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舞台裏09 失踪

ブクマ&評価ありがとうございます!


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

お陰様で、200,000ptを突破しました!

7月の終わりに150,000ptを達成して、数ヶ月でここまで……。

本当にありがとうございます。

今後も頑張って続けていきたいと思いますので、引き続き、お読みいただけると幸いです。

今後とも、よろしくお願いいたします。


「どういうこと!?」

「何がだ?」



 ノックもなしに部屋に入り、大股で突き進むユーリを、部屋の中にいた者達は驚いた表情で見た。

 しかし、眼前の机に手を叩きつけたユーリに対して、エアハルトは手元の書類から顔も上げずに、涼しい表情で問い返した。

 一気に悪くなる部屋の空気に、他の者達は皆顔を青くする。



「何がだじゃないよ! どうしてもう出発しているのさ!」



 腹()たしげに言うユーリに、エアハルトの視線が上がる。

 そこに焦ったような表情はない。

 こうしてユーリが怒鳴り込んでくることまでが、エアハルトの予想通りだった。


 セイが地方へ遠征することになり、最も紛糾したのが一緒に行く人員についてだった。

 セイを崇拝している第二騎士団と、セイと最も付き合いがある第三騎士団との間は言うに及ばず。

 それに付け加えて、ユーリが何が何でもついて行くという姿勢を崩さなかったのだ。


 前回の王都西の森への討伐に、騎士団の団長と宮廷魔道師団の師団長の両名が参加したのも、過去の事例からすると非常に稀なことだった。

 通常の討伐と比べて過剰戦力になるし、何より王宮の守りが薄くなるからだ。

 それにもかかわらず二人が参加する許可が下りたのには、理由がある。

 まず、【聖女】が討伐に参加すること。

 次に、西の森では一度大きな被害が出ていること。

 そして、西の森は王都から近く、王都周辺で何か起こったとしても、すぐに王都に戻ることができるということが理由だった。

 それらの理由と、諸々の調整を経て、ユーリが参加することができたのだ。


 それに引き換え、今回は地方への遠征である。

 もし王都周辺で何かが起こっても、すぐに戻ってくることは叶わない。

 そのため、二人以上の団長が参加することは不可能だった。

 この時点で、単独行動ばかりで、団を率いて討伐を行うには向かないユーリは、候補に入ることはできなかったのだ。


 しかし、セイが参加する以上、理由を伝えてもユーリが諦めないだろうことをエアハルトは予想していた。

 西の森で大量の魔物を処理するのに忙しく、【聖女】の術をじっくりと観察できなかったことを、ユーリは事あるごとに悔しがっていたからだ。

 セイが未だに【聖女】の術を自在に操ることはできないとはいえ、今回の遠征先のクラウスナー領には黒い沼がある可能性が高く、再び術を発動させる機会がある可能性も高かった。

