、今は超巨大な会員制のスーパーマーケットへと向かっている途中だ。
「しかし調達屋が黄色くないと違和感あるねー」
「今日何度目ですかそれ、俺達だってダンジョンの外ではあんなの着ませんよ」
阿武隈さんは、いつもの黄色いバリア布じゃなく、今日のために買ってきたファストファッションブランドのコートを着た俺を眺めては同じ事を何度も言った。
そんな彼女は彼女で清楚な感じの高そうな服に身を包んで、うちの母や妹とは値段の桁が違いそうな化粧もしている。
やっぱり冒険者ってのは儲かるんだな。
「そんでさー、コストコのでっかいブラウニーが美味しいんだよねぇ」
「もうスイーツの類は阿武隈さんにお任せしますんで……何でもカゴに入れてもらって……」
「あ、そう? いやー、食べ切れるかとか期限とか考えないでコストコの食べ物買えるなんて最高だよね」
俺と阿武隈さんが話している間、マーズは後部座席で丸くなってぐうぐう眠っている。
最近の彼はグルメドラマにハマっていて、今日も朝まで見ていたからな。
「そういや川島君は出身千葉だっけ?」
「そうなんですよ、大学通うためにこっちに出てきて」
「いいなー、あたしど田舎だから。千葉に生まれてたら人生色々変わってたなぁ」
「千葉も田舎ですよ」
「全然そんな事ないよ。ブランドの直営もあるし、東京にだってすぐ出てこれるしさぁ」
信号待ちで停車した車の中、阿武隈さんははぁーっとため息をついた。
「田舎って物もお金も何にもなくて、つまんなくてさー……あたしも高校出てから就職したけど、結局辞めて出てきちゃったしね」
「でもそれで冒険者として成功してるじゃないですか」
「成功なのかなー? そう見える?」
「はい」
俺が答えると、阿武隈さんはしばらく前を見たまま「うーん」と悩み、車が流れ出してからまた喋り始めた。
「たしかに、高校生の頃のあたしが今の自分を見たら成功してるって思うかも……でも冒険者なんてさー、命さえ賭ければ、運が続いてる間は誰にでもできるんだよね。ブレーキの壊れたバイクでやる宅配業者みたいなものだから」
「そういうもんですか?」
「そーゆーもんもん。こんなヤクザな仕事だとわかってれば地元に残ってたかな……」
阿武隈さんはそう言いながら指示器を操作し、ハンドルを切りながら「でも」と続けた。
「やっぱり、わかってても出てきたかも。田舎にはいたくなかったしねー」
「地元で何かあったんですか?」
「まぁ、色々ねー」
彼女はヘラヘラ笑いながらそう言った。
「川島君は大学はどう? ちゃんと卒業できそう?」
「まぁ、今のとこはですけど……」
「ちゃんと卒業しなよ~? 冒険者になんかなりたくないでしょ?」
「いや、もうなってますけど……」
なんとも反応しづらい冗談だ。
中に入ってみれば冒険者は割としっかりした人ばかりだったし……
というかしっかりしてない人はだいたい死ぬか怪我で引退するし。
大物を狩ったり上手く企業と提携すれば、二十代で年収三千万も可能な夢のある仕事だというのもよくわかったのだが……
東京では特にその傾向が強いのだが、世間ではバリバリの3K職で、武装した犯罪者予備軍と見られているのも事実だった。
「別に本腰入れてるわけじゃないでしょ? 大体そんな事言ってたらさ~親に泣かれちゃうよ~? 冒険者なんか社会でツーアウト貰ってからでも全然遅くないんだから」
俺は目が全然笑ってない阿武隈さんの言葉に、「はぁ」とか「まぁ」とか曖昧な言葉しか返す事ができなかった。
この人も多分、冒険者になるまでに色々あったんだろうなぁ……。
「まぁでも、君やる時はちゃんとやりそうだし、そんなに心配はいらないのかな。アイテムボックス持ちなら、いくらでも稼ぐ方法なんかありそうだし」
「…………」
まぁ、それが思いつかなくて困ってたって事は、言っても仕方のない事か……
そのまましばらく車内では無言が続き、いくつ目かの赤信号で停まった時、阿武隈さんがぽつりと口を開いた。
「……いつかさー、川島君が出世して社長さんになったらさー、そん時はおねーさんの事も面倒見てよ……なーんて……」
「いいっすよ」
「へ?」
「いつになるかわからないですけど、俺なんかが社長になれるような事があれば」
「いや冗談冗談! ダメだよー川島君、誰にでもそういう事言ってるとさー、そのうちお尻の毛まで毟られちゃうよ」
阿武隈さんはそう言って笑ってから、停車中じゃなければ聞き逃してしまいそうな小さな声で「でも、ありがと」と零して、青信号の道路へと車を発進させたのだった。
結局、あの言葉が冗談だったのか本気だったのかはわからないが、その日その後彼女がその話の続きをする事はなく。
俺達はコストコで買い込んだうんざりするほど大量のお菓子をジャンクヤードに詰めてから帰路についた。
行きに眠っていたマーズは、店でしこたま名物のホットドッグを食べてお腹いっぱいになり、帰り道もずーっと寝ていたのだった。