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舞台裏10 予感的中

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 時間は少し遡る。


 アイラは王宮にある、討伐時によく集合場所となる広場で佇んでいた。

 目の前では、第二騎士団の人達が忙しげに荷馬車に物資を積んでいる。


 本来であれば、今日は宮廷魔道師団の隊舎で一日、事務仕事をする予定だった。

 それにもかかわらず広場にいるのは、師団長のユーリに指示されたからだ。

 いつもと同じように宮廷魔道師団の隊舎に詰めていたところ、軽い感じでユーリから「討伐に行くよ」と連れ出されたのだ。


 アイラだけが特別に声を掛けられた訳ではない。

 どちらかといえば、偶々近くにいたから選ばれたという感じだ。

 アイラがそう感じたのは、アイラだけではなく、近くにいた魔道師達も何人か連れ出されたのが理由だ。

 そして、そのアイラの考えは正しい。

 ユーリは特に人員の選別をしていなかった。


 討伐の準備のために動き回る人々を見ながら、アイラは不安な気持ちを抱えていた。

 不安と言っても、討伐に対してではない。

 討伐に関しては、むしろいつもより楽観しているくらいだ。


 王立学園(アカデミー)を卒業し、宮廷魔道師団に所属するようになってから、仕事として討伐に参加したことは幾度もある。

 初めて魔物と対峙したときに比べて、随分と慣れたものだ。

 緊張はすれど、今更不安に思うようなことはない。


 しかも、今回行くのは王都西にあるゴーシュの森、西の森と呼ばれているところだ。

 西の森と言えば、かつては多くの魔物が出ることで有名であったが、セイが討伐に行って以降はすっかりと魔物の湧きは落ち着いていた。

 魔物が出たと行っても、セイ達が遭遇したほどの数の魔物は出てこないだろう。


 今回は偶々大型の魔物が森の縁で見かけられたということから、急遽討伐に行くことになったが、同行者には師団長もいる。

 魔法以外のことに興味がない人ではあるが、魔法に関する実力は確かだ。

 いくら大型の魔物が出たと行っても、一匹、多くても数匹。

 戦闘狂とも噂のあるユーリがいる限り、そうそう危険な事が起こるとは思えなかった。


 ならば何故不安が募るのか?

 理由はアイラ本人にもよく分からない。

 ただ、荷馬車に積まれた物資をぼんやりと眺めながら、西の森に行くにしては何だか量が多いなと思った。


 暫くすると準備が整ったようで、一同は目的地に向かって出発した。

 西の森までは距離があるので、大人数が乗れる幌馬車に乗っての移動となる。

 宮廷魔道師達は揃って一台の馬車に乗り込んだ。


 馬車の中は、幌を背にして左右に長椅子が備え付けられていた。

 席は決まっておらず、宮廷魔道師達は馬車に乗り込んだ順に奥から座っていった。

 アイラの座る位置は、長椅子のちょうど中程だった。


 移動の間、アイラは一緒に乗っている同僚と今回出没したと思われる魔物について話したりした。

 魔物についての話が尽きれば、雑談へと内容が変わっていく。

 ふと気になって、アイラは自身の前に座っているユーリの方を見た。

 他の魔道師達が口を開く間も、ユーリは特に発言することはなく、ぼんやりと何かを考え込んでいた。



(何を考えているんだろう?)



