72 新しい…
ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます!
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お陰様で、250,000ptに到達いたしました。
遂にここまで来ちゃったよという感じで、手が震えています。
こんなに多くの人にお読みいただけてるんだなという感謝と共に、もっと精進しないとなという気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます!
今後も楽しんでいただければ幸いです。
マナーの講義尽くしとなる一日は、淑女に変身するための準備が必要となる。
今日も王宮の一室で、朝早くから侍女さんに囲まれていると、ドレッサーの上にある、見かけたことのない瓶に気付いた人がいた。
私専属の侍女さん達を取り纏めているマリーさんだ。
「セイ様、こちらはどのような物でございますか?」
「あ、それは新しい化粧品です」
白い陶器で作られた瓶を両手で捧げ持ちながら聞いてくるマリーさんに答えれば、途端に侍女さん達の視線が私に集中した。
視線に「ギンッ」って効果音が付いていそうな勢いで。
「新しい化粧品でございますか?」
「はい。美白効果に特化したクリームを作ってみたんです」
「美白……」
傍で聞いていた侍女さんが呟き、どこからともなく、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
侍女さん達がそのような反応をするのも仕方がない。
スランタニア王国の美人の条件の一つが色白であることだしね。
だから、貴族の御令嬢方は、なるべく日に焼けないように普段から気を使っている。
そうは言っても、日に焼けてしまうことがあるのも事実。
特に、王宮で働いている侍女さん達にはよくある話だ。
貴族の御令嬢でもある侍女さん達は、肌の色を維持するために、日々涙ぐましい努力をしている。
そんな彼女達が、美白効果がある化粧品に目の色を変えない訳がない。
分かってた。
「セイ様、こちらのクリームは……」
「しばらく私が使ってみて、問題がなければ皆さんにお試しいただきたいのですが」
「もちろん、喜んで協力させていただきますわ!」
おずおずと尋ねてきた侍女さんに、試用をお願いすれば、喜色満面に勢いよく頷いてくれた。
いつもなら窘めるマリーさんが苦笑いで済ませているあたり、マリーさんも新作の化粧品が気になっていたのかもしれない。
商会で新しい化粧品を取り扱う際は、使用した人の肌がかぶれたりしないか、予めテストを行う。
最初は私が使用し、それで問題がなければ、他の人でも問題が出ないか、誰かに試してもらうといったようにだ。
前回、というか、初めて商会で化粧品を取り扱うことになった際には、侍女さん達に試してもらった。
既に貴族の御婦人の間では噂になっていた品を試せるとあって、それはもう嬉々として協力してくれたわ。
テストの結果は上々で、化粧品の高い効果に侍女さん達は大喜びだった。
お陰様で、次に新しい化粧品を作ったらまた協力させて欲しいとまで言ってもらえたのよね。
そういう訳で、次もお願いしようと思っていたのだ。
今回も進んで協力してもらえるようで何より。
「美白に特化したクリームなのですよね?」
「どれくらい肌が白くなるのか、とても楽しみですわ」
「期待するほど白くなるかは分からないですよ? 効果の出方は人によりますし」
「セイ様の化粧品の効果を疑う人なんて、おりませんわ」
「本当に。私、もう他の化粧品を使えませんもの」
化粧を施されている私の前に、ドレスやアクセサリーを持ってきながら、侍女さん達は口々に美白クリームのことを話す。
クリームの効果に期待しているようで、話しかけてくる侍女さん達の眼は皆、キラキラと輝いていた。
苦笑しつつ宥めても、効果は薄かった。
侍女さん達の期待値がどの程度なのかが分からないけど、多少は効果が出るとは思う。
実際に、研究所で畑仕事をしていて赤くなってしまった私の肌に使ったら、瞬時に赤みが引いたもの。
効果が出る早さに、これってもう塗るポーションと言ってもいいんじゃないかと思ったほどだ。
とはいえ、既に色が濃くなってしまった肌が急激に白くなるかは、分からないのよね。
こちらに来てからの生活で、私の肌は限界まで白くなってしまったようで、効果を実感しにくいのだ。
それは、商会から化粧品を購入している侍女さん達もそうなんじゃないかって思う。
クリームには、美白に効果があると言われている薬草をふんだんに使っているから、美白効果は高いはず。
けれども、自分の目で確認できなかったので少し心配だ。
そんな私の心配をよそに、侍女さん達はいつもより賑やかに、けれどもいつもどおり手早く、私の準備を整えてくれたのだった。
侍女さん達に化粧品のお試しをお願いした翌日、朝から所長に呼び出された。
ついでにお茶を頼まれたので、食堂でお茶を淹れてから所長の執務室へ向かう。
頼まれたお茶の数は四つ。
一つは所長として、もう三つはお客様の分だろうか?
今日は誰かお客様が来る予定があったかしら?
