83 お米の力
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師団長様が研究所に来てから三日後、混ぜ寿司と味噌汁の調査が始まった。
連絡が来たときは驚いた。
師団長様が帰ったその日に連絡が来たのよ。
しかも、調査は三日後にと言われて、異例の早さにどれだけ師団長様が楽しみにしていたのかが良く分かる。
そして、どれだけインテリ眼鏡様が大変だったのかも……。
目の前の、深い皺の寄った表情を見れば一目瞭然だ。
「……今日はよろしくお願いします」
「もちろんです! 私も楽しみにしていました」
宮廷魔道師団から来たのは師団長様、インテリ眼鏡様、他三名。
インテリ眼鏡様のご機嫌を伺いつつ、恐る恐る挨拶をすれば、麗しい笑顔の師団長様がすこぶる機嫌良く返してくれた。
うん、まぁ師団長様が代表だものね。
一応……。
インテリ眼鏡様はというと、深〜い溜息の後、「こちらこそ」と小さく呟いてくれた。
宮廷魔道師団の人達を食堂に案内しながら、話を聞くと、今日来てくれたのは宮廷魔道師団のトップ5の人達だった。
トップ5って……、それぞれ皆様非常にお忙しいのでは?
「えっと、皆様お忙しかったのでは?」
「大丈夫ですよ」
驚いて確認すれば、何てことない風に師団長様は返事をする。
インテリ眼鏡様の溜息と、他の三人の人達の苦笑いを見れば、調整が大変だったんだろうことが伺えた。
材料が少ないから、料理の効果に気付きやすい人を師団長様にお願いしていたけど、とばっちりを食わせてしまったようだ。
大変申し訳ない。
「少し酸味のある料理です。食べ終わったら何かステータスに変化がないか確認してみてください」
「分かりました」
「はい」
宮廷魔道師団の人達を食堂に案内すると、席に着いたところで、従僕さん達が料理を運んで来てくれた。
今日試食してもらうのは混ぜ寿司のみだ。
一度に寿司と味噌汁の両方を出した場合、効果が判明しても、どちらの効果なのかが分からなくなるからね。
宮廷魔道師さん達は並べられた混ぜ寿司を物珍しそうに見ていたので、簡単に料理の説明をする。
ビネガーを使った料理になるので、念のため、酸味があることを伝えた。
知らずに口に入れて、腐っていると思われたら困るからね。
それが功を奏したのか、珍しい味だというくらいで忌避感を抱く人はいなかった。
「変わった味ですが、嫌いではないですね」
「そうですね。特にこの白い粒は初めて食べました。何という食べ物なのですか?」
「白い粒は米と言いまして、外国の穀物になります」
「外国のですか」
宮廷魔道師さん三人には割合高評価だ。
インテリ眼鏡様は無表情のため、よく分からない。
黙々と食べているけど、眉間に皺が寄っていないから、苦手な味ではないと思う。
師団長様はと言うと……。
「セイ様が考案した料理はどれもですが、今回の料理も美味しいですね。これなら毎日食べられそうです」
「そ、そうですか。恐縮です」
ニコニコと笑顔を浮かべていた。
毎日食べられますか。
残念ながら、毎日提供できるほど材料が手に入らないんですけどね。
しかし、今それを言っても仕方がない。
材料の入手難易度については黙っておいて、聞きたかったことを聞くことにした。
「それで、何か、ステータスとか変わりましたか?」
「そうですね、『ステータス』。……、ステータス上は変わりがありませんね」
師団長様をはじめとして、誰もステータスに変化はなかった。
うーん、そうなると師団長様の興味を引いた効果が付くのは味噌汁の方になるのかな?
