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73 これは!?

ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます!


 フランツさんとオスカーさんを紹介されてから、一月後。

 王都に新しい商店が開店した。

 フランツさんが会長を務める商会が経営しているお店だ。


 お店の場所は貴族用のお店が並ぶ通りだ。

 販売予定の化粧品の顧客が貴族ばかりなこともあって、この場所になったらしい。

 ただ、庶民用の店が並ぶ通りにも近い。

 今後は貴族だけではなく、裕福な庶民も顧客になるだろうと見込んでいるからだそう。


 そんなフランツさんの予想は当たったようだ。

 お店には貴族だけでなく、どこかの商家のお嬢さんと思われる人達も大勢来店している。

 そして、御令嬢に加えて、御付きの人達もいるため、店内は非常に混雑していた。

 高級なお店が並ぶ一角で、あれほど賑わっているお店も珍しいんじゃないかしら。

 開店したばかりのお店を、少し離れた場所で見ていて、そう思った。



「盛況ね」

「そうだね。セイ様の化粧品が予想以上に人気だったみたいだよ」

「元のお店では貴族の方しか買っていなかったはずなんだけど」

「あっちもすごい儲けてたらしいからねぇ。王都の商家の間では有名だったみたいだよ。その関係で、商家の御婦人の間でも噂になってたみたいだし」

「元のお店は貴族の方にしか販売していなかったんだっけ?」

「らしいね。作るのが追っつかないとかで。いやー、セイ様の提案のお陰で購買層を広げることができたってフランツさんも感謝してたよ」



 砕けた調子で話すのはオスカーさんだ。

 この一ヶ月、開店準備で話すことが多かったせいか、いつのまにかここまで砕けて接するようになった。

 最初はもっと畏まった感じだったので、TPOに応じて対応することはできるんだろう。

 畏まられるよりは楽なので、咎めることもなく、そのままにしている。


 しかし、そう思うのは私だけで、私を挟んで反対隣にいる人は、オスカーさんの態度が気になるらしい。

 普段とは違って、無表情で鋭い視線をオスカーさんに投げかけている。

 王都に出るために、護衛として付いてきてくれた団長さんだ。



「提案というのは?」

「化粧品の種類を、効果の高さで分けるように提案してくれたのですよ」



 オスカーさんの話の内容が気になったのか、今までずっと黙っていた団長さんが口を開いた。

 団長さんの視線に気付いていたのか、いなかったのかは分からないけど、貴族向けの口調でオスカーさんが説明する。

 

 私がフランツさんに提案したのは、価格が安い化粧品を提供することだ。

 今まで提供してきた物は製薬スキルを持つ人が作っていたため、少々お値段が高い。

 ただ、化粧品自体は元の世界で通用していたレシピということもあり、製薬スキルを持たない人でも作れるのよね。

 その場合、製薬スキルを持つ人が作った物よりも効果が落ちる。

 そこで、それを価格を抑えて提供するのはどうだろうかと提案したのだ。


 結果はご覧の通り。

 店頭では、今まで提供していた物よりも効果が落ちることも説明しているけど、それでも欲しいという人が多くいるようだ。



「お店の方は問題なさそう?」

「ないね。新しく雇った人も優秀なのが多いから、大丈夫だと思うよ」

「なら良かった」

「セイ様は、お店に寄るのはまた今度にするんだっけ?」

「えぇ。今日は混雑してるしね」

「りょーかい。じゃあ、この後は真っ直ぐ帰るの?」

「その予定だけど」

「折角だし、どこかに寄って帰ったら? 最近できたお店なんだけど、人気のカフェがあるんだよ」

「そうなの?」

「そう。貴族向けのカフェなんだけど、外国から取り寄せた変わったお茶を飲めるらしくて、新し物好きの貴族の間で人気なんだってさ」



 お店の様子も窺えたので、王宮に戻ろうかと思っていたのだけど、お店の情報を聞いて少し興味が湧いた。

 外国のお茶、ちょっと気になる。


 でも、カフェに行くとなると、私の護衛をしている団長さんも一緒に行かざるを得ない。

 私はお休みを利用して来ているけど、団長さんはそうではない。

 お仕事中なのに付き合わせてしまってもいいのだろうか?

 ダメだろう。

 ちょっと考えただけでも、何だか申し訳ない気持ちになった。


 それでなくても、今日はお店の様子を見たいからということで、余計な仕事を増やしてしまった自覚がある。

 カフェに寄りたい気持ちも大きいけど、やっぱり他の人に迷惑をかけるのはダメよね。

 少し悩んで、寄り道をせずに帰ると言いかけたところで、団長さんに先を越された。



「そのカフェはどこにあるんだ?」

「場所はですね……」



 え? なんで?

 私、まだ何も言ってないわよね?

 団長さんも興味が湧いたのかしら?

 オスカーさんの説明を聞く団長さんを見ると、こちらの視線に気付いた団長さんと視線が合った。



「気になるんだろう?」

「えっ? ……はい」

「なら、少し寄って行こう」



 いいのだろうか?

