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森の奥に進むにつれて、出てくる魔物の種類が変わってきた。
食虫植物によく似た魔物が減り、茸によく似た魔物が出てくるようになった。
茸と言っても毒々しい色合いのものが多くて、食べられないこと間違いなしだ。
見た目からの予想通り、茸の魔物も状態異常になる攻撃を仕掛けてくる。
吐き出された胞子を被った騎士さん達が、毒を受けたり、麻痺したりしていた。
まだ見ていないけど、皮膚に付くと火傷を負う胞子を吐き出すものもいるらしい。
状態異常を受ける度に解除しながら、慎重に歩みを進めた。
どれくらい進んだだろうか。
先頭を歩いていた騎士さんが、私の隣を歩いていた団長さんを呼んだ。
一瞬こちらを見た団長さんに、大丈夫だというように頷くと、団長さんは前の方に急ぎ足で移動した。
「どうしたんでしょうか?」
「ここからでは分かりませんが、緊急を要するような感じではありませんね」
傍にいた宮廷魔道師さんに問いかけてみたけど、何があったのかは分からなかった。
ここで待っていてもいいけど、気になるし、前に行って聞いてみようかしら。
団長さんを見ると、前方で数名の騎士さん達と難しい顔で話し込んでいるくらいで、特に慌てている様子でもないから、前に行っても大丈夫だろう。
「何かあったんですか?」
前に行って団長さんに声をかけると、団長さんは難しい表情をしたままこちらを見た。
一緒にいる騎士さんの表情も似たような感じだ。
何か問題が発生したのは確かなようだ。
「ちょっと、厄介な魔物の痕跡を見つけてな」
「厄介な魔物ですか?」
「あぁ」
痕跡と聞いて、騎士さんが見ている方向を見ると、土の上に倒木が横たわっていた。
森の中は資源を取るために人の手が入っているけど、倒木なんて珍しくもない。
これがどうしたのかと首を傾げれば、騎士さんが倒木の一部を指差した。
んん?
目を凝らしてよく見ると、少しテラテラとした部分がある。
何だろう?
ナメクジが這った跡?
「何ですか、これ?」
「これはスライムの捕食跡なんです」
「スライム!」
脳内に浮かぶのは、とある有名なRPGに出てくる青い雫型の魔物。
ここまで、動物型の魔物に始まり、食虫植物、茸と、奥に行けば行くほど植物型の魔物が増えてきたことから、次は粘菌かなんて思っていたけど、まさかのスライム。
粘菌とスライムは似ているから、あながち予想は間違っていた訳ではないのかな?
暢気にそんなことを考えていたけど、団長さん達の話を聞いていくうちに、こちらの世界のスライムは、あのゲームに出てくるような低レベルのかわいらしい魔物ではないことが分かった。
倒すのが面倒なので、なるべくなら遭遇したくない魔物の一種らしい。
スライムと言えばよく聞く話で、物理攻撃がほとんど効かないそうなのだ。
「魔法だったら効くんですか?」
「そうだな。大抵のスライムは魔法で倒すことが多い」
物理が効かないなら魔法で倒せばいいじゃない、なんていう昔の友人の言葉が脳内に甦った。
思わず噴き出しそうになったのを何とか堪えつつ、考える。
今一緒にいる人達は騎士さんが多い。
宮廷魔道師さんもいるけど、魔法が使える団長さんと私がいることもあって、この班には一人しかいない。
元々、宮廷魔道師さんの人数が少ないのもあって、一つの班に一人から三人の宮廷魔道師さんがいるくらいなのよね。
騎士さんの中には魔法が使える人もいるけど、そういう人は騎士団全体で見ても極々少数だ。
それに、当然ながら、騎士さん達の魔法の実力は宮廷魔道師さんには及ばないらしい。
スライムが一、二匹出る程度であれば、この班の構成でも問題なく対応できるだろう。
けれども、西の森のときのように次から次に来てしまったら……?
