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 日々の仕事に討伐が加わってから、のんびりとしていた生活は慌ただしいものに変化した。

 何せ使える時間に対して、やることが多い。

 それでも日本にいた頃よりもマシだと思ってしまうってことは、元の職場は相当ブラックだったということだろうか?

 私が仕事中毒(ワーカホリック)だという訳ではないと思いたい。


 討伐には朝から出向くので、騎士団で使うポーションの準備はお城に帰ってから、夕食後に行っている。

 日が落ちて暗い部屋で、蝋燭の灯りを頼りにポーションの鍋をかき混ぜていると、すっかり魔女の気分だ。

 一度、コリンナさんにその様子を見られて、こんな時間まで働いているのかと、とても呆れられた。


 ポーションを作った後はお風呂に入って寝るだけだ。

 そして、朝早く起きて、討伐に行く準備をしたら、出発前に薬草畑に向かう。

 そう、【聖女】の術を掛けた、あの植木鉢の様子を見るために。



「あ!」



 その日見た植木鉢は、いつもとは様子が違った。

 平らだった表土が少しだけ盛り上がっていたのだ。



「様子はどうだい?」

「見てください! 芽が出てきたみたいですよ!」

「何だって!」



 掛けられた声に振り返ると、コリンナさんがいた。

 コリンナさんも植木鉢の様子が気になって、ここに来るのが日課になっている。

 芽が出たことが嬉しくて、振り返りざまに伝えれば、コリンナさんも興奮した様子で植木鉢を覗き込んだ。



「出たね……」

「出ましたよ!」



 顔を突き合わせて確認するように口に出せば、示し合わせた訳でもないのに同時に笑みが浮かんだ。

 その後は爆発した感情を抑えきれないように、二人で歓声を上げた。


 そのまま薬草を見ていたかったけど、残念なことに討伐に向かう時間が来てしまった。

 芽は出たものの、この後も順調に育ってくれるかは分からない。

 きちんと育つまでは再度様子を見て、その後のことは討伐から戻って来てから相談しようということになり、コリンナさんと別れた。

 蒸留室に戻るコリンナさんの後ろ姿が、スキップでもしそうな雰囲気だったのは、恐らく気のせいじゃないだろう。






「機嫌が良さそうだな。何かいいことでもあったのか?」



 昼休憩の際に、団長さんにそう声を掛けられた。

 (コリンナさん)のことは言えないらしい。

 私も鼻歌でも歌いそうな雰囲気を醸し出していたようだ。



「この間種を蒔いた薬草が芽を出したんです」

「薬草?」

「はい。育てるのが難しい種類のものだったので、無事に芽が出てくれたことが嬉しくて」

「なるほどな」



 理由を告げれば、納得したように団長さんが笑う。

 詳しい話をした方がいいのかもしれないけど、領主様とコリンナさんしか知らない情報も含まれるので、この場では当たり障りのない内容だけを伝えた。



「その薬草は研究所でも育てていたのか?」

「えーっと、多分育てていなかったと思います」

「なら、研究所に新しい薬草が増えるのか」



 研究所では様々な薬草を育てているけど、今回芽が出た薬草は育てていない。

 何せ、栽培するには祝福が必要だからね。

 とはいえ、栽培条件を説明する訳にもいかないので曖昧に答えると、団長さんから思ってもみなかったことを言われた。


 研究所で育てるか……。

 確かに、研究所の畑を祝福すれば、栽培条件は満たせるかもしれない。

 まだ実験途中だけど、上手く育ったら研究所でも育てていいか、コリンナさんに確認してみよう。



「そうですね。まだちゃんと育つか分からないんですけど……」

「ヨハンにも協力してもらうといい」

「所長に、ですか?」

「あいつは植物を育てるのが上手いからな」

「あぁ」



 言われて思い出したけど、所長は土属性魔法が使える。

 土属性魔法には薬草を育てるのに都合のいい魔法がいくつかあり、所長はその魔法を駆使して栽培が難しいと言われている薬草を研究所で育てていた。

