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64 躱せた?

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 休み休み【聖女】の術を発動し、いくつかの実験畑に祝福を終えたところでお開きとなった。

 流石に見える範囲全ての畑を祝福することはできなかったわ。


 祝福し終わった畑に種を蒔けば、とりあえずの作業は終了だ。

 元々、私の作業は祝福までで、種を蒔いたりするのは庭師さん達がやってくれるという話だった。

 庭師さんへの指示等はコリンナさんに任せて、師団長様と一緒に騎士団の待機所に移動する。

 本当は種蒔きしているところも見たかったのだけど、師団長様が私に訊きたいことがあるというので、そうなった。


 訊きたいことというのは、十中八九、【聖女】の術に関してだろう。

 祝福の合間に休んでいたときにも、色々と尋ねられたもの。


 待機所に到着すると、師団長様は広間を抜け二階に上がった。

 後ろに付いていくと、団長さんの執務室とは別の部屋に着いた。

 師団長様用の部屋らしい。

 曲がりなりにも宮廷魔道師団の長なので、個室を与えられたようだ。


 部屋の中に置かれている家具の配置は、団長さんの執務室と変わらない。

 机の上に置かれている書類の量が異なるくらいだ。

 もちろん騎士団を管理している団長さんの方が多い。

 師団長様の机の上に置いてあるのは、間違いなく研究に必要な物だけだろう。


 部屋の中を見回していると、師団長様からソファーに座るよう勧められた。

 座ってから暫くすると、従僕さんがハーブティーとクッキーを運んで来てくれた。

 カモミールティーかしら?

 いい香りだ。

 薄黄色の水面を眺めて、一口飲んだところで、師団長様が口火を切った。



「予想していたよりも、【聖女】の術というのは魔力を使うのですね」

「そうですね」



 師団長様の言葉に、頷いて返す。

 師団長様の言うとおり、【聖女】の術って結構魔力を使うのよ。

 基本的に範囲魔法は術の効果の高さや範囲に比例して、必要となるMPが増加する。

【聖女】の術も範囲魔法扱いのようで、効果範囲が広くなれば、同じように必要なMPが増える。

 ただ、今日作業した畑の一面の広さは、それほど広い訳でもない。

 それにもかかわらず、畑を二面も祝福すれば、私ですらMPがほぼ枯渇するってことは元々必要とされるMPが多いのだろう。

 祝福は高効果扱いで、沢山のMPが必要だという可能性も捨てきれないけどね。


 そういう訳で、畑を二面祝福するごとに、MP回復のために休憩を挟んだ。

 師団長様は焦れてたけど、こればかりは仕方ない。


 MPポーションを飲めば休まずに続けることはできるけど、薬草不足の今、無駄なポーションは使いたくない。

 ポーションを使わなくても、消費されたHPやMPは、体力が回復するのと同じように、時間経過に合わせて徐々に回復していく。

 時間は掛かるけど、立っていても、座っていても、待っていれば回復するのだ。

 急ぐ必要がないなら、ポーションを使わない方がいい。


 薬草が不足しているのは師団長様もコリンナさんも知っている。

 だから、魔力が枯渇気味だと伝えれば、師団長様も納得してくれた。

 けれども、師団長様は師団長様だったわ。

 休憩の合間にも、【聖女】の術について色々と訊かれたのよ。

 師団長様がいない間に、私が気付いたことなんかをね。



「次に向かう討伐では、MPポーションを多く用意する必要がありますね。魔道師も増えましたし」

「はい。材料が少し足りないのですが、なるべく高ランクのポーションを用意しようと思います」

「後は術の発動をもう少し早くできるように訓練しましょうか。見たところ、まだ早くできますよね?」

「……」



 顎に手を添えた師団長様から、思わず視線を逸らす。

 これ以上早くですか?

 それはちょっとというか、かなり難しいです。

 発動前に色々と心の準備が必要ですもの。


 でも、多少なりとも訓練はしておいた方がいいのは確かなのよね。

 自分の意思で発動できるようになったけど、発動できるまでに掛かる時間はまちまちだ。

 訓練をすることによって、発動までの時間が一定になるのであれば、した方がいいだろう。



「そういえば、術の発動条件は何だったのでしょうか?」

「へ?」

「術の発動条件ですよ」



 明後日の方向を見ながら、訓練について考えを巡らせていると、師団長様から次の攻撃が来た。

 思わず振り向き、聞き返すと、師団長様は同じ内容を繰り返した。

 条件……、条件ですか?

 それを言えと?

 無理でしょ。



「えーっと……」

「…………」



 どう答えようかと悩んでいる間も、師団長様の視線が痛い。

 回答の参考にするために、コリンナさんに見せてもらった【薬師様】の日記の記述を思い返す。

 【薬師様】のときは弟だったけど、仲間のことを考えたらって言えば納得してもらえるかしら?



