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79 宴

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 食堂には丸いテーブルがいくつもあり、何人か毎に分かれて座った。

 私は一番奥のテーブルを勧められたので、ジュードやオスカーさんと一緒に席に着いた。

 護衛として付いて来た騎士さん達は別のテーブルだ。

 他のテーブルには見知らぬ顔の人もいる。

 聞けば、船員の中でも位の高い人達だそうだ。

 思ったよりも人が多い。


 暫くすると飲み物が配られた。

 こちらはワインのようだ。

 異国のお酒は出ないらしい。

 気になって隣のテーブルを見ると、騎士さん達にはエールが出ていた。


 飲み物が行き渡ると、セイランさんが簡単に私のことを紹介してくれた。

 ポーションの(くだり)で船員さん達から好意的な視線を向けられ、何だか面映ゆい。

 えっと、先に、先に行きましょう。

 照れからセイランさんに先を促せば、乾杯の音頭が取られ、それに合わせて皆が杯を掲げた。


 乾杯の後は、馴染みのある物ない物、様々な料理が食べる端から運ばれてきた。

 目新しい料理を見て、ジュードや騎士さん達が歓声を上げる。

 使われている調味料や香辛料、調理方法の種類のどれもが豊富だ。

 ザイデラの食文化はかなり進んでいるわね。


 今日は私達が招かれているということもあって、料理人さん達もいつもよりも豪勢な料理を用意してくれたようだ。

 船員さん達のテーブルからも、すごいなとか、そんな声が上がっている。


 大皿で運ばれて来た料理は、テーブルの横にいる給仕さんが取り分けてくれた。

 口に含めば、独特な香辛料の香りが口に広がる。

 これは八角の香りかな。

 結構好き嫌いが分かれるのよねと思っていると、案の定、騎士さん達の間でも好き嫌いが分かれていた。



『いかがかな?』

『とても美味しいです』



 ちなみに私は結構好きだ。

 癖のある料理を咀嚼していると、同じテーブルに着いているセイランさんから声を掛けられた。

 私の回答にホッとしたように笑う辺り、セイランさんも八角の風味は好みが分かれることを知っていたようだ。



『我々には馴染み深いが、この国の人には苦手な人もいるから、口に合うか心配していたんだ』

『そのようですね』



 賑やかな騎士さん達の方を見て、その後セイランさんと視線を合わせて、互いに苦笑いする。

 オスカーさんも独特な風味に、僅かに表情を変えていた。

 ジュードは平気なようだ。

 流石、薬用植物研究所の研究員だけある。

 うちの研究員達は平気で薬草をそのまま口にするような人ばかりだしね。

 さもあらん。



『こちらの国では素材の味を生かした料理が好まれているんだろう?』

『えぇ』

『最近は薬草で香り付けをした料理もあるんですよ』



 セイランさんの質問に頷いていると、横からオスカーさんが口を挟んだ。

 薬草で香り付けって、それって研究所の料理ですよね?