 この機会をユーリがみすみす逃すはずがない。


 どんなことをしても付いて行く構えを崩さないであろうユーリに対して、エアハルトは一計を案じた。

 非常に骨が折れたが、セイが遠征に出発する日をユーリに知られないように前倒ししたのだ。

 正しくは、ユーリには実際に出発するよりも遅い日を伝えていただけである。


 しかし、遠征には何かと準備が必要であり、それを見てユーリが勘付く可能性もあった。

 そこで、色々と偽装するために、自身の弟でもある第三騎士団の団長、アルベルトにも協力を要請した。

 見返りは、遠征に参加する騎士団として第三騎士団を推すことだ。

 もちろん、アルベルトが喜んで協力したことは言うまでもない。


 協力を要請したのはアルベルトだけではない。

 セイや、セイが所属する薬用植物研究所の所長であるヨハンにも協力を要請した。

 研究所は騎士団へポーションを卸していることもあり、遠征の準備にも深く関わっている。

 しかも、セイは魔法の訓練でユーリと会う機会が多い。

 そんなセイの口から実際の出発日が漏れる可能性は高く、セイに口止めするか、ヨハンに協力してもらい、セイにも偽の出発日を伝える必要があった。

 幸いにして、セイもヨハンもユーリの性格を非常によく理解していたため、二人共にあっさりと協力してくれることになった。

 特にヨハンは、日頃からユーリの言動に振り回されているエアハルトに対して同情していたようで、要請に快く頷いてくれた。

 誰とは言わないが、自身も色々と部下の言動の尻拭いに苦労しているからかもしれない。



「出発日が前倒しされたようだな」

「前倒し? 聞いてないんだけど」

「どのみちお前は行けないんだ。聞く必要もないだろう」

「俺、ここの長なんだけど」

「普段から事務仕事はしていないだろう。そんなお前が聞く必要があるのか?」

「っ……」



 エアハルトの指摘にユーリは口を噤む。

 ユーリ自身は地位には固執しておらず、研究できる環境さえあればよかった。

 しかし、ユーリが養子となった先の貴族家が地位に拘り、強力な後押しをした結果、ユーリは師団長となった。

 そして、元が平民で、研究以外に関心がないユーリの補佐をするために、スランタニア王国で軍部を掌握しているホーク家の次男、エアハルトが副師団長に任命された。

 ユーリが政治的な部分でお飾りの師団長であるのは周知の事実であり、ユーリ自身も納得している。

 ユーリとしては研究に専念できる環境は喜ばしいもので、それをいいことに普段から事務仕事のほとんどをエアハルトに丸投げしていた。

 普段は師団長の仕事まで行い、地位の割に苦労が多いエアハルトだったが、今回はそれを利用してユーリに出発日を隠し通せたのだから苦労が報われたというものだ。



「事務仕事はともかく、魔物の討伐には俺も行ってるんだから、討伐に関する情報は伝えてくれてもいいだろ?」

「出発日を教えたら、こっそり紛れ込むつもりだったんじゃないのか?」



 ジロリとエアハルトが睨むと、ユーリは一瞬怯んだものの、すぐに口を尖らせた。

 エアハルトの指摘が図星である証拠だった。

 それを見て、エアハルトは安堵と呆れが混ざった溜息を吐く。



「お前が遠征に参加できない理由は十分に説明したつもりだったのだが……」



 エアハルトの非難がましい視線を受けても、ユーリは不貞腐れた表情を変えることはなかった。

 そのことに、エアハルトは再度溜息を吐いたものの、今回はユーリの暴走を止められたことを良しとすることにした。

 そして、偶には事務作業もしろと、ユーリに仕事を割り振るのだった。


 そんな一悶着があった後、暫くは宮廷魔道師団でもいつも通りの日々が続いていた。

 状況が変わったのは、クラウスナー領にいるアルベルトから、王宮に定時の報告書が届いてからだった。



「やはり、クラウスナー領の魔物も大分増えていたようだな」

「はい。しかし、今のところ問題なく処理できているようです」

「黒い沼は発見されていないと……」

「そのようです。ただ、ありそうではあると報告が来ております」



 国王の問いに、宰相が答える。

 報告書が届いた翌日、エアハルトは宰相から呼び出された。

 指定された部屋には各騎士団、師団の長も集まり、一同が揃ったところで、宰相がクラウスナー領の状況について説明した。

 ユーリが不在でもないのに副師団長であるエアハルトが呼び出されたのは、ユーリよりもエアハルトが聞いた方が良い内容だったからのようだ。

 続いて伝えられた内容に、エアハルトはそう考えた。



「【聖女】様におかれましては、懸案であった術の発動が行えるようになったと報告が上がっております」

「それは喜ばしいことだな」



 セイが【聖女】の術を自身の意思によって発動できるようになったという報告に、国王の顔に笑顔が浮かぶ。

 一緒に聞いていた者達も同様だ。

 そして皆一様に、この場にユーリがいない理由を察した。


 クラウスナー領の状況の説明が終わり、宰相が「何か質問は?」と言ったところで、第二騎士団の団長、ルドルフ・アイブリンガーが手を挙げた。

 その場にいる者の視線がルドルフに集まる。



「黒い沼はまだ発見されていないとのことですが、捜索に応援は必要ないのでしょうか?」

「応援は必要ないだろう。現地の傭兵団とも連携し、領内を隈なく捜索しているようだ。黒い沼が見つかるのも時間の問題だ」



 ルドルフの質問に対し、宰相は答えた。

 声音に少しだけ呆れが含まれていたのは、ルドルフの思惑を嗅ぎ取ったからだ。


