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56 進展

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「お伝えしてませんでしたっけ?」

「聞いてねぇよっ!痛っ!」



 やっぱり、言ってなかったか……。

 ぎこちなく微笑めば、予想どおりの答えが返ってきた。

 思い返せば、確かに名前しか伝えていなかった気がする。

 笑顔で誤魔化す私に、レオさんは芸人かと思うくらいの勢いでツッコンでくれた。

 その後すぐに、コリンナさんに物理的に突っ込まれてたけど。



「改めまして、【聖女】のセイ・タカナシです」



 うん、自分で【聖女】と名乗るのは微妙だ。

 でもこれ、今度から毎回自分で名乗らなきゃいけないのかしら?

 できれば、それは切に遠慮したい。

 心の中だけで顔を顰めていると、名乗りを受けたレオさんも微妙だったようで、「これはご丁寧に」とか、よく分からないことを言っている。

 そんなレオさんを、コリンナさんが呆れた表情で見ていた。



「そういう訳で、彼女が傭兵団に所属することはない。他に何か聞きたいことはあるか?」

「あ、いえ……」

「ならば、もういいだろう。私も彼女に用事があるんだ」



 話の区切りが付いたと見て、団長さんがレオさんに声を掛けた。

 最初より和らいだとはいえ、無表情なせいで、団長さんの表情はいつもより険しく見える。

 声も少し刺々しい感じがするのは、気のせいではないだろう。

 レオさんも同じように感じたのか、まだ何か言いたそうな顔をしながらも、ここは引くことにしたようだ。

 私達に一礼した後、その場を去っていった。



「それじゃあ、私も戻るとするかね」

「えっ?」

「お前さんは話があるんだろう?」



 私を置いて一人でスタスタと歩き出したコリンナさんに驚いて声を上げると、コリンナさんは振り返りながら言った。

 あぁ、そうか。

 何か用事があるって、団長さんが言ってたわね。

 思い出して納得していると、コリンナさんにも伝わったらしい。

 コリンナさんはやれやれと溜息を一つ吐くと、再び前を向いて、そのまま蒸溜室の方へと戻って行った。

 後には、私と団長さん、二人だけが残った。



「作業中だったのか?」

「あっ、いえ、丁度終わったところです」



 ぼんやりとコリンナさんの背中を見送っていると、隣から声を掛けられた。

 見上げれば、団長さんは棚に置かれている植木鉢を見回していた。

 その顔には、無表情から一転、申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 慌てて、既に作業が終わっていたことを伝えると、表情がホッとしたものに変わった。



「何を植えたんだ? って聞くまでもないか」

「薬草です」

「やっぱり」

「やっぱり、ってなんですか。やっぱりって」



 口を尖らせて抗議すると、団長さんは声を上げて笑った。

 でも、蒸留室の主であるコリンナさんと二人揃って作業していれば、植えたのが薬草だなんて、すぐに分かることよね。

 私が薬草に目がないからとか思われているのではないと思いたい。



「ところで、何か用があると仰ってましたけど?」

「あぁ、そうだ。少し話したいことがあってな。ここで立ち話もなんだし、場所を移動しようか」



 何の話だろうか?