 オスカーさんは商会に関する打ち合わせで、研究所によく来ていた。

 そのときに食堂を利用して、虜になったみたいね。

 一度食堂を利用してからは、打ち合わせがお昼に近い時間帯ばかり指定されたもの。



『薬草で?』

『はい。爽やかな風味が癖になります』

『ほう。それは体にも良い物なのかな?』

『それは聞いたことがありませんね』



 実際には効能はある。

 ただ、どちらかといえば味優先で広まっていて、効能についてはあまり知られていない。

 だから、オスカーさんも知らないのだろう。



『セイランさんの国には体にいい料理があるんですか?』

『体にいい料理というか、料理と健康は結びついているという考え方があるんだ』



 セイランさんの言葉を受けて、医食同源という言葉が浮かんだ。

 試しに尋ねてみると、期待していた答えが返ってきた。

 思わず身を乗り出して、どんな考え方なのかを訊くと、昔聞いたような話が返ってくる。

 もっとも、この考えは位の高い人達の間で広まっているもので、セイランさん自身は詳しい内容を知らないらしい。


 そんな料理の話から、次は薬草について話題が移った。

 薬草の話になると、私を介してだけどジュードも積極的に話に加わって来た。

 セイランさんにとっては専門外の話だったけど、ザイデラの薬草について知っている限り教えてくれたわ。

 途中、あまりにも専門的な内容に話が及ぶと、別のテーブルに座っていた船員さんを呼んでくれた。

 その人は船医さんで、セイランさんよりも薬草に詳しいらしい。


 話を聞くと、薬になるのは薬草だけではなくて、木の皮なんかも煎じて飲んだりするみたい。

 漢方か。

 興味深く聞いていると、スランタニア王国の薬草についても質問されたので、分かる範囲で答えた。

 ジュードも一緒になって答えていたら、随分と詳しいって言われちゃったわ。

 ジュードがポーション関係の仕事に就いているって話したら、納得してくれたけど。



『ポーション関係っていうと、お嬢さんがくれたポーションは彼から?』

『いえ……、あれは本当に父が用意してくれた物なので、出所は分からないんですよ』



 危ない、危ない。

 ヒヤッとしつつ、セイランさんの質問に答える。

 ジュードもマズイと思ったのか、微妙に笑顔が凍り付いていた。

 すぐにセイランさんが引き下がってくれたから良かったけど。



『あのポーションのことが気になりますか?』

『それはもちろん』

『そうですか。そちらの国も薬草学については随分と発展しているようですし、同様の物はあるのでは?』

『どうだろうな。あれほどの効果がある物となると、かなり身分の高い者でないと、あるのかどうかすら知らないだろうな』



 話は終わったと胸を撫で下ろせば、今度はオスカーさんがセイランさんに尋ねた。

 二人の会話を聞いて、内心頭を抱える。

 結果としては渡して良かったと思うけど、どうしてもやらかしてしまった気がしてならない。

 いや、やらかしているんだろう。

 これ以上、ボロを出さないためにも、この辺りでポーションの話は終わらせたい。


 そんな気持ちは届いたようで、話題は変わり船上生活の話になった。

 話には聞いていたけど、やはり色々と大変らしい。



『……というわけで、船上の食事というのは酷い物なんだ』

『大変なんですね』



 船上の食事情については、あまりの悲惨さに涙を禁じ得ない。

 話を聞いていて、演技でもなく、悲しい表情を浮かべてしまった。

 食文化が進んでいても、長い航海に耐えうる保存食というのは決まりきった物になるようだ。

 乾燥している物や塩漬けになった物等、長く保存できる物がほとんど。

 生野菜や果物は腐りやすいので、積んでも早めに使い切ってしまうのだとか。


 この国の保存食で何か良い物を知っていたら教えて欲しいと言われたのだけど、ジュードもオスカーさんも知らないようだ。

 ジュードはともかく、物知りっぽいオスカーさんも知らないのであれば、先程話題に上がった保存食以外にないのだろう。


 保存食か。

 元の世界で、長旅の際に船に乗せられたという保存食を思い出す。

 さっき聞いた保存食より味はマシかしら?

 あれの味については諸説色々とあったのよね。

 そんなことを考えていると、私の表情に気づいたセイランさんが話を振ってきた。



『お嬢さん、何か思い浮かんだのかい?』

『そうですね、味の保証は出来ないんですけど……』



 作ったことがないので、どのような味の物が出来るか分からない。

 しかし、そう伝えてもセイランさんは興味があるようで、良かったら一度作ってくれないかと聞いてきた。


 作り方は簡単なので一応覚えている。

 後は材料が手に入るかどうかだ。

 取り敢えず、明日市場を見て回って、材料があったら作ってみよう。

 そうして、材料が手に入るならという条件付きで、セイランさんの要請に応えたのだった。

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