 

 甘さが滲む笑顔でそう言われてしまえば、気持ちはカフェに行きたい方に大きく傾く。

 悩んでいたのを見透かされたのか、それとも分かりやすく表情に出ていたのか。

 オスカーさんと別れて、カフェへ向かう道すがら、何故分かったのかと団長さんに問えば、目が輝いていたからと答えが返ってきた。

 どうやら、カフェのことを聞いた際に、薬草やポーションのことを話すときと同じように目を輝かせていたらしい。

 その回答が何だか気恥ずかしくて、足元に視線を落としたら、笑われた。

 声を殺して肩を震わせる団長さんを、半目でじっとりと睨んでしまったのは、仕方ないわよね。


「ここのようだな」

「わぁ!」



 オスカーさんと別れ、馬車に揺られて数分後、目的のカフェに到着した。

 カフェの道路に面した壁には大きなガラス窓があり、外からでも中の様子が窺える。

 貴族向けのお店だからか混雑はしていなかったけど、それなりにお客さんが入っているようだ。

 団長さんにエスコートされ、お店の入り口を潜ると、従業員の人が笑顔で迎えてくれた。

 そのままお店の奥に通される。


 お店の中は、右手側の壁には一面、風景が描かれており、左手側の壁には数枚の鏡が嵌め込まれていた。

 鏡のお陰で、お店の中が実際よりも広く見える。

 やっぱり貴族向けのお店だからか、内装にも力を入れているのかな?

 そんなことを考えながら、案内された席に着いた。


 メニューも見ずに、外国から取り寄せた飲み物が欲しいと伝えると、万事心得たとばかりに従業員さんは笑顔で頷いた。

 従業員さんが立ち去った後で、何か摘める物も頼めばよかったと気付いたのは、ご愛嬌だ。

 新しいお茶が気になって仕方なかったのよ。



「こちらが当店でお勧めしているコーヒーでございます」

「!?」



 コーヒー!?

 今、コーヒーって言ったわよね?

 従業員さんの口から飛び出た名称に驚いて、まじまじと差し出されたカップを見つめる。

 カップに揺らめく黒い水面から、もしやと思っていたけど、まさか予想通りの物だったなんて。


 召喚された際の謎仕様で、こちらの世界の単語は元の世界の単語に置き換えられることがあるのだけど、置換後の言葉は私の持つ印象が深く影響する。

 こちらの世界に来てから、口にする物が水かお茶ばかりだったので、オスカーさんの言葉もお茶だと置換されたのだろう。

 もしくは、オスカーさんがコーヒーをお茶の一種だと思っていて、お茶だと言っていたのかもしれない。

 だけど、まさかコーヒーだったとは……。



「どうした?」

「いえ、知ってる飲み物だったので驚いて……」

「祖国のか?」

「はい」



 手も付けずカップを見詰めていたせいか、団長さんから心配そうに声を掛けられた。

 理由を説明すれば、ますます気遣わしげな表情で見られる。

 心配はいらないと笑顔を返すと、団長さんも表情を緩めてくれた。


 久しぶりのコーヒーだ。

 温かいうちに飲まないともったない。

 カップを持ち上げ、口元まで運ぶと、懐かしい香りがフワリと鼻腔をくすぐる。

 思わず笑みが深くなる。

 日本では毎日飲んでいたのよね。



「紅茶よりも味が濃いな」

「そうですね。ミルクを入れても美味しそうです」



 供されたコーヒーは慣れ親しんでいた物よりも味が濃い。

 カップを傾けると、底の方にコーヒーの粉が沈殿しているのが見えたので、トルココーヒーに近いのかもしれない。



「ん? セイは飲んだことがあるんじゃないのか?」

「飲んだことはあるんですけど、日本で飲んでいた物とは味が違っていたので。恐らく、淹れ方が違うんだと思います」

「淹れ方が?」

「はい。コーヒーも淹れ方で結構味が変わるので」



 団長さんは「美味しそうだ」という言葉尻を疑問に思ったらしい。

 日本で飲んでいたのは缶コーヒーや、ペーパードリップで淹れた物が多かった。

 他にもネルドリップ、サイフォン、フレンチプレスなど色々な淹れ方があったけど、これらの方法で淹れたコーヒーを飲んだことはほとんどない。

 ましてや、トルココーヒーは一度も飲んだことがなかった。



「ニホンではよく飲んでいたのか?」

「毎日飲んでいましたね。コーヒーを飲むと眠気が飛ぶので」



 一説によると、コーヒーを飲んで眠気がなくなるのは気のせいだという話もあった。

 ただ、何となく習慣で昼食の後によく飲んでいたのよね。

 二杯以上続けて飲むと気持ち悪くなるので、ずっと飲み続ける訳にはいかなかったけど。

 それでも、朝食と昼食後の一杯は止められなかった。



「そうなのか」

「自分で淹れることもありましたね」

「自分で?」

「えぇ。道具があれば、こちらでも淹れられるんですけど……」



 こちらでコーヒーを淹れるのに使えそうな道具といえば、研究所にあるビーカーやフラスコだろうか?

 でも、ビーカーなどを使っての、コーヒーの淹れ方が思い付かない。

 ネルドリップなら、布と針金を用意すればいけるかな?



「何か思い付いたのか?」

「はい。コーヒーを淹れる道具が用意できそうです」

「そうか」



 道具が用意できるとなれば、やることは一つ。

 何も言わなくとも、私が何をするのかは予想しているようで、団長さんの目が期待に輝いた。

 分かってますよ。

 もちろん、無事にコーヒーを淹れることができたら、団長さんにも振舞いますから。


 コーヒー豆はこちらのお店で買えるだろうか?

 道具だけでなく、豆がなければ始まらない。

 店員さんに聞いてみたところ、豆は販売しているとのことだった。

 私と同じように、自分で淹れてみたいと思う人がいるらしい。


 そして、小袋一袋分の量を購入して、王宮へと戻った。

 外国から取り寄せているだけあって、かなりいいお値段だった。


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