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舞台裏11 裏の顔

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 国王の執務室に扉をノックする音が響いた。

 部屋の中にいた宰相が応えを返すと扉が開き、一人の青年が部屋に入って来た。



「特務師団所属、オスカー・ドゥンケル参りました」

「ご苦労。掛けたまえ」



 執務室に入って来たのは、セイの商会で会長の補佐をしているオスカーだった。

 薬用植物研究所でセイと対面した際は商人風の格好をしていたが、今は騎士服を着ている。

 姿勢からして、研究所にいたときとは異なり、纏う雰囲気も騎士然としていた。

 宰相の勧めに応じて、オスカーは国王の執務机の前まで進んだ。



「顔合わせは無事に済んだか?」

「はい。滞りなく。【聖女】様におかれましては、商会の立ち上げにも快く応じていただけました」

「そうか、それは良かった」



 オスカーの報告に宰相は満足そうに頷く。

 今回、新しく設立された商会は、一見すると薬用植物研究所の所長であるヨハンの主導で立ち上げられたように見えた。

 しかし、実際に主導したのは国王と宰相だ。

 オスカーを始め、商会の人間は全て王宮関係者だったりする。



「フランツも商会に入ったんだったか?」

「会長を任せております」

「フランツがいるなら安心か」



 宰相から商会の会長、フランツの名前を聞いた国王は重い荷を下ろしたように肩の力を抜いた。

 国の頂点にいる二人が信頼を置くほどに、フランツの王家への忠誠心は厚く、その実力も折り紙付きだ。


 フランツもまた、オスカーと同様に特務師団出身者だった。

 ただ、オスカーが現役の特務師団員であるのに対し、フランツは既に引退した身である。

 フランツは元は国王専属の諜報員だったが、その優秀さ故に、最終的に特務師団所属となった異色の経歴を持っていた。



「フランツ以外にも戻ってきた者はいるのか?」

「はい。フランツ殿の呼び掛けで何人か商会に入りました」



 国王からの問い掛けにオスカーが答える。

 フランツ以外にも何人かの特務師団出身者や元関係者が商会に再就職していた。

 いずれの者も王家への高い忠誠心と商会の実務を行うに足る能力を持っていることは、特務師団で確認済みだ。


 このように、フランツやオスカーを始めとした王宮関係者ばかりの商会が設立されるまでになったのには理由がある。

 セイが関係する商会を取り込もうとする者達が出てきたと、ヨハンから報告が上がったためだ。


 セイが考案した化粧品は、貴族の御婦人方の間で非常に人気がある。

 商会でも飛ぶように売れているのは国王達も知っている話だ。

 その化粧品を取り扱っている商会が、ヨハンの実家、ヴァルデック家と懇意にしている商会であることも。

 しかし、このことについて国王達がヴァルデック家に何かを言うことはなかった。

 ヴァルデック家が【聖女】を利用しようとする野心を持っていないことや、利益が相応の割合でセイにも入るようになっていたからだ。


 けれども、ヨハンの報告に上がった貴族家は違う。

 どこもあからさまに野心を持っているような家ばかりだった。

 今はヴァルデック家で対応できているが、近いうちに対応が難しくなるだろう。

 そう予想した国王達は、まずは矛先を向けられている商会をどうにかすることにした。

 実際に、王宮側が準備している間にヴァルデック家と他の家との話し合いは時間が掛かるようになったので、国王達の予想は正しかったと言えよう。


 国王達は貴族達の目をヴァルデック家と懇意にしている商会から離すために、新しい商会を立ち上げることにした。

 もちろん、貴族達から不満が出ないように、新しい商会のオーナーはセイにやってもらう。

 商品のアイデアを出す本人がオーナーになるのは自然なことだ。

 それに、国王と並び立つ身分の【聖女】の商会に、表立って手を出す貴族はいないだろうという打算もあった。


