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65 二つ名

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「セイさん、おはようございます!」

「あ、アイラちゃん、おはよう」



 いよいよ今日はスライムの森へと出発する。

 いつも通り、広場に向かえば、途中でアイラちゃんから挨拶を受けた。

 声のした方を向くと、小走りでこちらに向かってくるのが見える。

 立ち止まって、アイラちゃんが追い付くのを待ってから、再び歩き出した。



「今日は同じ班ですね」

「そうだね」



 嬉しそうな笑顔のアイラちゃんに、私も笑顔で返す。

 討伐には何度か行ったことがあるけど、アイラちゃんと一緒に行くのは初めてで、何だか嬉しい。

 今回、宮廷魔道師さん達の中でスライムの森へと向かうのは、攻撃魔法が使える人達ばかりだ。

 アイラちゃんは聖属性魔法以外にも水属性魔法と風属性魔法が使えるので、同じ班となったのだ。



「今日はアイラちゃんも攻撃に参加するの?」

「そうですね。様子を見ながら参加すると思います」

「様子を見ながら?」

「聖属性魔法を使える人が私とセイさんだけらしいので、主に回復を担当する予定なんです」

「あれ? 聖属性魔法なら、師団長様も使えるんじゃない?」

「師団長は、恐らく回復には参加されないだろうって先輩達が……」

「あー……」



 アイラちゃんが苦笑しながら言った内容に納得した。

 師団長様、王都の西の森に行ったときも、ほとんど攻撃してたものね。

 エリア系の魔法を使えば、私一人で回復を担当することはできるけど、そうなるとMPの消費量が問題か。

 やっぱり、アイラちゃんと二人で回復を担当した方がいいかな。


 そんな風に考えながら歩いていると、広場に到着した。

 広場にはスライムの森以外の場所に向かう人達もいて、早朝だというのに賑やかだ。

 行き先ごとに人が集まっているようなので、アイラちゃんと二人で同じ班の人達が集まっている場所を探した。


 辺りを見回していると、人混みの中にローブ姿の集団を見つけた。

 宮廷魔道師さん達だ。

 あの辺りにいるのが、スライムの森へ向かう人達だろう。



「アイラちゃん、あの辺りじゃない?」

「あっ、そうですね」



 アイラちゃんに声を掛けて足を向けると、騎士さん達の中にレオさんがいるのが見えた。

 よく見ると、何人か傭兵さん達もいる。

 あれ? 何で?

