55 発覚
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午後になり、実験の準備ができたと連絡を受けたので、コリンナさんと一緒に指定の場所に移動した。
連れてこられたのは、お城の裏手で、薬草栽培の実験に使用している薬草畑の近くだった。
そこには木でできた階段型の台が置かれ、その上に五個くらいの素焼きの植木鉢が載せられていた。
台に載っている鉢には既に土が入っていたけど、他にもまだ鉢があり、残りの鉢は庭師さん達が今も土を詰めてくれている。
コリンナさんと私が近付くと、庭師さん達の中でも一番年配の人がこちらを向いた。
「今ある植木鉢はこれくらいだ。まだ数はいるか?」
「いや、これだけあれば十分だろう。失敗したときには、また土の入れ替えなんかを頼むかもしれないがね」
「そうか。また必要になったら言ってくれ」
「ありがとよ」
コリンナさん曰く、庭師さん達には薬草栽培をよく手伝ってもらうらしく、勝手知ったる仲なのだそうだ。
庭師さんはコリンナさんとの話が終わると再び作業に戻っていった。
暫くすると、全ての植木鉢に土が入れられ、庭師さん達は次の作業場所へと移動していった。
人がいなくなったことを確認して、コリンナさんが口を開く。
「じゃあ、始めるかね」
「はい」
コリンナさんの号令で、台に載せられた植木鉢に向かう。
そこで、はたと気付いた。
「あの、薬草の種は?」
「薬草の中でも成長の早いやつの種を用意しておいたよ。ほら、これだ」
そう言って、コリンナさんはスカートのポケットから種が入っている小袋を取り出した。
これって、祝福が必要な種類の薬草の種なのかしら?
コリンナさんに確認すれば、頷きが返ってくる。
ちゃんと祝福のことを考慮に入れて選んでくれたらしい。
コリンナさんは頷いた後、何の薬草の種かを教えてくれた。
用意されている種の栽培条件を思い出し、さっそく種を蒔くことにした。
祝福以外の必要な肥料なんかは庭師さん達が準備してくれていて、後は種を蒔くだけで良かったのだ。
土の上に種を蒔き、更に土を薄く被せる。
植木鉢に手を添えて、少し考え込む。
これから術を発動させるのだけど、どういう感じで発動させようか?
研究所で術を発動させたときは、既に生えている薬草に向けて、効果が高くなるように祈っていた気がする。
今回の場合であれば、普通は育たない薬草を育つようにするのだから、健やかに育つよう祈ればいいかな?
とりあえず、まずはそれでいってみよう。
さっそく【聖女】の術を発動させようとして、動きが止まった。
術を発動させるためには、団長さんのことを考えないといけないことを思い出してしまったのだ。
思わず顔に血が上る。
「どうしたんだい?」
「い、いえ、何でもありません」
動きを止めた私を不審に思ったのか、コリンナさんが不審そうな顔でこっちを見つめる。
問われても理由は言えない。
言えっこない。
慌てて返事をして、再び植木鉢に集中した。
くっ、仕事よ、仕事。
集中しなきゃ。
気を取り直して、今朝と同じように団長さんのことを考えれば、胸のあたりで魔力が湧き出す感じがした。
今度は止めずに、魔力が溢れるままにする。
術の対象は手に持っている植木鉢なので、回復魔法を発動させるときと同じように、両手から魔力が出るように調整することも忘れない。
この辺りは、師団長様に教わった魔力操作が生きている気がする。
「これが……」
思惑通りに、植木鉢の土の上だけに金色の粒子が混ざった白い靄が広がった。
隣で見ていたコリンナさんから感嘆の声が上がる。
さて、魔力はこのくらいでいいかな?
ちゃんと育ちますように、と祈りながら術を発動させた。
土の上の魔力が反応し、強く輝いた後に光が弾け、キラキラと金色の粒子が植木鉢に降り注いだ。
「うまくいったのかい?」
「どうでしょう? 術は発動しましたけど」
「そうかい。上手くいってなければ、発芽することはないだろうから、後は様子見だね」
「分かりました」
「それじゃ、次はこいつだ」
「えっ?」
ポンっと手渡されたのは、新しい小袋。
植木鉢の数からいって、同じ種で違うことを祈りながら術を発動させるものだと思っていたのだけど、コリンナさんは違う種類の種でも試すつもりらしい。
一応、私が考えていた実験方法を説明すれば、コリンナさんもそれがいいと考えたようで、祈りと種の種類を組み合わせて実験することになった。
術を発動させる度に団長さんのことを思い浮かべるのは、なかなかの苦行だった。
「おつかれさん」
「ありがとうございます」
「一番早い種で、芽が出るのは二~三日後かね」
「念のため、明日から毎日様子見に来ますね」
「そうだね。それがいいだろう。じゃあ、戻ろうかね」
一通り【聖女】の術を掛け終えれば、コリンナさんにポンっと肩を叩かれた。
労いの言葉に笑顔で返し、蒸留室に向かう。
振り返って数歩歩いたところで、向こうからレオさんが歩いて来るのが見えた。
こちらを目にとめると、ニカッと笑い、走り出す。
どうしたんだろうと、隣を見れば、コリンナさんも心当たりがないらしく、怪訝な顔をしていた。
コリンナさんに用があるのかと思ったのだけど、そうではなかったらしい。
レオさんは私の前まで来ると、ガシッと私の両肩を掴んだ。
「傭兵団に入ってくれ!」
「はい?」
突然のことに、思わず聞き返す。
聞き間違いでなければ、傭兵団に入団しろって言ったわよね?
