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81 和食

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 モルゲンハーフェンから戻って一週間。


 戻ってきてからは、旅行に出掛ける前と同じように、研究所で仕事に明け暮れていた。

 黒い沼について文官さんに問い合わせてみたけど、今のところ見つかっていないらしい。

 それ故に、【聖女】の出番はなく、平和な時間を過ごしていた。


 時間に余裕があるならば、次にやることは決まっている。

 和食を作るのだ。

 そう心に決めて、休暇中に溜まっていた研究所の仕事を只管消化した。

 そして、仕事が一段落した日の午後。

 遂にそのときが来た。



「いよいよ作るのか?」

「はい!」



 研究所の厨房で準備をしていると、所長がやって来た。

 相変わらず、新作料理に目敏い。

 満面の笑みで返事をすると、興味深そうに手元を覗き込んできた。



「それが探していたという米か?」

「はい。日本では主食だったんですよ」



 目の前には、籠に入った白いお米が鎮座していた。

 ちょうど、計り終わったところで、これから研ぐところだ。



「まだ暫く掛かりますよ」

「そうなのか?」

「はい、研ぎ終わった後に、暫く浸水させますから」



 お米を研ぎながら、この後の手順を説明する。

 この位の時間に炊き始めると伝えると、また後で来ると言い残して、所長は仕事に戻った。


 後ろ姿を見送りながら、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 何故ならば、今回は上手く作れるか自信がない。