 爵位や領地等、大げさな物を欲さないセイのことだ。

 普通であれば商会のオーナーになるのも固辞していただろう。

 しかし、自身がオーナーになることで、他の貴族が手を出し難くなると言えば、渋々であっても引き受けてくれるに違いない。

 王宮側がそう考えたのは正しく、セイはオーナーとなることを引き受けた。


 商会の設立が決まり、次に議題に上がるのは商会の従業員についてだ。

 こちらも早々に方針が決まった。

 元の商会に様々な貴族が接触を図ったこともあり、商会の従業員は全て王宮関係者で占められることになったのだ。

 化粧品を筆頭に、セイが齎す情報は王国内の経済に大きな影響を与える。

 迂闊に他の貴族の手に情報が渡ると、どのようなことが起こるか分からない。

 というか、分かりたくない。

 そのため、商会の関係者を王宮側が選んだ者で占めることで情報の統制を図ることにした。


 商会の従業員の中にもセイの護衛は紛れている。

 ついでのようになってしまったが、それこそが当初の目的だ。

 セイと接点があるところには、必ず護衛が紛れ込んでいる。

 薬用植物研究所しかり、食堂しかり。

 今までは商会との遣り取りをヨハンが行っていたが、今後はセイが中心となって行う。

 そのため、商会にも護衛を紛れ込ませることになった。



「わかった。引き続き、【聖女】殿の護衛と、怪しい動きをしている者達を注視するように」

「かしこまりました」



 国王の言葉を受け、オスカーは一礼し、執務室を後にした。

 扉が閉まり、オスカーの後ろ姿が見えなくなると、国王は深い溜息を吐いた。






 セイが商会の設立を承諾してから、王宮側は素早く動いた。

 拠点となる新たな店舗も決められ、フランツやオスカーも、開店に向けて走り回っていた。



「フランツさん、これ頼まれてたやつ」

「ありがとうございます」



 店舗の二階にある会長室で、オスカーは王宮の文官から受け取って来た書類をフランツに渡した。

 王宮からの書類は、商会を設立するにあたって必要な様々な許可証だった。

 書類を受け取ったフランツは、内容に目を通す。

 それを横目に、オスカーは応接セットのソファーに腰を下ろした。



「お客さんの動きはどうなんだい?」

「今はまだ様子見をされている方がほとんどのようですな」

「そっか」



 オスカーの言う「お客さん」というのは元の商会に干渉してきた貴族達のことである。

 どこからか話を聞いた者達は、既に商会へと探りを入れて来ていた。

 まだできてもいない商会ではあるが、取り扱うのが今を時めく化粧品ということで注目を集めているようだ。

 オーナーが【聖女】だということは積極的に喧伝していないが、少し探れば分かるようにはなっている。

 それもあって、接触してきた多くの者は、そこで手を止めていた。


 もっとも、例外となる者達もいる。

 立ち上げ時の慌ただしい状況を狙って、機密情報を盗もうとしてきた者達だ。

 当然のように、その企みはフランツによって阻まれ、逆にどこの手の者かを探られることとなった。



「おぉ、そうでした。こちらの書類をお渡しいただけますかな?」



 王宮からの書類に目を通していたフランツが、今思い出したという風に執務机の鍵付きの引き出しから、書類の束を取り出した。

 差し出された書類を受け取ったオスカーは、上から二、三枚にさっと目を通すと、呆れたように笑った。



「流石、フランツさん。仕事が早いね」

「恐れ入ります」



 オスカーが目を通した書類には、例外となった貴族達が行っている不正が箇条書きにされていた。

 ご丁寧に、不正の証拠の隠し場所まで記載済みである。

 引退したとはいえ、依然衰えていないフランツ達の手腕にオスカーは苦笑しかできなかった。

 これで例外となった貴族達は排除することができるだろう。

 そのためには、まずは証拠を押さえないといけないなと思いつつ、オスカーは書類を筒状に丸めた。


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