一体どういうこと?
「えっと、どういうことでしょうか?」
「だから、傭兵団に入って欲しいんだ!」
「はぁ……。あの、何で勧誘を受けているのかが分からないんですけど。どうして私を勧誘しようと思ったんですか?」
説明を求めれば、興奮した様子でレオさんは説明を始めた。
先日、傭兵団の人達を治療したことが発端だった。
元々、魔法を使える人は少なく、回復魔法を使える人となると更に少ない。
そのため、回復魔法が使える人の大半は王都に行ってしまい、地方にはいないのだ。
もちろん、クラウスナー領も例外ではない。
そこに現れたのが、回復魔法が使える私だ。
回復魔法が使える人間がいれば、討伐の安全性も効率も上がる。
しかも、私が傭兵団に使った『エリアヒール』は聖属性魔法のレベルが高くないと使えない。
そのことから、私は高レベルの聖属性魔法スキルを保持しているということが導き出されてしまったのだ。
そして、そんな私を薬師なんかにしておくのはもったいないということで、今回の勧誘に至ったということだった。
「待ちな。薬師にしておくのはもったいないってのは、どういうことだい?」
「あ、いや、薬師を貶めている訳じゃないんだ。だが、こんな高レベルの回復魔法が使える奴を放っておくのはもったいないだろ?」
レオさんが薬師なんかと言ったところで、コリンナさんの視線の温度が一気に下がった。
そのまま、冷気を感じさせる声音でコリンナさんが詰問すれば、レオさんのこめかみから一筋の汗が流れた。
しかし、コリンナさんの剣幕にタジタジとなりながらも、レオさんは自分の主張を繰り返す。
「薬師よりも魔道師の方が希少なのはわかってるさ。だから、お前さんの言い分も分かる。だが、セイはだめだ」
「なんでだよ!?」
私をよそに、コリンナさんとレオさんとの間で話が進む。
もちろん、コリンナさんが言うとおり、私も傭兵団に入る気はないので、二人の問答を静観中だ。
そもそも、私は王都から来ている。
いつまでもクラウスナー領にいれる訳ではないからね。
それに……。
そのとき、周りの空気がヒヤリと温度を下げた。
「何をしている」
レオさんの後方から掛かった声に、皆の視線が集中した。
レオさんに向ける視線は、コリンナさんの比ではなく冷たい。
気温が下がったように感じるのも、気のせいではないだろう。
あの……、魔力漏れてませんか?
思わず、そう尋ねたくなったのは、ちょっとした現実逃避だ。
レオさんの後ろから来たのは、冷たい表情をした団長さんだった。
団長さんの雰囲気に、レオさんの雰囲気も剣呑としたものとなる。
「何って、ちょっと話をしていただけです」
「そうか。それで、いつまで彼女の肩を掴んでいるんだ?」
あれ? レオさんが敬語を話しているところ初めて聞いた気がする。
あぁ、そうか。
団長さんは貴族だから、レオさんも敬語で話してるのかな。
ぼんやりとそんなことを考えていると、団長さんが私の隣まで来て、肩からレオさんの手を引きはがした。
そのことで、レオさんと団長さんの間の空気が益々険悪なものに変わっていく。
「それで、話とは?」
「大した話じゃありません」
「なに、レオがセイを傭兵団に勧誘していたのさ」
「ばーさん!」
傭兵団の人事にかかわることだからか、レオさんは答えようとしなかったのだけど、横からコリンナさんが答えた。
レオさんが慌ててコリンナさんの方を向いたけど、コリンナさんはどこ吹く風と、涼しい顔をしていた。
それを聞いた団長さんの雰囲気が、少しだけ和らぐ。
「彼女が傭兵団に入ることはない」
「何で貴方が決めるんだ? 貴方には関係ないでしょう?」
「関係ならある。彼女は我々と共に王都から来ているからだ」
「はぁ? じゃあ、宮廷魔道師団の人間だったのか? 魔道師が何で蒸留室でポーションを作ってやがる」
えっと、それは趣味です。
じゃなくて、本業です。
そもそも、宮廷魔道師団には所属していません。
心の中で呟いていると、レオさんが何かに気付いたのか、はっとした表情になった。
「いや、待て。もしかして、お前、【聖女】なのか?」
レオさんがそう言った途端に「敬称をつけな」とコリンナさんから叱責が飛んだ。
呆然とするレオさんを見て、ふと気付いた。
あれ? そういえば、【聖女】だって言ってなかったっけ?
そんな大事なことを、私はたった今、思い出したのだった。