 アイラも初めてユーリに会ったときは作り物めいた美貌に驚き、目が離せなかったが、宮廷魔道師団で働くようになってからは大分慣れた。

 遠くで見るだけなら、その相貌に憧れを抱くこともあったのかもしれないが、日々近くでエアハルトとの遣り取りを見ていれば、そんな気持ちを抱くこともなかった。

 幻想は早々にぶち壊されたとも言う。

 あれは観賞用だとは、誰の発言だったか……。

 そういう訳で、ユーリの顔に見とれていた訳ではないのだが、じっと見ていたせいか、ユーリと視線が合った。



「何?」

「あ、いえ……」



 ユーリに問いかけられて、アイラは返答に詰まった。

 アイラが慌てて視線を逸らすも、今度はユーリの方がじっとアイラを見詰める。

 暫くは無視していたが、横顔に突き刺さる視線に耐えきれず、アイラはおずおずと視線を戻した。


 共に宮廷魔道師団に所属しているとはいえ、師団長であるユーリと平の魔道師であるアイラは、ほとんど接点がない。

 セイと同じく【聖女召喚の儀】で喚び出されたとはいえ、【聖女】の術が使える訳ではないアイラにユーリは興味を覚えず、ユーリから話し掛けることはなかった。

 アイラも用がないのに上司に声を掛けるような性格をしていないため、二人が接することは今までほとんどなかったのだ。

 そのため、アイラは取り留めもない質問をユーリにすることに躊躇したのだが、他に良い回答も浮かばなかったため、結局思っていたことを素直に訊いた。



「何か考え事をされているようでしたので、何を考えていらっしゃるのかなと……」

「あぁ。ちょっと魔法のことを考えてたんだ」



 シンとなった馬車の中、アイラとユーリの声だけが響く。

 先程まで雑談をしていた魔道師達は、アイラとユーリという珍しい組み合わせに雑談を止め、注目していた。

 ユーリの返答は魔道師達には予想通りのもので、アイラもまた、噂通りの魔法馬鹿らしい回答に素直に納得した。



「魔法のことですか?」

「うん。【聖女】の術のことをね」

「セイさんの?」



【聖女】と聞いて、アイラの脳裏に同じ世界から来た年上の友人のことが思い浮かんだ。

 思わず零した名前に、今度はユーリが僅かに目を瞠る。



「彼女と知り合い? というか……」



 途中で何かに気付いたユーリが、アイラの顔をじっと見詰める。

 学園の友人にも綺麗な顔立ちをした者は多かったが、顔面偏差値に加えて上司という肩書きを持つユーリに見詰められ、アイラは少しだけ居心地悪く感じた。

 しかし、居心地の悪い時間はすぐに終わる。

 一拍置いた後、何か思い当たることがあったのか、ユーリは顎に手を添えて頷いた。



「彼女と同じ世界から来たか」

「はい……」

「ふーん」



 それだけ聞くと満足したのか、ユーリは再び思考の海に沈んでいったように見えた。

 アイラがどうしたものかとオロオロしていると、ユーリから再び質問が飛んできた。



「セイとはよく話すの?」

「え? いえ……。どうでしょうか? 他の人よりは多いかもしれませんが……。偶に一緒にお茶を飲むくらいです」

「そう。なら、多い方かな」



 客観的に見て、セイと話す機会が多いのかはアイラには分からなかった。

 実際のところ、セイの同僚である薬用植物研究所にいる者達と比べれば、アイラがセイと接する機会は少ない。

 しかし、王宮全体で考えれば多い方だ。

 なにせ、セイは研究所以外では宮廷魔道師団と王宮の図書室くらいにしか出没しない。

 自然とその交友関係は狭くなる。

 その狭い範囲の中で、共にお茶を飲むほどの仲ともなると、かなり親しくしている方だろう。

 少なくとも宮廷魔道師団では、ユーリとエアハルト以外ではいない。

 同じ世界から来た者ということもあり、アイラとセイは親しいのだろうとユーリは判断した。



「一緒にいるときって、どんな話をするの?」

「そう、ですね……。普段の生活で感じたことなんかを話しています。あとは日本……、元いた国のことを話したりとか」

「普段の生活っていうと、魔法のことなんかも?」

「はい。演習場でも偶にお会いすることがあるので、魔法についても色々と話します」

「【聖女】の術についても何か言ってた?」

「……はい。中々発動できないって悔しがっていました」

「やっぱり、発動条件は見つかってないのか……」



 他の者であれば、異世界である日本の話の方に興味を覚えるところだが、そこは魔法馬鹿であるユーリはブレなかった。

 セイのステータスを鑑定したときから、セイが【聖女】であることを隠そうとしていることにユーリは気付いていた。

 そのことから、本当は【聖女】の術を自在に使えるにもかかわらず、使えないとセイが申告している可能性についても考えていた。

 実際にセイに接した感じでは、本当のことを告げている可能性の方が高いと感じたが、念のために確認してみようと質問したのだ。

 親しい者、それも同じ世界から来たアイラにであれば、もしかしたら自分には言っていないことを漏らしているかもしれないとも考えたからだ。