 今朝、芽が出た薬草が上手く育たなかったとしても、所長に協力してもらえれば、育てることができるかもしれない。

 結果がどうであれ、研究所で実験が継続できるようコリンナさんには相談してみよう。


 今後の方針を心の中で決めていると、休憩時間の終わりが来た。

 あれ? もう? と思うけど、仕方がない。

 討伐は領都の近くから始まり、徐々に遠くへと行くようになった。

 領都から離れるほどに出没する魔物はどんどんと強くなり、それに伴って休憩時間が取りにくくなっているのだ。

 そのせいで、短い時間の休憩をこまめに取ることを余儀なくされている。

 今はまだ昼食を現地で用意することができているけど、そのうち難しくなるかもしれない。

 現地で用意できないとなると、お弁当を持ってくることになるのかな?

 ぼんやりと考えながら、後片付けをし、午後の討伐に向かった。



「出たな」



 薬草の芽が、ではない。

 出たのは魔物だ。

 先頭を歩いていた騎士さんの合図を見て、隣にいた団長さんが小声で呟いた。

 周囲を警戒しながら歩いていた騎士さん達だけど、魔物に遭遇した途端に纏う空気が更に張り詰めたものに変わる。

 私も即座に支援できるように、魔物を注視した。


 出てきたのは植物の魔物で、ウツボカズラによく似ている。

 魔物らしく、本物のウツボカズラにはない触手を持っていて、ウネウネと動かしていた。

 触手に捕まってしまうと大変なのかもしれないけど、騎士さん達はスルリと躱して攻撃を仕掛ける。

 そして、巧みな連携プレイであっさりと倒した。

 今回は誰も怪我をしなかったことに、胸を撫で下ろす。

 日頃の訓練の成果が遺憾なく発揮されているようだ。



「お疲れ様です。余裕ですね」

「まだな。だが、徐々に魔物の強さが上がっているから油断はできない」



 真面目な表情で語る団長さんに頷いて返す。

 今のところ、騎士さん達の方に分があるけど、いつ魔物の方に天秤が傾くかは分からない。

 油断大敵とも言うし、気は抜かない方が良いだろう。

 実際に戦闘にかかる時間も少しずつ伸びているしね。



「魔物が出てくる頻度も上がっているような気がします」

「そうだな。もしかしたら、この奥にあるのかもしれない」



 進行方向を目を眇めて見る団長さんの言葉に、頷いて返す。

 団長さんははっきりと「何が」あると言わなかったけど、予想していることは同じだろう。

 奥に行くにつれて魔物が強くなるのも、遭遇する頻度が上がるのも、西の森で一度経験しているもの。

 ありそうよね、黒い沼。


 予想がついているからか、あったとしても対処の仕方が分かっているからか、西の森のときほど緊張はしていない。

 周りもしかり。

 魔物が多くなるから、怪我をしないように気は引き締めるけど、不安は感じていない。

 沼があったらあったで、【聖女】の術を発動させればいいだけだろうしね。

 失敗したらどうしようという考えがチラリと過ぎるけど、それは胸の奥にしまい込んだ。


 もう一つ問題があるとすれば、黒い沼周辺の魔物だろう。

 沼から魔物が沸くとあって、周辺にいる魔物の数は非常に多いことが予想される。

 西の森でもそうだった。

 あの密集度合いは、ダンジョンで魔物が多い部屋、所謂モンスターハウスに匹敵するんじゃないかな。

 森の中なので、閉鎖空間であるモンスターハウスよりはマシかもしれないけど、密集している魔物を相手にするのはとても危険だ。

 次から次へと襲ってくる魔物に対処するのに、戦闘狂っぽい師団長さまですら苦労していた。

 もっとも彼の場合、森の中だったせいで広範囲に影響が出る大きな魔法を使えなかったことも、苦労していた理由の一つかもしれない。

 あのとき、「あーもうっ! いっそ全部燃やしたい!」とかなんとか、それっぽい愚痴を言っていたのを聞いたような気がするもの。


 事態が想像したよりも悪い方に進んでいたことが分かるのは、この後すぐのことだった。

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