そんなことを考えながらお茶を用意し、所長の執務室のドアをノックした。
「失礼します」
「朝から、すまないな」
応えの後に部屋に入れば、予想通り見知らぬ人がいた。
ただし、二人だ。
内心首を傾げていると、所長が私にも座るようにと、隣の席を勧めた。
「こちらはフランツとオスカーだ」
「初めまして、フランツと申します」
「オスカーです。初めまして」
「初めまして、セイと申します」
対面に座るのは、白髪にサファイアのように深い青色の瞳の紳士と、橙色の髪にエメラルドのように鮮やかな緑色の瞳の男性だ。
紳士がフランツさんで、男性がオスカーさんらしい。
フランツさんは細身で、白髪をピシリとオールバックにし、眼鏡をかけている。
同じく眼鏡をかけているインテリ眼鏡様とは違って、和かに微笑む姿は正しく好々爺といった雰囲気だ。
そこはかとなく、できる執事といった雰囲気も醸し出しているので、心の中ではセバスチャンと呼んでしまいそうだったりする。
オスカーさんは中肉中背で、少し跳ねた髪や、僅かに吊り上がったアーモンド型の瞳から活発な印象を受ける。
年齢はジュードくらいだろうか?
もう少し年上?
所長よりは若く見える。
二人とも着ている服から貴族ではなさそうだけど、何となく裕福そうな感じだ。
その印象は正解だったようで、所長から二人が商会の人間だと紹介された。
フランツさんが商会の会長で、オスカーさんはフランツさんの補佐をしているらしい。
「商会の方ですか?」
「あぁ。新しく商会を立ち上げようと思ってな」
「立ち上げる?」
「そうだ。お前のな」
「はい?」
所長の言葉に怪訝な顔をすれば、所長は経緯を説明してくれた。
私が作った化粧品は所長が紹介してくれた商会を通して売っていたのだけれど、その人気故に売り上げが大きくなり過ぎたらしい。
そのせいで他の商会からのやっかみが酷く、色々と問題が起きていたそうだ。
所長自身、儲けよりも、自分が色々と調整しやすいからということで、実家と関わりのある商会を選んだそうだ。
しかし、様々な問題が起きるにつれて、所長が表に出る必要も増えてきて、研究所の仕事との両立が難しくなってきたのだとか。
最近では他家の貴族も口を挟むようになったらしく、所長の実家の方でも対応に追われているらしい。
商会についてはさっぱり知識がなかった私の代わりに、色々と骨を折ってくれた所長には非常に感謝している。
所長が取り計らってくれたお陰で、利益は私に還元され、私の個人資産も増えた。
そんな所長だけでなく、御実家の方まで影響が出ていると聞いて、非常に申し訳ない気持ちになった。
そこにきて、新商品の発売だ。
更なる儲け話に、今よりも問題が増えるのは間違いないだろう。
そこで所長は、儲け話を実家と関わりのある商会から切り離すことを決めたのだ。
所長の実家とは関係がない、新しい商会を立ち上げて、私が関わる製品は今後そちらで売ることにしたらしい。
それならば、所長への影響はなくなるだろう。
けれども、問題が元の商会から新しい商会へと移動するだけでは?
そんな考えは、あっさりと所長に否定された。
「【聖女】様の商会に手を出す奴はいないだろう?」
「それは……、うーん、そうでしょうか?」
所長の意見に首を傾げると、所長の意見を肯定するように目の前に座る二人が頷く。
この国の【聖女】の地位を考えれば当然なのかな?
何となく腑に落ちないけど、この疑問はひとまず置いておこう。
新しい商会が私の商会だというのならば、他にも聞きたいことはある。
「私の商会と言われても、私は製品開発しかできませんよ」
「分かってるさ。そのための、この二人だ」
そう。
私ができることといえば、ポーションや化粧品等を作るくらいだ。
商会の経営なんてできない。
不安な気持ちを吐露すれば、所長が二人を指し示した。
所長曰く、私は今まで通り何か思いついたときに物を作るだけでいいのだそうだ。
その他の商会の仕事は、全てフランツさん達がしてくれるらしい。
だから、情報の提供先が変わるだけで、私の作業内容や報酬については変わらない。
元々、フランツさんとオスカーさんは元の商会から引き抜いてきた人達で、非常に優秀なので、まるっとお任せしてしまっても大丈夫なのだとか。
そんな優秀な人を引き抜いて大丈夫なのかと思ったけど、その辺りは所長の御実家の方々が調整してくれたそうだ。
一度、所長の御実家の方々に何か挨拶の品でも贈った方がいいような気がしてきた。
「これから、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
穏やかに微笑みながら挨拶をしてくれたフランツさんと、同じようにニコニコしながらお辞儀をしてくれたオスカーさん。
所長も太鼓判を押してくれた、この二人であれば大丈夫かな。
そんな二人に挨拶を返して、顔合わせは終わった。