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67 残ったのは……

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 森の奥へと歩みを進め、スライムが出る領域まで到達した。

 スライムが出るようになってからは宮廷魔道師さん達も攻撃に参加するようになった。



「『ウォーターウォール』!」



 スライムの吐き出した毒液を防ぐように、水の壁が現れる。

 タイミングよく張られた壁は見事に毒液を防ぎ、壁が消えたと同時に傭兵さんが剣を一振りし、スライムは後方に追いやられた。

 そこに別の魔道師さんの攻撃魔法が追い打ちを掛けて、この戦闘は終わりだ。



「嬢ちゃん、ありがとよ!」

「はい!」



『ウォーターウォール』を唱えたのはアイラちゃんだ。

 魔道師さん達とスライムとの間に立ち塞がり、スライムの攻撃を防いでいた傭兵さんがお礼を言うと、アイラちゃんも笑顔で答える。

 即席とはいえ、いい連携だった。

 っと、そろそろかな。



「『エリアプロテクション』」

「おっ! 支援魔法か」

「【聖女】様、ありがとうございます!」

「いえいえ」



 自分に掛けた支援魔法の効果が切れたので、掛け直す。

 ゲームであれば画面に効果時間が可視化されているので、掛け直すタイミングが計りやすいんだけど、この世界にはそんな便利な表示はない。

 仕方がないので、自分にも魔法を掛けて、タイミングを計るようにしている。


 タイミングを計るためと、人数が多いのもあってエリア系の支援魔法を掛けているので、自然と傭兵さん達にも魔法が掛かる。

 騎士さんや魔道師さん達と違って、傭兵さん達は支援魔法を掛けられるのが初めてな人が多く、魔法を掛ける度にはしゃぐ。

 毎回お礼を言ってくれる人もいて、最初は微妙な気持ちになっていた【聖女】様呼びにも、そろそろ慣れてきた。



「スライムの数が増えてきたな」

「そうですね。あと少しで、この間来たところに到着しますね」

「ここからが正念場だな」



 正念場だと言う団長さんに頷いて、少し離れた所にいる師団長様を見遣る。

 視線に気付いた師団長様が首を傾げたので、何でもないと首を横に振った。


 あと少し進めば、前回撤退した場所に差し掛かる。

 今もスライムが大量にいるのだろうか?