 半ば強引に話題を魔法についてに持っていったあたり、ユーリが聞きたかったのは【聖女】の術に関してらしいと、アイラも気付いた。

 アイラもセイが【聖女】として祭り上げられることを好んでいないことを知っていたので、差し障りのない範囲でセイと話した内容を語った。

 もっとも、アイラとセイが話した内容は、ほとんどユーリが知っているものと同じだった。

 実際に、セイは【聖女】の術を自在に使えなかったので、そこに齟齬はない。

 アイラが黙っていたのは、ユーリの特訓が厳しい等の愚痴に関してである。


 ユーリにとって新しい情報はなかったが、それでも自身の興味がある魔法の話題であったことから、話の合間にユーリが話題を提供することもあった。

 魔力操作についての話になると特に盛り上がった。

 アイラがセイから聞いた、ポーション作製における魔力操作の有用性について話せば、然もありなんとユーリは頷き、初耳だった魔道師達は騒めいた。


 そんな感じで和気藹々と道中を進んでいると、荷台入口付近に座っていた魔道師が怪訝な顔をし、声を上げた。



「なぁ、道が違わないか?」

「道が?」

「どうした?」



 入口付近の他の魔道師達も、外の風景を見て表情を変える。

 何度も西の森へと行ったことがある者達から見て、見慣れない景色が広がっていたからだ。

 ただ、後続の馬車の操者を見ても、様子がおかしい感じがしない。

 どういうことだと、馬車の中は俄かに騒がしくなった。


 周りの慌てふためく様に、アイラも出発のときに感じた不安を思い出し、嫌な予感が当たったのかと表情を曇らせた。

 こういうときは上司の判断を仰いだ方がいいだろう。

 そう考えたアイラがユーリの方を向くと、ユーリは顎に手を添えたまま口元に薄っすらと笑みを浮かべていた。



「師団長?」



 ユーリの表情を不思議に思ったアイラが怪訝そうな声で問いかけたことで、魔道師達の視線もユーリに集まった。

 落ち着き払ったユーリの姿に、騒がしかった馬車の中が静まり返る。



「今どの辺りを走っているか分かる?」

「……、はっきりとはしませんが、ゴーシュの森よりも更に西寄りに向かって進んでいるようです」



 静かに問いかけたユーリに、入口近くの魔道師が答えると、ユーリの笑みが更に深くなった。

 ユーリの様子に、魔道師達は顔を見合わせる。



「師団長は行き先をご存知で?」

「いや、知らない。でも、予想はついたかな」

「どちらに向かっているのでしょうか?」

「多分、クラウスナー領だと思うよ」



 ユーリが答えた行き先に、魔道師達の間に動揺が走った。

 ユーリから討伐へ向かうと告げられた際には、行き先は西の森だと聞いていた。

 複数の魔道師が覚えていたのだから、それは間違いない。

 では、ユーリが行き先を騙ったのかというと、そうではないらしい。

 現に今、ユーリ本人が本来の行き先を「知らない」と答えたのだから。



「第二騎士団からの同行依頼では、行き先は西の森になっていたんですよね?」

「そうだよ」

「では、何故行き先の予想が付いたのでしょうか?」

「馬車に積まれた物資の量が西の森に行くにしては多かったのと、第二騎士団から(・・・・・・・)のお誘いだったからかな」

(やっぱり……)



 ユーリの言葉を聞いて、アイラは出発の際に物資が多いように感じたのは間違いではなかったのだと思った。

 他の者達は物資ではなく、もう一つの理由に食いついた。



「物資はともかく、第二騎士団だからというのは?」

第二騎士団あそこって【聖女】様大好きな人が多いからね~。クラウスナー領へ付いて行けなかったのが寂しかったんじゃない?」



 機嫌良さそうに笑いながら答えるユーリに、魔道師達は顔を見合わす。

 魔道師達の顔色が若干悪いのは、現在の状況が非常にマズイ状況であることを理解しているからだろう。



「依頼が来たときに何となく気になって参加したけど、参加して良かったな」



 朗らかに笑うユーリを見て、この後の対応を思い、魔道師達は頭を抱えた。

 行き先が違うことに気付いたものの、ユーリがこの調子では、王都に引き返すこともできないだろう。

 提案をしたところで、第二騎士団と同じく、クラウスナー領に付いて行きたがっていたユーリが賛成するとは思えない。

 そもそも、ユーリは行き先を知らないとは言っていたが、本当に第二騎士団の計画を知らなかったのかは定かではない。

 ユーリが第二騎士団と共謀した可能性は無きにしもあらずだ。


 どちらにせよ、自分達はこのままクラウスナー領に向かうしかないのだろう。

 何といっても、この場にユーリを止められる者、エアハルトはいないのだから。

 後で問題になったとしても、叱責はこのお気楽な上司が全て引き受けてくれるだろう。

 自分達が何も言わなくても、優秀な副師団長は全てを察してくれるに違いない。

 視線だけで、そこまでの考えを共有した魔道師達は、一斉に溜息を吐き、行き先を変更させることを諦めた。

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