70 思い出すと…
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クラウスナー領から王都へ戻ってきて三ヶ月。
季節は徐々に夏へと向かっている。
この世界に来てから二度目の夏だ。
戻ってきてからも、王宮からの要請で、彼方此方へと魔物の討伐に向かった。
クラウスナー領と同じく緊急を要する場所もあれば、緊急は要さないけど政治的な判断で向かうことになった場所もある。
後者に関しては、それはもう平身低頭な様子で、青白い顔の高位の文官さんがお願いに来たわ。
少しだけ可哀想に思ったのは内緒だ。
中間管理職、大変ですよね。
甘い物を食べたら、少しは癒されるかしら?
そう思い、その日のおやつだったパウンドケーキをお土産として渡したら、とても喜ばれた。
幸運なことに、その領地の名産品が私の欲しい物だったので、報酬は遠慮なくいただくことにした。
その領地、畜産で有名な場所だったのよ。
育てているのは豚さん。
そして、領地からの報酬として、そこの領地から研究所に、豚肉を非常に安く卸してもらえることになった。
パウンドケーキを渡した文官さんが、領との交渉を頑張ってくれたらしい。
本当に、驚くほどの安い単価で、実家が商家のジュードが唸るほどだったわ。
これでまた研究所の食堂のメニューが増えた。
ハムにベーコンにソーセージ……。
仕事の合間に色々作ったわね。
もちろん、研究所の研究員達には大好評だった。
ハムなんかは作ったことがなかったけど、研究所の食堂の料理人さんが知っていたので教えてもらった。
この世界にも燻製はあったのよね。
もっとも、塩漬けした肉を燻製して保存食としてたくらいなので、そのレシピを少し改良してみた。
といっても、塩漬けの際に、塩だけでなく、タイムやセージ、ローリエなどのハーブを追加してみただけなんだけどね。
後は今まで通りの作り方で作った。
一人でやるには大変な作業だったけど、料理人さん達が嬉々として手伝ってくれたので問題はなかったわ。
そんな風に、三ヶ月間を過ごしていたのだけど、そろそろ休めと御達しが来た。
所長からではない。
王宮からだ。
どちらかというと、休んでくださいっていう懇願に近かったかもしれない。
この数ヶ月、騎士団の人達も働き詰めだったので、そろそろ休息を取った方がいいのだろう。
所長からも休むように言われたので、大人しく従った。
とはいえ、全く何もしなくなった訳ではない。
研究所での作業は引き続き行なっている。
王宮からの御達しが来た翌日も研究室でポーションを作っていた。
そんな私を見て、所長が呆れた顔をしたのは解せない。
それから、王宮での勉強会も再開した。
相変わらず、魔法を始めとして、この世界に関することを色々と学んでいる。
その中の一つ、マナーの授業では、授業の一環として、たまにお茶会を開くこともあった。
初めは、参加者はリズだけだったけど、最近はアイラちゃんもご招待している。
今日もリズとアイラちゃんとの三人で、王宮にある庭の一つでお茶会を開いていた。
お茶会と銘打ってはいるものの、どちらかというと今日の会は朝食会に近い。
いつもより早い時間帯に催した会には、いつもとは違った料理を出してみた。
お菓子ではなく、朝食のメニューになりそうな料理をだ。
「ん~~~! 美味しいです!」
「お口にあったようで良かった」
切り分けたベーコンを一口食べた後、口元を押さえて悶えるアイラちゃん。
続いた言葉を聞くまでもなく、表情を見れば気に入ってくれたことが分かる。
「豚肉の燻製は食べたことがありましたけど、そのときの物よりも香りがいいですわね」
「燻製するときに使う木材にも凝ってみたのよ」
「だからですのね。この燻製にも薬草を使っていらっしゃるの?」
「えぇ、そうよ。普通に塩漬けしただけだと味気ないかと思って」
「それでこんなに美味しいんですね! 日本でも、ここまで美味しいベーコンは食べたことがなかったです」