 首を傾げながら近付くと、レオさんも私を見つけたようで、片手を上げてくれた。

 その動作を見て、側にいた人達もこちらに気付いたようだ。



「「「おはようございます、セイ様!」」」

「あ、おはようございます……」



 すごい。

 今ぴったり声が揃ってたよ。

 声の大きさも相まって、ちょっと驚いた。

 驚いたのは私だけではない。

 彼等の側にいたレオさんや傭兵さん達、アイラちゃんも驚いた顔をしている。


 眩しい笑顔と共に、大きな声を揃えて挨拶してくれたのは、第二騎士団の人達だろう。

 何となく見たことがあるような気がする人達ばかりだもの。

 それよりも、一緒にいるレオさん達の方が気になる。

 騎士団と傭兵団は別行動だったと思ったのだけど……。



「おはようございます、レオさん」

「おー……。おはようございます」

「砕けた口調で構いません。むしろ、その方がありがたいです」



 レオさんはいつも通りの挨拶を返そうとして、周りからの視線に気付いて、言い直す。

 第二騎士団の人達の視線が鋭くなったので、前にも行った遣り取りをすれば、視線はいくらか柔らかくなった。



「ところで、どうしてこちらに?」

「今日は俺達も参加することになったんだよ」

「そうなんですか?」



 不思議に思って話を聞くと、領主様の依頼でレオさんも私達の班に同行することになったそうだ。

 元々、スライムの森には希少な薬草が多く自生していて、クラウスナー領で最も広い採集場所だった。

 そんな場所がスライムによって壊滅的な状態になっていると報告を受けた領主様は、レオさん達を派遣することを決めた。

 重要な場所だからこそ、以前の森の状態を知っている人に、領主様の目として確認して来てもらいたかったのだとか。


 騎士団と傭兵団との間には、連携等の問題もあったため、レオさん達の参加が決まったのは昨日の夜だったらしい。

 レオさんのみの参加となるところを、レオさんの希望で傭兵さん達も数人付いてくることになり、少し揉めたので決まるのが遅くなったんだそうだ。

 スライムの森に誰が向かうかで、騎士団内でも揉めたしね。

 そこに新たに人員が加わるとなると、更に揉めたのは想像に難くない。

 お疲れ様です、団長さん。



「おはよう、セイ」

「セイ様、おはようございます」



 レオさんと話しているところに、団長さんと師団長様が合流した。

 二人揃うと眩しさも二倍ね。

 ほんの少し、目を眇めてしまったわ。

 アイラちゃんと揃って二人に挨拶を返すと、師団長様がレオさんを見て首を傾げた。



「こちらは?」

「クラウスナー領の傭兵団を取り纏めているレオンハルトさんです」

「初めまして、レオンハルトと申します」

「今日は彼等、傭兵団も同行する」



 師団長様にレオさんを紹介すると、団長さんが今日の予定を補足してくれた。

 見慣れない顔がある理由に納得した師団長様は、和やかに微笑みながら、優雅に頷く。



「初めまして。宮廷魔道師団、師団長のユーリ・ドレヴェスです」

「っ! 今日はよろしくお願いいたします」

「はい」



 師団長様の挨拶を受けて、レオさんは目を丸くした。

 傭兵さん達も何だか慌てているみたい。

 全員が姿勢を正して、直立不動の態勢で固まってしまった。

 師団長様が王宮の中でも、かなり上の地位になる人だからかしら?

 あれ? それなら団長さんもそうじゃない?

 団長さんとの初対面もこんな感じだったのかしら?


 疑問に思っていたけど、その疑問は割りとすぐに解消された。

 団長さんと師団長様がその場を離れたときに、傭兵さんがボソッと呟いたのだ。



「あれが灰燼の悪魔か」

「おいっ」

「悪魔?」

「あ、今のは内緒にしといてくれよ」

「どういうことです?」



 悪魔なんて、随分と物騒な呼び名ね。

 気になって聞いてみると、レオさんが周りに聞こえないよう声を潜めて教えてくれた。


 レオさん曰く、灰燼の悪魔っていうのは師団長様のことらしい。

 かつて、大規模な魔物の討伐で辺り一帯を燃やし尽くしてしまったことから、そんな二つ名が付いてしまったんだとか。

 その討伐には複数の傭兵団が参加していて、傭兵さん達の間では当時の師団長様の様子が語り草となって、畏怖の念を持たれているらしい。

 目の前で行使された大規模な火属性魔法と、熱気漂う現場で炎に照らされながら嫣然と微笑む師団長様。

 後に残されたのは一面灰色の世界。



「言い得て妙ですね」

「だろ?」



 語られている内容を思い浮かべれば、悪魔と言いたくなるのも分かる。

 西の森でも血の気の多い発言をしていたけど、発言するだけで行使しなかったのは一応自重していたからだろうか。

 西の森は無事だったし。



「どうした? 変な顔して」

「いえ、今回も自重してくれるといいなと思いまして」

「自重?」

「森が無事だといいなぁと……」

「悪夢の再現か? 止めてくれ」



 私の発言に、レオさんの表情が苦いものに変わった。

 でもね、ちょっとだけ心配なのよ。

 西の森は、黒い沼が発生したとはいえ、魔物が多くなっただけで、森への被害はそこまでなかった。

 だから、師団長様も森に被害が出ないように、使用する魔法を選んでいた可能性がある。

 対して、スライムの森は、手前の方はともかく、奥の方はスライムによって立ち枯れた木が多く、森の体をなしていない。

 それを見て、師団長様が既に森じゃなくなってるんだからいいでしょとばかりに、自重なく魔法を使うんじゃないかと、一抹の不安が過ったのだ。


 悪夢の再現は止めて欲しいというレオさんの意見に、私も賛成だ。

 いくらスライムの被害で森がほぼ壊滅状態だと言っても、これ以上の被害は御免被りたい。

 辛うじて残っているかもしれない薬草のためにも。


 スライムの森へは、師団長様と同じ馬車に乗って向かう予定だ。

 馬車の中で、くれぐれも自重してくださいって師団長様にお願いしよう。

 そうしましょう。


 レオさんから不穏な話を聞いた私は、決意も新たに馬車に向かった。


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