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「よし! いい感じ、いい感じ」
朝陽を浴び、艶々とした葉を輝かせている薬草を見て、思わず笑みが浮かぶ。
祝福された植木鉢に植えられた薬草は、それぞれ順調に育っているようだ。
むしろ順調過ぎるくらいかもしれない。
普通に育てるよりも早く育ってる気がするのよね。
一緒に成長具合を観察しているコリンナさんも、そんなことを言っていた気がする。
そろそろ次の段階、小規模な畑での実験に移行してもいいのかもしれない。
魔物の問題が解決したら王都に戻ることになるから、いつまでもクラウスナー領にいれる訳ではない。
出来ることは、さっさと進めてしまった方がいいだろう。
王都からの応援が予期せず来たため、このところの団長さんは討伐班を再編成するのに大忙しだ。
応援に来た人達の中には師団長様も含まれていたけど、あの人は魔法以外のことはさっぱりらしい。
今までも、討伐の際には単独行動が多く、部隊編成なんかはできないというか、したことがないそうだ。
そういう人が上に立ってていいのかしらと疑問に思うのだけど、そこは色々とあるんだろう。
多分。
王都からは宮廷魔道師さん達も来た。
けれども、要請したほどの人数は来ていない。
そのため、魔道師さんが多めのスライムの森を担当する班と、魔道師さんが少なめのその他の地域を担当する班に、討伐班を再編成する必要があった。
班の編成なんて、団長さんがいつもやっていることだ。
サクッと済ませることができそうなのに、そういかないのは応援に第二騎士団の人達が入っていたから。
皆が皆、スライムの森を担当する班に入りたがって、収拾がつかないらしい。
第三騎士団の騎士さんが、その様子をこっそりと教えてくれた。
困ったことよね。
ともあれ、再編成が終わればまたすぐに討伐に向かうことになるだろう。
ならば、今のうちに少しでも実験を進めておこう。
善は急げ。
植木鉢の様子を見終わったので、早速蒸留室に向かうことにした。
蒸留室でコリンナさんに植木鉢の状態と、今後の実験について話をした。
私とは別に、コリンナさんも毎日植木鉢の薬草を見ていて、そろそろ次の段階に移った方がいいと考えていたようだ。
次は畑で実験したいという願いをあっさりと許可してくれた。
使う予定の畑も既に用意してくれていたようで、今から行こうと言われる始末だ。
育たなくなっていた薬草が再び育つようになったことに、コリンナさんも浮かれているみたいね。
畑に向かう足取りはとても軽かった。
「えっと、ここ全部使っていいんですか?」
「構わないよ。領主様の許可ももらってるからね」
案内された場所には、耕された畑が広がっていた。
遥か奥の方に森が広がっているのが見えるけど、それにしたって広い。
色々な薬草で実験しようとすれば、確かにそれなりの広さが必要になる。
でも、一度にこんな広さの畑を実験に使ってしまってもいいのかしら?
ちょっと躊躇してしまったけど、コリンナさんが「はじめようか」というので、気を取り直して【聖女】の術を発動させることにした。
他の人がいる状況で術を発動させるのは恥ずかしいけど、ここは我慢。
コリンナさんの前では、植木鉢に祝福したこともあるんだから。
深く考えちゃダメだ。
一つ息を吐いて、術を発動させることに集中した。
暫くすると、フワリと辺りに魔力が漂う気配がした。
それを気にせずに集中していると、魔力が広がる範囲がどんどんと広くなる。
一区画分の畑に魔力が広がり切ったところで、どうか薬草が育ちますようにと思いながら、【聖女】の術を発動させた。
「今のは【聖女】の術ですか?」
畑の表面が白く光って収束したところで、後ろから声を掛けられた。
ぎょっとして振り向くと、麗しい笑顔の師団長様がこちらに歩いてくるのが見えた。
隣のコリンナさんも目を丸くしていたので、師団長様がここに来るのは想定外だったようだ。
それはそうよね、畑への祝福はこの領の機密事項だもの。
今日はここには誰も近付かないように厳命してあるって、コリンナさんがさっき話してたし。
もっとも、その命令は師団長様まで届いていなかったようだ。
命令系統が違うから仕方ないとは思うけど、これはちょっとマズイかも。
「おはようございます」
「おはようございます。それで今のは?」
「【聖女】の術ですね」
「やっぱり! 自在に発動できるようになったんですね!」
挨拶だけでは誤魔化されてくれなかった。
渋々と【聖女】の術であることを認めると、師団長様の表情がより一層輝いた。
師団長様の反応からすると、もしかして私が術を発動できるようになったことを知らなかったのだろうか?
「ところで、何故こんな所で術の発動を?」
正に今聞いたと言わんばかりの師団長様の反応を不思議に思っていると、続けて答えにくい質問が飛んできた。
うーん、何て言おう……。
正直に話すのは問題だし。
「術の練習をする場所を領主様に相談したところ、こちらに案内されたんです」
「そうでしたか」
「ここは広くて、今は何も植えられていませんし。【聖女】の術は畑に害があるものでもないですしね」
「なるほど」
我ながら苦しい言い訳だと思ったけど、祝福については話せないので、濁すしかない。
しかし、そんな言い訳でも師団長様は納得したようだ。
これで大丈夫かな? と横にいるコリンナさんを見ると、特に表情を変えていなかったので問題はなさそうだ。
「害はなさそうですが、土に影響はあるかもしれませんね」
「えっ?」
「何故か土から不思議な魔力が感じられます」
顎に手を添えて、土を見ながら、師団長様がポツリと零した。
私にはさっぱり分からないけど、魔法に関しては優秀な師団長様には違いが分かるようだ。
コリンナさんは師団長様が何者か知らないのか、師団長様の言葉にピクリと眉を動かす。
大丈夫ですよ。
師団長様はただ魔法に詳しいだけで、畑の祝福については知らないと思いますよ。
感付いているかもしれませんけど。
コリンナさんがチラリとこちらを見たので、そんな気持ちを込めて頷いておいた。
詳細は伝わっていないだろうから、後でちゃんと説明しておこう。
閑話休題。
土から感じられる不思議な魔力っていうのは、もちろん【聖女】の魔力だろう。
【聖女】の術を掛けたんだし。
以前、師団長様から聞いた話では、生物は魔力を保持しているという話だったけど、無生物である土は魔力を保持していないのが普通なのだろうか?
一口に土といっても、微生物なんかが含まれている可能性もあるから、祝福はそういうものに影響があるのかもしれないわね。
もしくは何かしらの鉱物に対して、魔法付与のようなことができているとか?
考え出したらキリがないけど、可能性はありそうよね。
そんな話をすれば、師団長様もコリンナさんも興味津々で話を聞いてくれた。
もしかして、この二人って似た者同士?
話している間に意見交換もしたりして、お互いに得るものがあったよう。
何だか仲良くなっていた。
それはいい。
それはいいのだけど……。
「それでは次に行ってみましょうか」
術の練習なんて言ってしまったのは失敗だったかもしれない。
ご婦人方が見たらうっとりとしてしまうような笑顔を浮かべて、祝福の催促をする師団長様。
待ちに待った【聖女】の術が観察できるとあって、ノリノリである。
何故だか、隣ではコリンナさんも頷いている。
えっ? 師団長様にも見られながら術を発動するの?
いや、その、術の発動には時間がかかりましてね……。
私にも、こう、心の準備ってものが……。
訓練あるのみ?
いや、だから……。
Noooooooーっ!!!