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71 クラウスナー領からの贈り物

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「すごいわね……」



 倉庫に積み上げられた箱を見て、思わずそう呟いた。

 山のように積まれているのは、クラウスナー領から届いた薬草や種が詰められた箱だ。

 不足していたHP、MPポーションの材料となる薬草だけでなく、火傷や麻痺等の状態異常に効果があるポーションの材料となる物もあるようだ。

 非常に珍しい薬草も含まれていたらしく、箱と共に届いた目録を見ながら、中身を確認していた研究員さん達が歓声を上げている。

 歓声というより、雄叫びといった方が正しいかもしれない。



「セイ、お前宛ての手紙も届いていたぞ」



 あの人、あんなに大きな声を出せたんだ。

 普段物静かな同僚の意外な姿を見て、そんなことを思っていたら、片手に手紙を持った所長に声を掛けられた。

 どうやら、私宛ての手紙が研究所宛ての手紙に紛れ込んでいたらしい。


 手渡された手紙を裏返せば、そこにはコリンナさんの名前があった。

 その場で封を開けて読み、思わず苦笑いを浮かべる。

 クラウスナー領を去る前に、スライムによって被害を受けた森を再生したことがバレたようだ。

 こっそりと再生した私の意を汲んでか、直接言及はされていなかったけど、分かる人が見れば分かるように婉曲的に書かれている。

 そして、感謝の言葉も丁寧に綴られていた。


 ここまでの大盤振る舞い、コリンナさんだけではなく、領主様にもバレていそうよね。

 政治に疎い私がそう考えてしまう程度に、クラウスナー領から届いた荷物は大量だった。

 何せ、研究所宛てと私宛てと、二種類(・・・)の荷物が届いたのだから。

 そう、こことは別の倉庫に、私宛ての荷物も届いているのだ。

 薬草不足は未だ解消されていないだろうに、私のために領内からかき集めてくれたのだろう。

 何だか悪いなと思いつつも、ほっこりと胸が温かくなった。



「何だって?」

「魔物の討伐に対してのお礼でした。薬草はお礼の品みたいですね」

「なるほどな。また自重なくやらかしたんだろう?」



 研究員さん達に混ざって箱の中身を確認していた所長が、私が手紙を読み終わったのに気付いて戻って来た。

 所長はニヤニヤとしながら、手紙の内容について聞いてきたけど、その視線は手の中の袋に注がれている。

 袋の中には薬草の種が入っているのだろう。

 袋には、滅多に市場に出回らないことで有名な薬草の名前が書かれていた。

 その種が手に入ったことが、相好を崩すほど嬉しかったみたいね。



「失礼ですね。そんなことは、ない……と思いますよ?」

「疑問形な時点で、怪しい事この上ないな」



 揶揄うような声色で問う所長に、僅かに唇を突き出しながら答える。

 ほんのりと疚しい気持ちがあったため、途中で口籠ってしまった。

 途端に、所長の声が呆れたものに変わる。

 視線を斜め上に動かせば、ハーッと深い溜息が聞こえた。



「アルからある程度、聞いてはいるけどな」

「そ、そうですか」



 少しだけ笑いを含んだ声で告げられた内容に、冷や汗が出る。

 クラウスナー領での所業は、既に団長さんから聞いていたらしい。

 スライムの森でのこともバレているのかしら?

 声の調子からして、まだバレていない?