 いるんだろうな。

 前回現れた大量のスライムを思い出して、げんなりする。


 魔道師さんの人数が増えたとはいえ、あれは通常の攻撃魔法では対処しきれないかもしれない。

 ここから先は範囲魔法の方が効果的だろう。

 師団長様に自重を求めるのも、ここまでが限界だ。


 既に景色は緑が少なくなり、寂れたものに変わっている。

 下を向いても、薬草なんか見当たらない。

 何だかんだ言っても、薬草よりも人の命の方が大事だ。

 いざとなったら、未だに発動までに時間が掛かる【聖女】の術よりも、師団長様の魔法の方が発動が早いもの。

 手前だけでも森が残せれば、良しとするしかない。

 心の中で溜息を吐いて、再び森の奥へと足を進めた。



「くそっ! 多過ぎるだろ!」

「隊列を乱すな! 傭兵団もだ!」

「おう、任せろ!」



 予想通り、前回撤退した辺りまで来ると、一度に多くのスライムが出るようになった。

 私や魔道師さん達を囲むように、前方に半円状に騎士さんや傭兵さん達が並び、その後ろから魔道師さん達がいくつもの攻撃魔法を飛ばす。

 物理攻撃は効きにくいけど、騎士さん達が剣を振れば、少しはダメージが入るし、牽制にもなる。

 また、後ろにいる私達がスライムの吐き出した液を被らないように、文字通り体を張って防いでくれていた。


 回復魔法のお陰で怪我や状態異常は治るとはいえ、痛いものは痛い。

 事実、スライムの攻撃を受けた騎士さん達は顔をしかめているもの。

 そんな騎士さん達の様子に心苦しく思いながら、私もひたすら回復魔法を掛けた。



「セイっ!」

「ホーク様!」



 状態異常を受けた騎士さんに回復魔法を唱えていると、上からスライムが落ちてきた。

 魔法の発動が終わったばかりで、少し気を抜いていたせいで、対処が遅れる。

 咄嗟に団長さんが私を押し除けてくれたので、私が攻撃を受けることはなかったけど、代わりに団長さんが攻撃を受けた。

 落ちてきたスライムは団長さんの右手にまとわりつき、団長さんの右手を溶かし始めた。

 ふわりと、胸の奥から魔力が湧き上がる。

 けれども、それを止めるように肩に手が置かれた。



「まだ、ダメですよ」

「ドレヴェス様!」

「『ファイアアロー』」



 振り返ると、師団長様だった。

 師団長様が放った炎の矢はスライムに当たり、攻撃が効いたからかスライムは団長さんの手を放して、ぼとりと地面に落ちた。

 すかさず、師団長様は次の魔法を唱え、スライムを倒す。



「助かった」

「いえ。ほら、セイ様、回復魔法を」

「は、はいっ。『ヒール』!」

「ありがとう」



 師団長様に促されて、慌てて団長さんを回復する。

 赤くなっていた肌が元の色に戻り、傷一つなくなったことに、詰めていた息を吐いた。



「セイ様」

「はい」

「少々スライムが多過ぎるようです。お願いされていた件ですが……」

「森にあまり被害を出さないようにして欲しいとお願いした件ですね?」

「はい」

「分かりました」



 息を吐いたところで、師団長様が声を掛けてきた。

 師団長様の方を向くと、師団長様にしては珍しく、少し眉を下げて困ったような笑みを浮かべていた。


 黒い沼に着くまでは極力【聖女】の術を使わないようにするというのは、出発前から決めていたことだ。

 何せ、【聖女】の術はMPの消費量が多い。

 しかも、効果範囲が広ければ広いほど、MPの消費量も増える。

 黒い沼の広さがどの程度か分からない状況で魔物相手に連発するのは、物資が限られている状況では止めた方がいいだろうということになった。

 先程止められたのも、スライム一匹相手に術を発動するのは効率が悪いと判断されたからだろう。


 そして、魔物に対して【聖女】の術の使用を控えるのであれば、師団長様に頼るしかない。

 師団長様であれば、範囲攻撃魔法が使えるからだ。

 ただ、範囲というだけあって、森への被害は免れない。

 後ろ髪を引かれるけれど、この状況で範囲攻撃魔法を控えてもらうのは我儘が過ぎるだろう。

 だから、師団長様に自重するのを止めてもらった。


 私の許可が下りてからは、一段と奥へと進む速度が上がった。

 大量に出てくるスライムも、最初に師団長様が範囲攻撃魔法を撃つことによって、一度にダメージを与えることができるようになったからだ。

 最初の魔法で倒せない魔物は、他の魔道師さんが続けざまに魔法を撃つことで、どんどん倒していく。

 そのお陰で、騎士さんや傭兵さん達が怪我や状態異常を負う頻度も減り、私のMPの消費量も減った。

 今まで懸命にスライムの攻撃を耐えてくれた騎士さんや傭兵さん達に申し訳ない気持ちになる。

 こんなことなら、スライムが出没するエリアからすぐに自重を止めてもらうんだった……。


 奥に行けば行くほど、出てくるスライムの量は増え、遂にはスライムの池という程の量が出るようになった頃、漸く黒い沼を見つけることができた。

 立ち枯れた木もまばらにしか生えていないところに佇む沼は、王都西の森のときよりも広い。

 これもう湖って言っていいんじゃないかしら?

 思わず言葉を失ったけど、眺めている余裕があったのはほんの僅かな時間だけだった。

 王都西の森と同じように、沼からは次々とスライムが湧き出ていて、対処するのに余裕がなくなったからだ。



「押し止めろ!」

「ウォール系の魔法を使え!」

「「『アイスウォール』」」「「「『アースウォール』」」」



 団長さんをはじめ、魔道師さん達が立て続けに魔法を唱え、氷や土の壁が地面から生える。

 壁の脇からこちらに向かってくるスライムは、騎士さんや傭兵さん達が剣で切り捨て、押し返す。

 そうやって、じりじりと沼に近付いてはいたのだけど、ある一定の距離まで来ると全く進めないくらいスライムの攻撃が激しくなった。

 黒い沼を浄化するために【聖女】の術を使いたいけど、もう少し前に進まないと、効果範囲が広過ぎてMPが足りなくなるかもしれない。



「セイ様。この位置から黒い沼の浄化はできそうですか?」

「もう少し近い方がいいかもしれません」

「では、スライムを散らしますから、一気に前進しましょう」



 自重を止めてもらったとはいえ、師団長様はまだ使用する魔法を選んでくれていたようだ。

 師団長様が次に使った魔法を見て、そう思った。



「『インフェルノ』」



 師団長様が魔法を発動すると、広範囲の地面から一気に炎が噴き出した。

 同時に、他の魔道師さんが慌てて『ウォーターウォール』や『アイスウォール』で水や氷の壁を私達の前に築く。

 なるほど、こちらにまで来る熱風を緩和させるためか。



「おぉ、すげー!」

「これが灰燼の悪魔の本領かよ」

「師団長の火属性の最上級魔法、久しぶりに見たな」

「感心している場合じゃないぞ。今のうちに前に進まないと」

「よし、次は水属性か氷属性で地面を冷やすぞ」



 師団長様に続いて、魔道師さん達が水属性魔法や氷属性魔法を使い、生き残ったスライムに止めを刺すのと同時に、地面を冷やしていく。

 周りに水蒸気が立ち込めれば、別の魔道師さんが風属性魔法で吹き飛ばして、視界を確保した。

 そこから一気に前進し、再び陣を整えたところで、【聖女】の術を発動するために集中する。

 少ししてから、胸の奥から魔力が湧き出る感覚を感じた。


 湧き出た魔力は金色の奔流となり、足元から沼の方へと広がっていく。

 沼を覆えるほど、広く、もっと遠くへ。

 胸の前で手を組み、祈るような体勢で魔力を広げる。

 魔物も沼も、全て浄化できますように。

 そう願いながら、金色の靄が沼を覆い尽くしたところで、【聖女】の術を発動した。

 光が弾け、空から金色の粒子がキラキラと舞い落ちる。



「「「……」」」



 誰も彼も言葉も出ない様子で、金色の粒子が舞う光景を見ていた。

 後には、立ち枯れた木と、むき出しの地面だけが残っていた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


お陰様で、小説4巻が5月10日に刊行されることになりました。

これもひとえに、応援してくださる皆様のお陰だと感謝しております。

本当にありがとうございます。


書影はまだですが、Amazon様や楽天様等で予約が開始されているようです。

ご興味のある方は是非、お手に取っていただけると幸いです。

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