対処するのは厳しいと思う。
【聖女】の術で一掃することはできるかもしれないけど、一抹の不安がある。
術の行使に慣れていないから、緊急時にタイミングよく発動できるか分からない。
今の状態で魔法攻撃の一手として換算するのは、無謀だろう。
「魔法攻撃でしか倒せないとなると、この班の構成だと不安ですね」
「そうだな。数匹ならともかく、何十体も出てこられたら対応できないからな」
「奥に向かうのはここまでにして、引き返しますか?」
「……いや、もう少し先に進んでみよう。奥の様子が見てみたい」
私が考え付く程度のことは団長さんも考え付いたようだ。
しかし、リスクを考えた上で、奥の様子を探ることを優先したようだ。
もちろん、対処が難しいほどスライムが出た場合は撤退するのを前提に。
そうして進んでいくうちに、何度かスライムに遭遇した。
一度に出会う数は多くなく、団長さんと宮廷魔道師さんの魔法で倒すことができたのは幸いだった。
攻撃には参加しなかったけど、私にも出番はあった。
スライムも茸の魔物と同じように状態異常になる攻撃を仕掛けてきたので、せっせと状態異常を解除して回ったわ。
何度目かのスライムとの戦闘を終え、ふと辺りを見回すと、森の景色が変わっていることに気が付いた。
足元に生えていた下草が少なくなり、所々に露出した地面が見えていたのだ。
こんなに下草少なかったっけ? 気のせいか?
そう思ったけど、気のせいではなかった。
一度気付いてしまえば気になるもので、そこからは注意深く森の様子を見るようになった。
次に気付いたのは、立ち枯れている木が増えたことだった。
外的要因によって木が立ち枯れることはあるけど、これは多くない?
元の世界では酸性雨によって木が立ち枯れることが問題になっていたけど、ここでも降ったとか?
いやいや……。
それにしては、立ち枯れている木が疎ら過ぎる。
「どうした?」
「森の様子が何だか変だと思いまして」
「やはり……。私も雰囲気が変わったような気はしてたんだ」
「下草もなくなりましたし、立ち枯れている木が増えましたよね」
団長さんは少し考えた後、騎士さん達に近くにある立ち枯れた木を調べるように指示した。
調べ始めた騎士さん達はすぐに「うわっ」とか「あー」とか声を上げた。
「何があった?」
「これ見てくださいよ。多分、枯れてるやつはスライムにやられたみたいですね」
団長さんと一緒に騎士さんが指差す場所を見れば、幹の地面から程近い部分に不自然な穴が開いていた。
向こう側には突き抜けていなかったけど、穴の奥行きはかなり深い。
しかも、穴は縦方向にも伸びていた。
外側は残っているけど、木の中はほぼ空洞かもしれない。
穴の入り口に、先程の倒木にあったのと同じようなテラテラとした跡があるということは、スライムが食べたということだろうか?
もしかして、周りにある他の立ち枯れた木も同じように食い荒らされているのかしら?
「こっちの木にも跡があります」
「こっちもだ」
同じような他の木を見て回っていた騎士さん達から、次々と声が上がる。
今まで気付かなかっただけで、道中の枯れ木も恐らく同じ理由で枯れてしまったのだろう。
「団長、どうしますか? まだ、進みますか?」
騎士さんからの問いに、団長さんは顎に手を当てて考え込んだ。
奥に進むにつれて増えていくスライムと枯れ木に、嫌な予感しかしないのだけど、奥がどれほど酷いことになっているかを確かめたい気持ちもある。
私が考えていたのを感じ取ったのかは分からないけど、考え込んでいた団長さんがチラリと視線を私に向けた。
その視線にどういう意図があったのかは分からないけど、奥に進みたい気持ちを込めて頷いて返す。
気持ちはちゃんと伝わったらしく、団長さんは騎士さん達に更に奥に進むことを告げ、私達は再び歩き始めた。
予感した通り、奥に進むごとに枯れ木は増え、景色はより殺風景なものに変化していった。
途中、まだ葉のある木の上からスライムが降ってくることもあり、非常に驚かされた。
しかも、落ちてきたのは私のすぐそばで、悲鳴こそ上げなかったものの、その後何とも言えない気持ち悪さを感じて、思わずその場で両腕を擦りながら地団駄を踏んでしまったくらいだ。
それを眉尻を下げた、微妙に困ったような表情の団長さんに見られていたのは、気付かなかったことにする。
上から降ってくるなんて、中々に威力が高い攻撃だったわ……。
「そろそろ戻るか」
背筋を這い上る悪寒が収まった頃、団長さんが口を開いた。
スライムに驚かされたのを機に、一度引き返すことにしたらしい。
今回は森近くの村に泊まる予定だったため、比較的長く森にいられる。
けれども、そろそろ戻り始めなければ、スライムが出る森の中で夜を明かす羽目になるだろう。
交代で見張りが立てられるとはいえ、村の中で休むよりも危険度が高いことは間違いない。
騎士さん達も同じ考えのようで、一様に団長さんの言葉に頷いた。
皆の意見がまとまったところで、私達は元来た方に向きを変えて森の中を進み始めた。
幾ばくも歩かないうちに、団長さんの顔が険しいものに変わった。
「どうしました?」
「静かに」
周りの騎士さん達も立ち止まり、雰囲気も緊張したものに変わる。
魔物がいるのだろうか?
