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59 準備

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 お昼休憩用の場所までは、順調に進んだ。

 ここまでに何回か魔物にも遭遇したけど、レオさんや団長さんがあっという間に倒してしまった。

 私は戦闘終了後に軽く『ヒール』を掛けていたくらいで、のんびりとしたものだった。

 もっとも、南の森のときと同様に、他の班が遭遇した回数はもっと多かったらしい。

 ちなみに、魔物の強さは王都西のゴーシュの森より、少し強かった気がする。


 お昼休憩の場所は森の中でも少し開けた場所だった。

 傭兵さん達が森の中に討伐に来ていた頃に休憩場所として使っていた場所でもあるらしい。

 出発前の予定で、森の中に散っていた別の班とも、ここで落ち合い、お昼休憩を取ることになっていた。


 公での料理は所長から禁じられているけど、大半は第三騎士団の人達だし、お手伝いするくらいならいいよね?

 今回は魔法で支援もするし、何か聞かれたら魔法のせいにしましょう。

 そうしましょう。

 という訳で、昼食の準備を手伝うことにした。



「何やってるんだ?」

「何って、料理ですけど」



 皆に配るスープを作っているとレオさんが寄って来た。

 なんだろう、前にもこんなことがあった気がする。



「料理って……、あんた【聖女】だよな?」

「はい」



【聖女】ですが、何か?

 何を言いたいのだろうと不思議に思っていると、微妙な表情で暫く私を見ていたレオさんは、徐に口を開いた。



「【聖女】っていうのは、もっとこう敬われて、かしずかれているもんじゃないのか?」

「そうなんですか? 前から、こんな感じですけど」

「前からって、おかしいだろ」

「おかしいですか?」



 レオさんの言うとおり、この国における【聖女】の地位を考えれば、敬われたり、かしずかれたりするのは当然だろう。

 分かってはいるけど、すっとぼけた。

 だって、第三騎士団の人達みたいに接してもらえる方が気が楽だもの。

 レオさんも知ってるだろうに。


 それに、料理はいい気分転換になるのよね。

【聖女】としてクラウスナー領に来ているから、ここ暫くは自重していた。

 他人様のお城で、頻繁に厨房貸してくださいって言うのも変だし。

 でも、討伐中の食事の用意なら気兼ねなくできる。

 周りは見知った人たちばかりだしね。

 そんな、せっかくの機会を逃すはずがない。



「いい匂いだな」

「あ、ホーク様」



 鍋をかき混ぜながらレオさんと話していると、団長さんもやって来た。

 匂いにつられたらしい。

 ますます、既視感が強まる。

 団長さんはレオさんとは反対の位置に陣取ると、鍋の中を覗き込んだ。



「前にも作ってくれたスープか?」

「はい。騎士さん達に聞いたら、これがいいって仰る方が多くて」

「あいつら……」



 騎士さん達からのリクエストであることを伝えると、団長さんは額に手を添え、頭痛を耐えるように項垂れた。

 リクエストとは言ったものの、この干し肉と野菜のスープは討伐時の定番らしい。

 騎士団付きの従僕さんが言っていた。



「おいおい、薬草を入れるのか?」

「はい、風味がよくなって美味しくなるんですよ」

「あぁ、彼女の料理は絶品だぞ」



 話しながらオレガノやタイム等をスープに入れると、案の定レオさんからツッコミが入った。

 このスープ、HPの自然回復量が上がったりするんだけど、その効能については触れない。

 団長さんも分かっているのか、味についてのみ言及した。

 いやでも、絶品ってちょっと褒め過ぎじゃありませんか?


 さて、スープは完成したので、後はメインかな。

 振り返れば、騎士団の料理番の人達が何かの肉を調理しているところが見えた。

 適当に塩を振って、用意してあったハーブバターで焼くようだ。


 それにしても、一体、何のお肉だろう?

 え? 途中で出た猪を傭兵さん達が狩ったの?

 割といつものこと?