「言い難い内容ですか?」

「うっ……」



 視線を左右に揺らして考えていると、師団長様から追撃が来る。

 答えに詰まると、師団長様は納得したように首を縦に振る。



「なるほど。言い難い内容だと」

「うぅ……」

「まぁ、いいでしょう。今回はここまでにしておきます」

「えっ?」



 肯定してしまうと分かっているのに、気まずさ故に再度視線を逸らす。

 すると、師団長様はあっさりと話題を打ち切った。

 驚いて目を丸くすれば、にっこりと微笑みが返ってくる。



「いいんですか?」

「答えていただけるのですか?」

「いえ……」

「気に病むことはありません。本当に、無理に答えていただかなくても構いませんから」



 にっこりと、それはそれは美しく微笑む師団長様に、ちょっぴり背筋に悪寒が走った。

 何でだろう?


 そんな師団長様との会話に体を震わせていると、ドアがノックされる音が聞こえた。

 師団長様の誰何に答えたのは団長さんだった。

 丁度、話してた話題が話題だけに、ドキッと心臓が跳ねた。



「どうぞ」

「研究中にすまない」



 部屋の中に入ってきた団長さんは、私がいることに気が付くと、僅かに目を見開いた。

 テーブルの上に置かれているハーブティーやクッキーを見れば、休憩中だと思われそうなものなのに、研究中だと認識されるのは、流石師団長様というところだろうか。



「構いませんよ。それで、ご用件は何でしょうか?」

「あ、仕事のお話でしたら席を外します」

「いや、セイも一緒に聞いてくれ。討伐隊の再編成案ができたので、確認してもらおうと思って来たんだ」



 仕事の話であれば、私はいない方がいいかと腰を浮かしかけたところで、団長さんに止められた。

 再編成案の確認に来たらしいけど、他にも何か話があるのかしら?

 首を傾げていると、師団長様にソファーを勧められた団長さんが私の隣に座った。



「こちらが案になる」

「…………私もこの案で問題ありません」

「ありがとう。ならば、この案で」

「セイ様も確認なさいますか?」

「え? よろしいんですか?」

「構わない。セイも確認してくれ」



 団長さんから編成案が書かれた用紙を受け取り、一通り目を通した後に師団長様は頷いた。

 師団長様が確認して終わりかと思ったのだけど、何故か私にも確認するかと訊かれる。

 団長さんの許可が下りたので、師団長様から用紙を受け取り内容を確認すれば、師団長様が何故私にも声を掛けたのかがなんとなく分かった。

 スライムの森へ向かう人員に第二騎士団の人達も混ざっていたからだ。


 そうか、あの人達か……。

 編成案の中に見知った名前を見つけ、王宮の図書室から研究所まで、いつも本を運んでくれていた彼等のことを思い出す。

 一瞬、遠い目をしてしまったのは許してほしい。


 物理攻撃が効きにくいスライムが多くいるとあって、前回よりも魔道師さんの数が多く配置されている。

 というよりも、攻撃魔法が使える魔道師さんの全員が配置されていた。

 騎士さんの数も少しだけ増えているので、前回よりは大所帯だ。

 団長さん曰く、増えた魔道師さん達の護衛をするために騎士さんも追加したのだとか。

 もちろん、選ばれた騎士さん達は防御力に定評のある人達ばかりだそうだ。


 スライムの森に行く人達が全てではない。

 王都から来た人達の中にはスライムの森ではなく、他の森へ討伐に向かう人もいる。

 人が増えたのもあって、並行して討伐を進めることにしたんだとか。

 それらの班の編成はいつもとは異なり、回復魔法が使える魔道師さんが一人配置されるか、または全く配置されないかのどちらかだった。

 魔道師さんがいない班はポーションのみで頑張るらしい。

 いつもより多くHPポーションを作っておいた方がいいかもしれない。



「大量のスライムですか。腕がなりますね」



 編成案に目を通している間に、団長さんが師団長様にスライムの森の詳細な状況を説明してくれていた。

 私がポーションのことを考えている間に、師団長様は師団長様で、討伐に想いを馳せていたようだ。

 編成案から顔を上げると、師団長様がうっとりとした表情を浮かべているのが目に入る。

 あの表情はアレだ。

 ヤバイやつだ。

 何度か目にしたことのある表情だけど、師団長様があの表情をするときは、大抵自重がなくなる。

 西の森では森を破壊しないように色々と自重してくれていたけど、今回は自重してくれないかもしれない。


 お願いだから、スライムと一緒に森まで焼き払わないでください。

 まだ貴重な薬草が残っているかもしれないんです。

 心の中で、そう願わずにはいられなかった。


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