今日のお茶会は研究所で作ったハムやベーコンのお披露目でもあったんだけど、リズ達にも高評価なようで良かった。
テーブルの上に並んでいるのは、研究所の畑で朝採れたばかりの薬草と葉野菜のサラダ、中にチーズや玉ねぎ、ピーマン、角切りのハムを挟み込んだクレープ料理、そしてカリカリに焼いたベーコン。
どう見てもお茶会というより食事会よね。
「このベーコンと合わせて目玉焼きも食べたいです」
「あぁ、いいわね」
「ソースが欲しいところですけど、ないですよね?」
「残念ながらないわね。せめて醤油があればいいんだけど」
アイラちゃんは目玉焼きにはソース派のようだ。
私は醤油派である。
どちらにしても、この世界に来てからはまだ見掛けていない。
醤油があれば、もっと料理のレパートリーが増えるんだけどね。
アイラちゃんに答えながら、そんなことを考える。
「ショーユですか?」
「うん。私達がいた国でよく使われていた調味料ね。アイラちゃんが言っていたソースも調味料よ」
「そうなんですの?」
「正確にはウスターソースや、中濃ソースって呼ばれてる物だけど」
「ウスターソースは作るの難しいですよね?」
「そうねぇ。私も市販品しか使ったことないから、自作は無理かな」
「残念です。この世界でも、どこかで作られていたらいいのに……」
「本当にねぇ」
ウスターソースは野菜のスープに調味料と香辛料を加えて作る。
そこまでは知っているのだけど、詳しい材料までは知らない。
ぼんやりとしか覚えていないのよね。
作ろうとしても、試行錯誤が必要だろう。
だから、作れるかと訊かれても、無理だと答えるしかない。
リズが興味深そうに耳を傾けていたので、もしかしたら心当たりがあるかもしれないと、少しだけウスターソースについて話してみた。
けれども、リズも知らないようだった。
残念。
「話していたら、何だかすごく食べたくなってきちゃいました」
「ソースが掛かった目玉焼きを?」
「それもありますけど、他にも色々と」
「そうねぇ。私もだわ。特にご飯!」
「私も食べたいです!」
「材料さえあれば、いくらでも作るのに!」
研究所に食堂ができてから、日々の食事事情は大分向上したけれど。
材料の問題で、作れない物も多い。
特にお米や醤油といった、必需品ともいえる材料を見つけられていないため、和食を作ったことはない。
うっかり話題に出してしまったせいで、久しぶりに和食が食べたくなってしまった。
うーん、どうにかならないかしら?
「ご飯というのも、初めて聞きましたけど」
「ご飯は私達の国の主食よ。米という穀物を炊いた物なの。こう白い粒々した物でね」
「コメですか。この辺りでは聞かない穀物ですけど、もしかしたら他の国にはあるかもしれませんわね」
「他の国かぁ」
リズの言うとおり、この国にはなくとも、他の国にはあるかもしれない。
王宮で受けている授業の先生に、お米に似ている穀物を育てている国がないか訊いてみようかしら?
実家が商家のジュードに訊いてみるのもいいかもしれない。
私よりは詳しいのは間違いないだろうし。
「ちょっと探してみようかしら?」
「それでしたら、私の方でも探してみますわ」
「ありがとう、リズ」
「いいえ。その代わり、新しい料理が出来ましたら私にもご馳走してくださいね」
「もちろん!」
リズも探してくれるって言うし、何だか希望が見えてきた。
一人では難しいことも、皆でやれば何とかなるかもしれない。
よし、本腰を入れて探しますか。
その後も食材についての話は続き、取り敢えず、其々が身近にいる人達に話を聞いてみることになった。
そして、進捗については次回のお茶会で報告することにして、その日のお茶会を解散した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お陰様で7/5にコミック3巻を刊行することができました。
これもひとえに、応援してくださる皆様のお陰だと感謝しております。
本当に、いつも応援ありがとうございます!
今後とも「聖女の魔力は万能です」を楽しんでいただければ幸いです。