息を潜め耳を澄ますと、時折風が木々の葉を揺らす音が聞こえる。
「出たぞ!」
「なっ!」
一人の騎士さんが声を上げ、そちらに向いた私達が見たものは、枯れ木に開いた複数の洞から溢れるように滲み出てきたスライムだった。
他の騎士さんが驚いた声を上げたのも無理はない。
樹液のように木を伝い落ちていくスライムは、今まで見た物よりも数倍は大きかったのだから。
皆がそのスライムに注目していると、周囲を見回した騎士さんがヒュッと息を呑む音が聞こえた。
視線を巡らせると、あちらこちらの枯れ木から同じようにスライムが滲み出てくるのが見えた。
大きさもだけど、一度に出てきた数としても最大規模だ。
隣に立つ宮廷魔道師さんを見ると顔色が悪く、厳しい状況だということが分かった。
「『アイスウォール』」
団長さんの詠唱と共に氷の壁が築かれる。
詠唱は何度か続き、正面を残して、私たちの周りが氷の壁に覆われる。
「そのうち侵食されるだろうが、無いよりはマシだろう」
「多少なりとも後ろを気にしなくて済みますからね」
団長さんの説明を補足するように、騎士さんが言葉を重ねる。
周囲360度を囲まれている状況を緩和するための壁だったようだ。
そして準備が整ったところで、戦闘が始まった。
スライムに攻撃をするのは、もっぱら団長さんと宮廷魔道師さんだ。
騎士さん達は近寄ってくるスライムを牽制し、一定の距離より近付かせないようにしている。
私も状態異常を解除したり、回復魔法を掛けたりしていた。
今までよりも戦闘は長い時間続き、周囲に築かれた氷の壁も徐々に侵食され、穴が開きそうになっている箇所が出てきた。
それを見て、戦闘の合間に団長さんが『アイスウォール』を唱えて、氷の壁を再構築する。
今の魔法でMPが枯渇しそうになったようで、団長さんはウエストポーチからMPポーションを取り出して呷った。
騎士団の団長と言えども、宮廷魔道師さんよりMPが少ないらしく、団長さんがポーションを飲む頻度は高い。
たとえ基礎レベルが10以上離れていても、騎士と魔道師では最大MPの量がかなり違うようだ。
それなりの量を用意していたとはいえ、いつかはポーションも枯渇する。
それにも関わらず、倒しても倒しても、周りにいるスライムは減っているように感じない。
これ、奥から追加が来てません?
ジリ貧の予想に、思わず天を仰ぐ。
あれ?
頭上にある枝が太陽の光を反射して煌めいたような気がして、目を凝らす。
気のせいかと思ったけど、気のせいではなかった。
何本もの枝に、スライムがまとわり付いていた。
この先の展開を予想できてしまい、顔から血の気が引いた。
「上からも来ています!」
声を張り上げれば、団長さんが上を見上げ、目を瞠った。
声が合図になってしまったのか、団長さんの上へと次から次へとスライムが降ってくる。
危ないと思ったと同時に、魔力が湧き上がるのを感じた。
咄嗟に、周囲を囲むスライムを浄化するように【聖女】の術を発動させる。
慌てていたせいもあり、効果範囲は狭い。
けれども、取り敢えず頭上のスライムと周囲五メートルほどのスライムが消えた。
「セイ、もう一度行けるか?」
「やります!」
「あちらの方角に道を開けることはできるか?」
「できます!」
「よし、撤退するぞ!」
幸いにも、もう一度術を発動することは可能そうだ。
団長さんが声をかけると、前に出ていた騎士さん達が後ろに戻ってくる。
その間に少し溜めて、団長さんに言われた方角に直線方向に術を発動すれば、線上にいたスライムが消えて、道が開けた。
道が塞がれる前に急いで走り抜け、私達は何とか包囲網を抜け出すことができた。
あと数時間で今年も終わりですね。
今年も一年、温かく応援してくださり、本当にありがとうございました。
小説三巻も大変お待たせいたしました。
年内に何とかお届けすることができ、ほっとしております。
四巻はもう少し早くお届けできるよう頑張りたいと思います。
来年もよろしくお願いいたします。