 予想に違わず、傭兵さん達はワイルドだった。


 滞りなく準備が終わり、従僕さん達ができあがった料理を騎士さん達に配布する。

 あちらこちらから美味しいという声が上がったのを確認して、ほっと一息ついた。

 レオさんもうまい、うまいと言いながら掻き込んでいたし、団長さんからもキラキラの笑顔と共に美味しいとのお褒めの言葉をいただいた。

 良かった。

 そうして昼食を終えれば、討伐の再開だ。



「『エリアプロテクション』」



 地面に魔法陣が広がり、辺り一面に金色の粒子が舞う白い靄が薄くかかる。

 それぞれの班が出発する前に、騎士さん達に支援魔法を掛けたのだ。

 今掛けた『エリアプロテクション』は物理攻撃や魔法攻撃に対する防御力を上げる範囲魔法だ。

 騎士さん達は見慣れたものだけど、傭兵さん達は初めて見た魔法に大騒ぎをしている。

 レオさんも例外ではない。



「お、すげー、防御力が上がってやがる」

「支援魔法を受けるのは初めてなんですか?」

「あぁ。魔道師なんて滅多にいないからな。しかも、範囲魔法を使える奴なんてまずいない」

「あー、それもそうですね」

「だろ?」



 言われてみれば、納得。

 個別に掛ける魔法よりも範囲指定で掛ける魔法の方が難易度が高いという話だし。



「しかも、これだけの人数に一度に掛けられる魔道師となると皆無だな」

「え? そうなんですか?」

「あぁ、魔法スキルのレベルが上がると、魔法の効果範囲と効果持続時間が上昇するが、ここまでとなるとな」



 隣に立つ団長さんが感心したように補足してくれた。

 なんかそんなことを師団長様も言っていた気がする。

 すっかり忘れてたけど。

 ここに師団長様がいたら、いい笑顔で怒られてたわね。

 そして後が怖いのよ。

 以前のことを思い出して、背筋に寒気が走った。

 危ない、危ない。


 支援魔法を掛け終えれば準備は完了ということで、再び複数の班に分かれて森の中を歩く。

 森の奥に進むにつれて、魔物と遭遇する回数が増えた。

 西の森よりも強いとはいえ、対する騎士さん達にはまだ余裕がある。

 見事な連携で次々と魔物を屠っていった。


 私はというと、相変わらず『ヒール』係だ。

【聖女】の術を使わないのは、決して発動条件のせいではない。

 団長さんと協議の上、温存しているだけである。

 そう、恥ずかしいからという訳ではないわよ?



「あれ?」

「どうした?」

「いえ、初めて見る魔物だと思いまして」

「あれは王都周辺にはいないからな。毒を持ってる魔物だ」



 先頭を歩いていた傭兵さんから止まるように合図が送られたので、足を止めた。

 何事かと騎士さん達の間から前を見れば、初めて見る魔物がいた。

 薬草の産地らしいというか、出てきた魔物は食虫植物によく似た形をしている。

 巨大なモウセンゴケがウネウネと動いている様は、ちょっと気持ち悪い。

 幸いなことに、今まで見てきた魔物とは違って、その場からは動かないようだ。

 これで動き回られていたら、気持ち悪さが増すのは間違いない。


 団長さんの話では毒を持っているらしいけど、もしかして状態異常になる人が出たりするのかしら?

 そんなことを考えていると、戦闘が始まった。

 騎士さん達が戦うのを見ていると、モウセンゴケの茎が大きく後ろに反り返り、勢いをつけて前に倒れた。

 その動作に合わせて、葉の先端についていた玉のような水滴が騎士さん達に向かって飛んでくる。

 ほとんどの人が避けたけれど、避けきれずに水滴を受けてしまった人からジュッと肉を焼くような音が聞こえた。

 水滴は毒液だったようだ。


 肉の焼ける音に驚いたのは私だけで、他の人達は変わらない様子で戦闘を続ける。

 受けた人も冷静に「毒だ」と声を上げ、その声に合わせて、一緒にいた魔道師さんが状態異常を回復する魔法を唱えた。

 やっぱり、魔法ってすごい。

 状態異常もあっという間に解除してしまった。


 戦闘自体はあっさりと終了し、『ヒール』で回復した後は再び足を進めた。

 先程戦闘した辺りから分布する魔物の種類が変わったみたいで、モウセンゴケの魔物によく出くわすようになった。

 モウセンゴケは毎回毒液を飛ばす訳ではないようだ。

 戦闘の度に状態異常になる人が出てもいいように構えていたけど、魔法が必要となる場面はなかった。


 けれども、気を抜いたときが危ないというのは正しいみたい。

 何度目かの遭遇で、モウセンゴケが大きく振りかぶった。

 咄嗟に魔力を周囲に放出し、状態異常を解除する魔法の準備を行う。



「『エリアピュリフィケーション』」



 何人が状態異常に掛かるか分からなかったので、面倒なこともあって範囲魔法にしてみた。

 タイミングは合ったようで、状態異常になるのとほぼ同時に解除することができたようだ。

 あまりにも上手くいったので、騎士さん達がちょっと驚いている。


 就職する前にやっていたオンラインゲームは、複数の人と一緒に遊べるものだった。

 ゲームの中で、何人かとグループを作って今と同じように魔物を討伐していたのだけど、そのときに他の人から教わったことがある。

 魔物の動作を見て、前もって使う魔法の準備をしろと。


 ゲームでは、魔物が状態異常を起こすスキルを使う際には、いつも決まった動作を取っていたのよね。

 魔物の動きを見ていれば、次にどんな攻撃が来て、どんな状態異常になるかが分かったのよ。

 ただ、状態異常を解除する魔法には発動までに時間がかかるものもあった。

 その魔法を使って、攻撃を受けた直後に状態異常を解除しようとするならば、魔物の動きと合わせて、前もって魔法を使い始めなければいけなかったのだ。


 一緒に遊んでいた人達が即座に状態異常を解除して欲しがったのもあって、いつしか、魔物の動きと合わせて魔法を使う癖が付いていた。

 解除が遅いと苦情が出るという、ちょっとスパルタなグループだったせいもある。

 そのせいで、今回も魔物の動きに合わせて『エリアピュリフィケーション』の準備を始めてしまった。

 エリア系の魔法は周囲に魔力を放出する必要があるから、発動までに時間が掛かるしね。



「おぉ! すげー!」

「流石、優秀だな。これもドレヴェス殿の教えか?」

「そう……ですね。ありがとうございます」



 魔物の動作から判断して、即座に状態異常を解除したことにレオさんも感嘆の声を上げた。

 団長さんからも褒めてもらえたけど、師団長様から教わった訳ではないのよね。

 もっとも、ゲームで鍛えたなんて言っても団長さんには通じなさそうなので、師団長様から教えてもらったということにしておいた。

 まだ教わっていないってだけで、いずれ教わりそうだしね。

 師団長様って、効率を重視しているっぽいもの。


 こうして予定していたところまで進み、今日の討伐は(つつが)なく終わった。


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