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57 心配

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 朝日が昇って少し経った頃、蒸留室にはカチャカチャと器具の音だけが広がる。

 時折、薬師さん達の話し声も聞こえるけど、基本的に作業中は皆静かだ。

 例に漏れず、私も黙々とポーションを作っていた。


 団長さんから話を聞いてから数日経ち、いよいよ明日から本格的に魔物の討伐が始まる。

 私も一緒に行くとはいえ、全くポーションがいらなくなるという訳ではない。

 備えあれば憂いなしということで、いつもどおりポーションも持っていく。

 そのための準備をしていたのだ。



「噂に聞いてはいたが、あんた、ほんとに規格外なんだな」



 後ろから掛けられた声に驚き、思わず体が震える。

 呆れたような声に振り返ると、声の調子そのままの表情を浮かべたレオさんが立っていた。

 いつの間に来たのかしら?

 レオさんが蒸留室に来るときには、いつも派手な音を立てているイメージがあるのだけど、今日はその音に気付かなかった。

 周囲の音が聞こえないくらい、作業に没頭してしまっていたようだ。

 それはさておき、気になる一言があった。



「噂ですか?」

「あぁ。新しく来た薬師は大量のポーションが作れるってな」



 いつかと同じような視線が、机の上に並んでいるポーションに注がれる。

 具体的にはジュードとか、所長とか、コリンナさんとかと同じ類の視線だ。



「それはどこからの噂ですか?」

「もちろん出元は蒸留室ここだな。あと、うちの奴らか」

「傭兵さんも?」

「いつもここにポーションを取りに来るだろう? そのときに、あんたが作ってるところを見てた奴がいたんだ」



 傭兵さん達にも見られていたらしい。

 特に見られないように気をつけていた訳じゃないけど、何となくやってしまった感がある。

 思わず半目になると、何を勘違いしたか、レオさんは慌てて口を開いた。



「あ……、申し訳ありません。口の利き方に気を付けます」

「えっ?」

「あれ? 違うのか?」

「何がですか?」

「いや、【聖女】様に対して口の利き方がなっていないって思われていた訳じゃ……」

「思っていません。普通に話していただいて構いませんよ。むしろ、変えられる方が困ります」



 突然口調を変えるから何事かと思えば、レオさんは私が【聖女】であるということを思い出したらしい。

 そして、私が半目になったことで、レオさんの態度が悪いことに私が気分を害したのかと勘違いしたようだ。

 全くの見当違いだ。

 最初からならともかく、途中から改められるのは、ちょっとね……。

 態度が砕けるならともかく、畏まられてしまうと、何だか距離を置かれた気がしてしまって、少し心が痛い。



「そうか。なら、今まで通りにさせてもらうわ」

「お願いします」

「いや、俺としても、そちらの方が助かる。どうも敬語ってやつが苦手でな」



 そう言うと、レオさんはニッと口を広げて笑った。

 釣られて私の顔にも笑みが浮かんだ。

 今まで通りに接してもらえることにほっとしつつ、改めて噂について聞いてみた。


 レオさんの話では、最初の目撃者が傭兵団に戻ってきてから、新しく来た薬師は尋常じゃない数のポーションを作ると大騒ぎしたらしい。

 その傭兵さんは自分が見たとおりの光景を話したらしいのだけど、初めは誰も信じなかったそうだ。

 それはそうだろう。

 一般的な薬師さんであれば一日に十本程度しか作れないはずの中級ポーションが、出来上がり次第どんどんと並べられて、机の上を覆い尽くさんばかりになったというのだから。

 けれども、その傭兵さんが本当の話だと食い下がったものだから、気になった人達がポーションの受け取りにかこつけて、確認のために入れ替わり立ち替わり蒸留室に来たんだそうだ。

 どうりで、毎回取りに来る人が違った訳だ。

 結果は言うまでもなく、最初の目撃者の証言は正しいことが証明された。



「それでレオさんも確認にいらしたんですか?」

「あー、まぁそうだな」



 話の流れから、レオさんも他の傭兵さんたちと同じように噂の真偽を確認しに来たのかと思ったのだけど、レオさんは何故か歯切れが悪い。

 他にも目的があったのだろうか?