 バレていたら、本格的に叱責を受けるような気がする。

 常日頃から、少しは自重しろと言われている身としては、バレていないことを祈るしかない。



「それにしても、これだけ色々あれば、研究も捗りそうですね」

「そうだな。薬草が足りなくて一旦止めていた研究もあるからなぁ。そういえば、お前宛ての荷物の中に、この辺りでは育たなさそうな薬草の種もあったんだが」

「多分、私が頼んだ種ですね」

「そうなのか?」

「はい。向こうで薬草の栽培方法も教えてもらったんです。それで、王都でも栽培できないか試してみようかと思って」

「ほう」

「もしかしたら所長にもお手伝いをお願いするかもしれませんが」

「構わないぞ」



 クラウスナー領から届いた荷物について話すと、思惑どおり話題が逸れた。

 所長は薬草の栽培について研究しているだけあって、薬草そのものよりも種の方に注目していたようだ。

 種の入った袋に書かれている薬草の名前を見るだけで、その薬草が王都で栽培できるか分かるなんて、流石である。

 土壌の祝福が必要な種も、そうでない種も、試してみたいことは色々ある。

 場所の違いによる影響も、【聖女】の術と、所長の土属性魔法があれば、多少の無理は通りそうよね。

 快く協力に応じてくれた所長には、後で新作の料理でも提供しよう。


 しかし、本当に沢山届いたわね。

 これだけ沢山あれば、ポーション以外のことに使っても大丈夫そうだ。

 特に、私宛てに届いた荷物には、化粧品に使えそうな薬草があったはず。

 新しい種類の化粧水やクリームを作ってみてもいいかもしれないわね。

 使う薬草によって、香りが異なるのも楽しいし。

 魔物の討伐やら、何やらで日に焼けてしまった気がしなくもないから、美白用の化粧品を作るのもいいかもしれない。



「どうした?」

「いえ。届いた薬草で、新しい化粧品を作ってみようかなと思いまして」

「新しい化粧品?」



 箱の周りで、未だはしゃいでいる研究員さん達を眺めながら考え事をしていると、怪訝に思ったのか、所長が声を掛けてきた。

 ぼんやりと考えていたことを口にすれば、怪訝そうな声が返ってくる。

 視線を所長に向けると、所長は声色そのままの表情でこちらを窺っていた。

 今まで作っていたのとは香りや効能が異なる物を作る予定だと伝えれば、理解が及んだのか、「なるほどな」と頷く。



「新しい化粧品か……」

「何か問題が?」

「あー、いや……。それも商会で売る予定か?」

「特に商会で売ることは考えていませんでしたけど」

「そうか。だが、欲しがる者は出てきそうだよな」

「あぁ……、そうですね」



 所長の言葉に、あることを思い出した。

 すっかりと忘れていたけど、私が作る化粧品を欲しがる人は多い。

 なぜならば、私の化粧品は非常に効果が高いからだ。

 どうも製薬スキルが、いい働きをしているらしい。


 元は自分用にと作り始めた化粧品だったけど、その効果を目の当たりにしたリズから所望され、分けたのが始まりだ。

 しっかりとリズにも効果を発揮した化粧品は、リズの友人達の口の端に上り、色々な人から欲しがられるようになった。

 ただ、リズだけならともかく、それだけの人数の化粧品を私が用意するのは難しい。

 研究所の仕事もあるしね。

 そこで、所長にお願いして、とある商会にレシピを公開し、私の代わりに化粧品を作ってもらうようにしたのだ。


 その商会で私の化粧品を取り扱うと、リズに告げた後は凄まじかった。

 私が聞いていたよりも多くの人が、化粧品を買い求めに来たのだ。

 連日列をなす貴族家の対応に、大商いに慣れていた商会と言えども大変だったらしいとは所長の談だ。


 今は商会の生産体制も整い、貴族家からの定期的な注文にも対応できている。

 しかし、新作を作ったとなれば、あのときの熱狂再びといった事態になることは、想像に難くない。

 予め、商品化を検討しておいた方が良さそうね。



「商会の方とも相談した方が良さそうですね」

「そうだな。そっちには俺から連絡を取っておく」

「お願いします」



 商会の方は所長にお任せしておけば、後は大丈夫だろう。

 私宛てに来た荷物の目録を思い出しつつ、何を作ろうかと考える。

 考えに没頭していたため、倉庫を後にする所長が、思案げな表情を浮かべていたことには気付かなかった。


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