 モルゲンハーフェンにいる間に、セイランさんのところの料理人さんに炊き方は習ったんだけどね。

 それでも日本にいたときとは色々と勝手が違うから、不安なのよ。

 何せ、日本にいた頃は、ご飯を炊くのはいつも炊飯器。

 お鍋で炊いたのなんて一、二回しかなかったもの。


 できれば、ちゃんと成功してから食べて欲しかったんだけど、見つかったからには仕方がない。

 成功することを祈りつつ、頑張りますか。


 浸水が終わった後、鍋にお米と適量の水を注ぎ、火にかける。

 この一年で火加減の腕が上達したとはいえ、まだまだだ。

 料理人さん達に手伝ってもらいながら、何とか炊いていく。



「匂いがして来たな」

「はい。もう少しで出来上がると思います」



 いつの間にか戻って来ていた所長に返事をする。

 時計がないから、炊き上がったかどうかは耳と匂いが頼りだ。

 ふと周りを見回すと、所長に加えて、ジュードと料理人さん達もジッとこちらを見ていた。

 ジュードも来ていたのね。

 皆が皆、お鍋に集中してるのが、何だかおかしい。

 笑いを噛み殺しつつ、私もお鍋に集中することにした。


 さて、そろそろだろうか。

 少しだけ火の勢いを強めて、鍋からの音を聞く。

 パチパチと音が聞こえたので、鍋を火から外した。

 後は蒸らすだけだ。



「できたのか?」

「まだです。蒸らさないといけないので」

「そうなのか」

「そんな、がっかりしないでください。今のうちにもう一品作りますから」



 もう一品の一言に、所長の表情が輝く。

 それに苦笑を返して、次の料理に取り掛かった。


 次に作るのはお味噌汁だ。

 スープを作るときと同じように野菜を切る。

 味噌汁のいいところは、具材をあまり選ばないところよね。

 具材が制限されている今、洋風の具でも何とかなるのが、ありがたい。



「スープを作るの?」

「えぇ。味噌を使ってね」

「倉庫で飲んだやつ?」

「そうそう。あれは簡易版だったのよ」

「そうなの?」

「故郷ではお湯ではなくて、出汁に味噌を溶いていたし、具も入ってたわ」

「へぇ」



 尋ねてきたジュードに答えると、感心したような声が返ってくる。

 あのときに飲んだ味噌汁は、お湯に味噌を溶いただけだったので、少々物足りない。

 せっかく作るのであれば、少しでも故郷の味に近づけたい。


 そこで、モルゲンハーフェンで買ってきた小魚の干物で出汁を取ることにした。

 料理人さんにお願いして、出汁はお米を炊いている間に取ってもらった。

 見慣れない小魚ではあったけど、いい出汁が取れたわ。


 そうして味噌汁が出来上がったので、いよいよご飯を確認することになった。

 ドキドキしながら鍋の蓋を取ると、フワリといい匂いが広がった。

 特急で作ってもらったしゃもじでご飯を混ぜると、底の方にはほんのりお焦げが出来ていた。

 味見をすると、少しだけ柔らかかったけど、これなら成功している部類だろう。

 久しぶりの甘さに、ジーンとしてしまったのは内緒。

 ニンマリと笑えば、料理人さん達から歓声が上がった。



「うまくいったのか?」

「ちょっと柔らか過ぎる気はしますが」

「その表情なら問題はなさそうだな」



 期待増し増しで笑う所長を、ジュードと一緒に食堂の方へ促す。

 料理人さん達と一緒に、急いで配膳を済ませて、私も食堂へと移動した。


 既に口にしている人達が騒がしい中、席に着いて、改めてご飯と味噌汁を眺める。

 お椀がなかったので、ご飯は平皿、お味噌汁はスープカップに入れられている。

 けれども、酷く感慨深かった。

 漸く食べられる。

 味見で口にしているとはいえ、こうしてきちんと食べるとなると、そういう思いが湧き上がった。



「美味しい……」



 口に含んだご飯を噛み締めると、ご飯の甘さがジンワリと口に広がる。

 思わず感想を漏らせば、対面に座っている所長が優しく笑った。



「良かったな」

「はい」



 感慨に浸りつつ、次は味噌汁に手を伸ばす。

 一口飲むと、出汁の香りが鼻に抜けた。

 その後、味噌の味が通り過ぎて、ほぅっと口から溜息が溢れる。

 あー、沁みるわー。



「これが味噌汁?」

「そうよ」

「モルゲンハーフェンで飲んだのと全然違う!」



 お味噌汁にほっこりしていると、ジュードが驚いたように訊いてきた。

 やはり出汁というのは偉大だったようで、モルゲンハーフェンで飲んだ物とは随分と違って感じたらしい。



「そんなに違うのか?」

「はい。あちらで飲んだ物は、もっと尖った味だったというか」

「そうね。モルゲンハーフェンで飲んだのは味噌をお湯に溶いただけの物だったから、純粋な味噌の味だけだったと思うわ」

「これは違うの?」

「これは出汁に味噌を溶いているし、野菜の味も出てるから」

「それで甘く感じるのかな?」

「そうだと思う」

「出汁に味噌を溶いただけの物も飲んでみたいな」

「後で作る?」



 著しい違いがあるってことなんだろうけど、こんなにジュードが食い付いてくるのも珍しい。

 後で出汁の有無や具の有無での味の変化を確認してみるかと問えば、笑顔と共に首肯された。

 もちろん、所長も参加するようだ。

 そうして暫く話していると、ふと気付いたように所長が口を開いた。



「米と味噌にも何か効果があるのか?」

「効果ですか?」

「あぁ。最大HPの増加とか」

「料理の効果ですね。どうなんでしょう?」



 料理スキルのある人が作った料理には、何かしらの効果が付くことがある。

 今日の料理は私が作ったので、もし効果があるならば顕著に出るはずだ。

 所長の言葉を受けて、周りに座っていた人達が一様にステータスを開く。



「ぱっと見、何も付いてなさそうですね」

「ほんとだ」

「そうか、薬膳があるセイの故郷の食べ物なら、何かしら付いてるかと思ったんだが」



 残念そうな所長に、私も同意する。

 味噌なんて健康にいいって言われてた食品だ。

 効果が付いていないって方が信じられない。


 もしかしたら、物理攻撃力増加やHP自然回復量増加等のステータスには現れにくい効果なのかもしれない。

 所長もその可能性に思い当たったらしく、継続して調べることになった。

 お米や味噌はセイランさん達からそれなりの量を購入したけど、調査するとなると少し心許ない。

 少ない材料で調査を行うには、どうしたらいいかしら?

 効率的な調査手順を考えつつ、残りのご飯を口に含んだ。

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