68 再生
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黒い沼を無事に浄化し終えた後、私達はスライムの森に一番近い村に戻った。
今回は黒い沼がある場所まで行ったため、村に戻った頃には日が落ちる手前となっていた。
今日、明日と二泊し、準備を整えた後、領都へ戻る予定だ。
黒い沼が無くなったこともあり、帰りは行き以上に魔物が出なかった。
一仕事終えたという達成感もあり、帰り道は少し賑やかだった。
休憩になると、皆が口々に師団長様の範囲攻撃魔法や、私の【聖女】の術についての感想を言い合っていたからだ。
特に、間近で【聖女】の術を初めて見た第二騎士団の人達はすごかった。
何て言うか、【聖女】への崇拝がうなぎ上りとなり、そろそろ私を拝みだしそうな雰囲気だった。
お願いだから、拝むのは止めていただきたい。
そんな風に、道程は和気藹々としたものだったのだけど、私の気分はどこか晴れなかった。
黒い沼を浄化し終わった後に見た光景が、心に引っ掛かっているのだ。
森の奥に進むにつれて立ち枯れた木が増えていっていたけど、黒い沼の周辺は、枯れ木すら疎らとなっていた。
黒い沼を消した後には、そんな木とむき出しの地面しか見当たらず、酷く寂しい風景だった。
かつて、多くの希少な薬草が生えていたという森の奥は、もっと緑に溢れた場所だったと聞いている。
想像していた風景とあまりにも異なる風景に、胸が締め付けられた。
黒い沼は無くなったので、大量にスライムが湧き出ることはもうない。
このまま時間を掛ければ、また元通りに緑溢れる場所に戻るだろう。
希望的観測だけど、いつかまた希少な薬草も生えるようになるかもしれない。
そう思う、そう思うのだけど……。
「どうした?」
呼び掛けられた声に、はっと意識が浮上する。
声のした方に向けば、心配そうな団長さんと目が合った。
「いえ……、少し考え事をしていました」
「そうか。もし疲れているようなら早めに部屋に戻った方がいい」
「ありがとうございます」
何でもないという風に首を横に振ると、団長さんの表情が緩む。
心配を掛けてはいけないわね。
取り敢えず、今は目の前の宴会を楽しもう。
本格的な宴は領都に戻ってから行う予定だけど、その前に今日の打ち上げと称して、宴席が設けられていた。
村というだけあり、大きな宿屋や食堂はないので、宴席と言っても、外で焚火を囲むだけの簡単なものだ。
お酒も料理も自前で準備したものだしね。
けれども、料理を作る際には私も参加して、それなりに豪勢な物になったと思う。
傭兵さん達が帰り道でお肉を調達してくれたことも大きい。
頑張ったかいがあり、料理の評判は上々だ。
「セイ?」
「あっ……、すみません」
団長さんに声を掛けられてから、なるべく宴に集中しようとはしていたのだけど、やっぱり森が気にかかる。
ついついぼんやりしてしまって、団長さんに声を掛けられること二回。
考えに没頭してしまうのは、お酒が入っているせいもあるかもしれない。
お腹もいっぱいになってきたことだし、この辺りでお開きにしよう。
「すみません。お言葉に甘えて、先に部屋に戻りますね」
「分かった。部屋まで送っていこう」
「すみません」
「気にするな」
お開きにすると言っても、体力のある騎士さんや傭兵さん達は、まだまだ飲み足りなさそうだ。
私のせいで早めに切り上げてもらうのも申し訳ないので、自分だけ先に部屋に戻ることにした。
団長さんに部屋に戻ることを伝えると、部屋まで送ってくれるという話になった。
やはり騎士だからか?
ここから私が寝る部屋までは少し歩く。
日本と違って夜道は真っ暗で怖いので、申し訳なく思いつつも、ありがたく提案を受け入れた。
部屋までの道は、二人とも何も話さなかった。
私が考え事をしていたせいかもしれない。
けれども、沈黙を不快に思うことはなかった。
部屋の入口まで来ると、団長さんが足を止めて振り返った。
見上げると、団長さんの柔らかな表情が目に入る。
「送ってくださり、ありがとうございます」
「構わない。それじゃあ、今日はぐっすり休んで」
「はい。……あの」
そのまま就寝の挨拶をして別れようとしたところで、団長さんを引き留める。
呼び掛けたことで、戻ろうと体の向きを変えようとした団長さんが足を止めた。
「ん? どうした?」
「あの…………。お願いがあるのですが……」
引き留めたものの、言ってしまっていいのか悩ましい。
でも、やっぱりこのままにしておくのは非常に居心地が悪かった。
そして、私は宴席の間に考えていたことを団長さんに伝えた。
翌日。
前日の人数よりも遥かに少ない人数で、私達は再びスライムの森を訪れた。
昨夜、気にかかっていたことを団長さんに相談した結果、再訪することを許可してもらえたのだ。
ただし、色々と条件が付いた。
その結果が、この人数である。
【聖女】の術は魔物を浄化することで有名だ。
しかし、それ以外の効果については、知っている人はほとんどいない。
理由は、王宮の上層部の人達が秘匿しておきたいからで、そのため緘口令が敷かれている。
そして今日、森を再訪したのは、浄化以外の目的で【聖女】の術を使うためだ。
実のところ、成功するかどうかは分からない。
だから、団長さんには本当の目的については話さず、ただ【聖女】の術を使って試したいことがあるということだけ話した。
それでも、団長さんには私が浄化以外の目的で【聖女】の術を使うことが伝わったようだ。
少人数にも関わらず、目的地にはかなり早く到着した。
着いたのは、下草や枯れていない木が残っている領域の端である。
ここから先、もう少し歩くと、地面がむき出しになる。
そんな場所だ。
「何をされるのですか?」
「えぇっと……、まぁ、ちょっと」
物凄くワクワクした目で。こちらを見るのは師団長様。
今日の人員は少人数精鋭でということで、自然と師団長様も同行することになった。
師団長様本人からも、何が何でも付いてくるという意思を感じたのは気のせいではないだろう。
【聖女】の術がらみだし、仕方がないわよね。
師団長様からの熱い視線を感じつつ、【聖女】の術を発動させるために意識を集中した。
ちょっと顔に刺さる視線が気になるけど、集中、集中……。
顔がほんのりと熱い気がするのは気のせいだ。
ゆっくりと、今までの団長さんとの思い出を思い返す。
時間を遡るように、最近の出来事から過去の出来事へと思いを馳せ、一番最初の出会いを思い出したところで、胸の奥からふわりと魔力が溢れ出した。
私から溢れ出した金色の魔力は、森の奥へと向かって波のように押し寄せる。
もっと、もっとだ……。
普段であれば、そろそろ発動させようと思う量の魔力が溢れ出ても、更に流れるままにする。
なるべく遠くまで……。
そして、どうか、森が生き返りますように。
段々と頭が重くなってきて、体が傾きそうになったところで、【聖女】の術を発動した。
「なっ!」
「これは……!」
術が発動し、辺り一面が金色の光で埋め尽くされる。
それに合わせて、手前から緑の絨毯がどんどん遠くへと広がっていった。
何もない所から草を生やすのは無理だけど、既に生えている物を成長させて範囲を広げることは可能だったようだ。
無事に成功して良かった……。
私が覚えていたのはここまで。
何だか、とても眠いなと思った後、私の体は傾いて、意識は暗転した。