考え込んでいると、師団長様が席を立ち上がり、外に向かった。
「え? どうしたんですか?」
「ちょっと外で試したいことがありまして」
「外でですか?」
「えぇ、ここでは後始末が大変ですから」
そう言うと、師団長様はさっさと外に出てしまう。
皆呆気に取られていたけれど、すぐに再起動し、慌てて後を追った。
師団長様は外に出てすぐのところで立っていて、何か魔法を発動させようとしていた。
そうして、一緒に追ってきたインテリ眼鏡様が止める間も無く、魔法が発動する。
空に打ち上げられた水球が空中で破裂し、辺り一面に水滴が降り注ぐ。
魔法は薬草畑の水遣りの際にジュードがよく使う水属性魔法だった。
ただ、水球の打ち上がる高さはジュードのときよりも高く、水滴が落ちる範囲も広い。
「えっと……」
「やはり、思った通りですね。魔法攻撃力が上がっています」
「え?」
師団長様はそう言うと、とても嬉しそうな顔で振り向いた。
もう少し検証をしたいと言うことで、急いで宮廷魔道師団の訓練場に向かう。
正確に言うと、その場で検証を始めようとした師団長様をインテリ眼鏡様が引きずって行った。
師団長様を止めてくださり、ありがとうございます。
薬草畑に被害が出なくて良かったです。
食堂の後片付けを従僕さん達にお願いし、宮廷魔道師団に移動した。
訓練場に着いてからの師団長様は、それはもうすごかった。
次々に発動する魔法を見て、研究所では手加減をしてくれていたことを知る。
師団長様以外の魔道師さん達もそれぞれ得意な魔法を発動させ、料理の効果を確かめていた。
「『アイスアロー』」
インテリ眼鏡様が魔法を使うところを見るのは初めてだ。
かなり遠くにある的の真ん中を、氷の矢が正確に撃ち抜く。
それも何度も。
すごいなぁと思っているのは私だけではなかったようで、周りからも感嘆の声が上がる。
周りを見回せば、いつの間にか訓練場には多くの魔道師さんが集まっていた。
近くにいる魔道師さんに聞けば、トップ5が一度に揃って訓練場にいるのも、ましてや魔法を発動させているところが見られるのも珍しいらしい。
それで隊舎にいた人達が皆集まって来たんだそうだ。
「魔法命中率も上がっているようだ」
「そうなんですか?」
「普段であれば、もう少し着弾点にズレが生じるのだが」
暫く『アイスアロー』を発動させていたインテリ眼鏡様はこちらにやってくると、徐に口を開いた。
着弾点がズレると言われて、先程の的を見れば、跡が付いているのは真ん中だけだった。
跡の大きさもそれほど大きくないことから、何度も射出された氷の矢はほぼ全て真ん中を撃ち抜いていたことが分かる。
制御に自信があるとは言え、普段はあれ程収束することはないと、インテリ眼鏡様は教えてくれた。
「魔法攻撃力の方はいかがでしたか? 師団長様は上がるようなことを仰ってましたけど」
「そちらも上がっているのは間違いないな」
魔法攻撃力の高さは発動させる魔法の威力や大きさに影響を与える。
研究所で師団長様が発動させた魔法では、水滴が落ちる範囲が広がったのがそうだ。
同じ量の魔力を使った場合、普段であればもう少し範囲が狭いらしい。
今回のインテリ眼鏡様の魔法では、普段より少ない魔力で普段と同程度の魔法が発動できたのだとか。
それで魔法攻撃力が上昇していることを確認したそうだ。
師団長様とインテリ眼鏡様の二人が確認したことから、混ぜ寿司に魔法攻撃力と魔法命中率の上昇の効果があるのはほぼ確定だろう。
調査として他の三人にも魔法攻撃力と魔法命中率が上昇しているかを確認してもらう。
そして予想通り、三人もその二つが上昇していることを確認できた。
念のため、他に何か効果はないかと調べてもらったけど、やはりその二つだけだったようだ。
「ご協力いただき、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ素晴らしい料理を教えていただき、ありがとうございます」
料理の効果が切れたことで、今日の調査はお開きとなった。
師団長様をはじめとした宮廷魔道師団の面々にお礼を言うと、とてもにこやかに師団長様が応じてくれる。
料理の効果で分かっているものは物理攻撃やHPに関係するものが多く、魔法に関係した効果と言えばMPに関係するものくらいだった。
しかし、今回の調査で魔法に関する効果もあることが分かったのだ。
魔法馬鹿とも言われる師団長様が非常に、非常に興味を持つのもよく分かる。
「今回の料理は材料の入手が難しいのでしたよね?」
「はい」
「できれば毎日食べたいくらいなのですが……」
「今の段階では難しいですね。今後、定期的に材料を輸入しようとは思っていますけど」
「定期的に?」
「はい。今日の料理に使った米は、私の国の主食だったので、私もできれば一日に一回は食べたいなと思いまして」
「ということは、輸入が始まれば研究所の食堂で毎日食べられるということですか?」
「えぇ、恐らく?」
「そうですか! では、食堂で食べられるようになったら教えてください。伺いますから!」
でも、こう来るとは思わなかった……。
これ、毎日来そうよね。
まあ、いいか。
師団長様の食事代はしっかり宮廷魔道師団に請求しよう。
今後やるべきことを考えつつ、物凄くいい笑顔の師団長様に了承の返事をした。