 首を傾げて見上げれば、レオさんは頭を掻きながら重い口を開いた。



「このポーションって騎士団のやつなのか?」

「えぇ。傭兵団の分は既に用意し終わったので」

「そうか、ってそうじゃなくて……」



 傭兵団の分のポーションを後回しにしていないか心配しているのかと思ったのだけど、そうではないらしい。

 中々続きを答えてくれないので、止めていた手を再び動かしながら、レオさんが話してくれるのを待った。



「あー、今度の討伐にはあんたも出るのか?」

「参加しますよ。そのために王都から来ましたし」

「騎士団と一緒にだよな?」

「はい」



 レオさんがとても言いにくそうな表情で聞いてきたことは、魔物の討伐に関してだった。

 どうしてそんなことを聞くのだろうかと、レオさんを見上げれば、心配そうな目と目が合った。



「どうしました?」

「いや、その、大丈夫なのかと思ってな」

「何がですか?」

「討伐がだ」

「はい?」

「あんたが既に森での討伐に参加したことがあるのは知ってるんだが、やっぱり心配でな」

「心配というのは、戦力的にですか?」

「戦力的にというか……」



 何を心配しているのだろうかと、首を傾げると、レオさんが途切れ途切れに説明してくれた。

 レオさんは王都からの噂で、私が王都西のゴーシュの森へ魔物の討伐に行ったことを知っていた。

 噂に加えて、団長さんからも少しだけ討伐のときの話を聞いたらしい。

 だから、私が普通の宮廷魔道師さんと同じように騎士さん達の支援をしていたのも知っている。

 けれども、ゴーシュの森とクラウスナー領の森では魔物の強さが違う。

 いくら、森の中での討伐に参加したことがあるとはいっても、今回の討伐に私が付いて来れるか非常に心配なのだそうだ。


 クラウスナー領の魔物は一時期よりは減ったとはいえ、まだまだ多いらしい。

 しかも、減ったのは領都周辺にほど近い、草原に現れる魔物ばかりで、領都から離れている森の中ではあまり減っていないそうだ。

 この世界では一般的に、草原に現れる魔物よりも、森の中に現れる魔物の方が強い。

 更に言えば、王都周辺とクラウスナー領では、クラウスナー領に出現する魔物の方が強い。

 これらのことから、ゴーシュの森での討伐よりも今回の方が過酷になると考えたのだろう。

 レオさんの心配ももっともである。



「この辺りの森に入ったことがないので何とも言えませんが、いきなり森の奥に入るってことはないとは思うので大丈夫じゃないかと」

「森も外側よりは内側の魔物の方が強いからな。これで、いきなり内側に行くって言い出したら、騎士団と言えども止めるぜ」

「そうですね。私も止めます」

「そうだな。あんたが言うとおり、様子見しながら徐々に内側へ侵攻していくなら大丈夫か?」

「はい。こう見えて、私、結構強いですし」



 にっこり笑って、冗談っぽく言えば、レオさんも「おっ? 自信満々だな」と戯けた調子で返してくれた。

 えぇ、冗談ではなく、基礎レベルだけならトップを張れるかもしれません。

 口には出さないけど。



「参加すると言っても、私は支援中心なので前に出ることはありませんし、騎士さん達が護衛についてくれますから」

「そうか。いらない心配だったか」

「いえ、心配してくださって、ありがとうございます」



 心配してもらえることは、ありがたいことだと思う。

 レオさんは傭兵団をまとめているだけあって、とても面倒見のいい人なのだろう。

 傭兵団に入った訳でもない私のことを心配して、態々様子を見に来てくれるくらいなのだから。

 それから、少しだけ森の中の様子について話して、レオさんは蒸留室を後にした。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

お陰様で無事に小説3巻とコミック2巻を刊行することができました。

これもひとえに、応援してくださる皆様のお陰だと感謝しております。


前回の更新時にも書きましたが、小説3巻の発売にあわせて、「聖女の魔力は万能です」のシチュエーションオーディオが公開されています。

こちら、声優の羽多野渉さんが団長さんを演じてくださっています。

下記のカドカワBOOKSのブログに詳細が記されていますので、ご興味のある方はご覧になってください。

いつも応援ありがとうございます!

今後ともよろしくお願いいたします。


■カドカワBOOKS 編集部ブログ

 『聖女の魔力は万能です』3巻発売&シチュエーションオーディオ公開中!


 https://kadokawabooks.jp/blog/introduction/entry-817.html

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