 場所の移動を勧められたあたり、話は長くなるようだ。

 ならば、どこかの部屋で落ち着いて話をした方がいいだろう。

 そう思って、団長さんに促されるままに歩き出した。


 道すがら話すのは、何故かレオさんについて。

 とはいえ、私から話す内容はそれほどない。

 レオさんとは顔を合わせても挨拶するだけで、偶に世間話が加わるくらいだったしね。

 だから、何を話したのかなんて聞かれても、あまり答えられることはない。


 世間話の内容もほとんどがポーションについてだったといえば、団長さんが口元に笑みを浮かべた。

 続けて、レオさんだけではなく傭兵さん達からもポーションの性能の高さを口々に褒められたと話したら、フッと噴き出す。

 どうしたのかと問えば、団長さんは笑いながら教えてくれた。

 騎士団にポーションを卸すようになった頃のことを思い出したらしい。

 言われてみれば、騎士さん達も最初の頃は傭兵さん達と同じような反応をしていたわね。

 その頃のことを思い出して、私の口元も弧を描いた。


 話している間に、団長さんの雰囲気もいつもどおりに戻ってきた。

 先程のピリピリした雰囲気のまま、二人だけで黙々と歩く羽目にならなくて良かった。

 ああいう雰囲気の人と二人っきりで歩くのは精神的に辛いもの。



「熱心に勧誘されていたようだが、あれは前からか?」

「いえ。誘われたのは今回が初めてですね」

「今回が初めて……」



 何かを考え込むように、団長さんが顎に手を添えて俯く。

 ただ、考えても回答が思いつかないのか、団長さんの眉間の皺が段々と深くなっていった。



「何で勧誘されたのか、心当たりはあるか?」

「勧誘の理由ですか?」



 レオさんが勧誘してきた理由を考えていたらしい。

 それはもう、心当たりがある。



「この間、討伐から帰って来た傭兵さん達を魔法で回復したんです。そのせいだと思います」

「魔法で?」

「はい。最初は蒸留室のポーションをお渡ししようかと思ったんですけど、それはもったいないと言われたので……」



 この間のことを話すと、眉間に皺を寄せたままの団長さんにじっと見詰められた。

 この視線、所謂ジト目というやつだと思う。

 えーっと、やっぱりまずかったですかね? まずかったですよね。

 団長さんから、そーっと視線を逸らすと、大きな溜息を吐く音が聞こえた。

 色々とごめんなさい。

 心の中で謝っていると、目的地に着いた。


 団長さんに連れられて来たのは、騎士団の待機所だった。

 待機所にある、団長さんの執務室に入ると、応接セットに座るよう促される。

 ここに案内されたということは、話したいことというのは魔物の討伐についてだろうか?

 ソファーに座り、お互いに一呼吸吐いたところで、団長さんが口を開いた。



「それで、お話というのは?」

「今後の予定についてだ」

「予定というと、魔物の討伐についてでしょうか?」

「あぁ、周辺の調査が一段落したので、そろそろ本格的に討伐を開始しようと思う」



 いよいよ始まるのか。

 団長さんの口から討伐のことが告げられると、意識がお仕事モードに切り替わった。

 自然と背筋が伸びる。


 一度、騎士さん達の報告を聞いたことがあるけど、騎士さん達はあれからも地道な調査を続けていたらしい。

 そして、予定していた範囲の調査が昨日完了したそうだ。

 それから、団長さんはこの街の周辺の魔物の状況について、改めて分かったことを教えてくれた。

 魔物の多さについては、前に聞いた内容と変わりはない。

 以前の王都周辺と同じくらい多いそうだ。

 地元の人の話でも、昔よりも増えているということだった。


 ただ、傭兵さん達に聞いたところ、ここ最近は減ってきたように感じるのだとか。

 具体的に、騎士団が来てから減ったと言う人もいたらしい。

 原因には心当たりがある。

 団長さんに苦笑されながら、「王都でも似たような話があったな」と言われて、私も苦笑いを返すほかなかった。


 魔物の数については、私達がクラウスナー領を訪れたことで、いい変化がでているようだ。

 問題は、クラウスナー領周辺に出る魔物の質だ。

 王都周辺よりも高いランクの魔物が出るのだとか。

 ランクが高いということは、強いということだ。

 かつて日本で遊んだロールプレイングゲームのようだと思った。

 ゲームでは、最初の町から離れるにつれて、出現する魔物が強くなるのよね。

 もしかして、この世界でも王都から離れるほどに、出てくる魔物が強くなるのかしら?

 まさかね……。


 冗談はさておき。

 出てくる数は同じでも、高ランクの魔物が出るとなると、当然討伐も困難なものとなる。

 王宮の騎士さんは選りすぐられたエリートで、強い人が多いけど、ここ最近は王都周辺の討伐にしか赴いていない。

 王都周辺とクラウスナー領では、出現する魔物の種類も異なるため、戦い方の勘所も異なるだろう。

 もちろん、団長さんも慎重に事に当たるつもりらしいけど、王都での討伐のときよりも怪我人は増えると思う。

 増加する怪我人をポーションだけで治療するのにも限度がある。

 そこで、回復魔法の出番だ。



「では、次回から私も討伐に参加するということですね」

「すまないな。今回の遠征には宮廷魔道師団の人間も参加しているが、回復魔法が使える者は多くはなくてな」

「構いません。元々そのつもりで参加してますし」



 えぇ、ここでの本業は討伐、ポーション作製は趣味です。

 口には出さず、心の中だけで付け加える。



「日帰りで行ける範囲を大体調べたが、今のところ例の沼は見つかっていない。出てくる魔物は強いが、西の森のときほど一度に大量の魔物を相手にすることはないだろう」

「例の沼?」

「西の森にあった黒い沼だ。魔物の増加傾向から、ここにもあるのではないかと思ったのだが……」



 そうか、あの沼は見つかっていないのか。

 クラウスナー領に来た当初は思い通りに【聖女】の術が発動できなくて、正直なところ、黒い沼が見つかったらどうしようかと不安に思っていた。

 けれども、今は違う。

 まだぎこちないけど、金色の魔力を出すこともできるようになったこともあり、沼が見つからなかったことが少し残念だ。

 王都周辺では、黒い沼を浄化しただけで、あっという間に魔物の数が減ったもの。

 沼さえ見つかれば、クラウスナー領の問題も同じように解決できるんじゃないかと思ったんだけどな。

 術の発動条件が非常に厄介だけど。

 ………………。

 …………。

 ……。



「どうした?」

「えっ?」

「少し顔が赤いようだが、具合でも……」

「なっ、何でもありませんっ!」



 慌てて首を横に振る。

 尚も心配してくれる団長さんに、必死に大丈夫だと言い募り、何とか場を収めた。

 顔が赤くなった理由なんて、説明できるわけがない。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

お陰様で、「聖女の魔力は万能です」の登場人物、団長さんに声が付きました!!!

詳細を活動報告に記載しておりますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

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