 聖属性魔法が使えることをセイが隠さなくなって以降、第二騎士団にはセイを崇拝する者が多く現れた。

 その筆頭は第二騎士団の副団長である。

 第三騎士団が遠征に同行することが決まった際、副団長が人目も憚らず膝から崩れ落ちたのは、第二騎士団では有名な話である。


 その後、副団長や騎士達が自分がいないところで呪いの言葉を吐いていたのを偶々聞いてしまったルドルフは、何とかできないかと考えていた。

 そんなところに、今回の召集が掛かったのだ。

 これを機に第二騎士団から人を出し、副団長達の鬱憤を少しでも晴らそうとルドルフが考えたのは自然である。

 誰しも、部下から呪われ続けたくはない。

 そんなルドルフの思惑など、第二騎士団の団長、副団長のことをよく知っている宰相には筒抜けであった。



「急いで探す必要もないと?」

「【聖女】様が向かったことで魔物の湧きも抑えられているようだし、これ以上人手を出してまで急ぐ必要もない」

「黒い沼周辺には多くの魔物がいると聞いていますが、人員を増やす必要は?」

「今回同行した第三騎士団は、実際に西の森で沼に対峙したこともある。危険なことには違いないが、西の森での経験を生かして今の人数でもうまくやるだろう」



 にべもなく断る宰相にルドルフの眉尻が下がる。

 宰相としても、クラウスナー領に必要以上の人員を割きたいとは思っていない。

 王宮から人を派遣すれば、それだけ資源も色々と必要になるからだ。

 結局、現状を維持したまま推移を見守るということで、会議は終了した。


 会議から数日後、エアハルトは胸騒ぎを覚えた。

 胸騒ぎがしたのは、朝からユーリの姿を見ていないことに気付いたときだった。

 普段であれば、演習場にでも籠っているのだろうと気にもしないのだが、その日は何故か嫌な予感がした。

 近くにいた宮廷魔道師の一人に演習場に行き、ユーリを探すように言うと、自分自身も魔道師達が詰める部屋へと向かった。


 部屋の中を見回し、ユーリがいないことを確認する。

 魔道師達にユーリを見なかったかと問えば、一人から驚くべき答えが返ってきた。



「討伐に向かっただと?」

「は、はい」

「一人でか?」

「いえ、他の者も何人か連れて行ったようです」



 魔道師からの回答を聞き、エアハルトの眉間に皺が寄る。

 魔法の技術を維持するため、ユーリが一人で近隣の森へと討伐に出かけるのは割とよくあることだ。

 けれども、他の者と連れ立って行くことなど滅多にない。

 続けて、連れていかれた者達の名前を聞いて、エアハルトの表情が更に厳しいものになる。

 ユーリが連れて行った者達の中にアイラの名前が入っていたからだ。


 ユーリは否定しているが公になっていないこともあり、セイと共に喚び出されたアイラもまた【聖女】かもしれないと、特別視する者は存在する。

 そのような者達は、アイラが宮廷魔道師団に配属されたのも、【聖女】としての能力を伸ばすためだと考えている。

 だからという訳でもないが、アイラは宮廷魔道師団の中にいても少しだけ特別扱いされていた。


 ユーリの普段にない行動に、周りで見ていた者も気にはなったらしい。

 しかし、人員の中にアイラが入っていたことで、何か特別な理由でもあるのだろうと思い、止めることもなかったようだ。

 話を聞いたエアハルトは、頭痛を堪えるように額に手を当てた。


 そこに第二騎士団の団長であるルドルフが駆け込んで来た。

 慌てた様子のルドルフに、部屋の中にいた魔道師達の視線が集中する。

 険しい顔をしたルドルフは入口で息を整えると、エアハルトの近くまで大股で歩いてきた。

 膨らむ嫌な予感に、エアハルトは目を眇め、ルドルフを見る。



「何がありました?」

「うちの騎士達が宮廷魔道師達と共に討伐に向かったそうだ」

「討伐に?」

「あぁ、西の森で大型の魔物が出たという話で出掛けたようだが、違うようだ」

「違うとは?」

「どうもクラウスナー領に向かったらしい」



 出てきた地名に、エアハルトのこめかみに青筋が浮かんだ。

 近くにいた魔道師達がそれに気付き、そっと距離を取る。


 十中八九、ユーリがやらかしたのだとエアハルトは考えたのだが、ルドルフはそう考えてはいなかった。

 第二騎士団からいなくなったのは、セイに付いて遠征に行きたがっていた者達ばかりだったからだ。

 騎士達が今回の件を計画し、王都周辺の通常の討伐だとカモフラージュするために宮廷魔道師達も連れて行ったのだろうというのが、ルドルフの予想だった。

 公になれば計画した者は懲戒間違いなしではあるが、実行に至るに、受ける懲罰よりもセイを優先したのだろう。

 まこと、信仰とは恐ろしい。

 ちなみに、副団長は置いて行かれたようである。

 副団長を含めると、色々な意味で更に大事になると騎士達が考えたからかどうかは、定かではない。



「そちらを巻き込んでしまい、申し訳ない」

「いえ、巻き込んだのはこちらかもしれません」

「どういうことだ?」

「うちの師団長も現在所在が分からないのです」



 エアハルトの言葉に、ルドルフは口を開けたまま固まったが、すぐに我に返ると、宰相の元に報告に向かうことを提案した。

 事が事だけに、急いだ方がいいと言うルドルフに、エアハルトは神妙に頷いた。

 そして、二人揃って、足早に宮廷魔道師団の隊舎を後にした。


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