52 相変わらずの
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衝撃の事実が判明してから数日後。
私は【薬師様】の日記を読み漁っていた。
今日も朝から蒸留室の奥の部屋に引きこもってね。
人様の日記を読むのに抵抗がない訳ではない。
でも、背に腹は変えられないよね……。
これも偏に、【聖女】の術が使えるようになるためだ。
なんて、自分自身に言い訳をしながら読んでいる。
日記に書かれていた描写から、祝福とは【聖女】の術と同じもののようだった。
予想通りというやつである。
そして、金色の魔力を扱うことから、【薬師様】は【聖女】でもあったんじゃないかと思った。
コリンナさんに確認すれば、私の考えは正しいと教えてくれた。
もっとも、祝福が【聖女】の術だということは知られていないらしい。
何故ならば、これこそが機密情報だったからだ。
祝福の詳しい内容については、代々のクラウスナー領の領主と、蒸留室の責任者にしか伝わっていない。
日記が極秘資料なのも、そのせいだった。
そんな資料を読んでしまい、後で領主様に怒られないかと心配になったけど、杞憂に終わった。
事前に領主様の許可はもらっていたらしい。
そう聞いて、安心した。
よくよく考えてみれば、いくらコリンナさんが蒸留室の責任者だからって、領内の極秘資料を領主様に無断で部外者に見せる訳ないよね。
祝福のことが分かって、これですぐ次に進めればいいんだけど、ここでまた問題が立ちはだかる。
【聖女】の術の発動条件が分からないって問題がね。
この問題を解決するために、この数日ずっと【薬師様】の日記を読んでいる。
何かしらヒントがあればいいなと思って。
ただ、進捗は芳しくない。
期待しているような、これといった記述が見つからないのだ。
手にした日記を読み終わったところで、椅子に座ったまま背伸びをする。
綺麗ではあるが、手書きの文字をずっと読んでいたせいか目が疲れた。
両手で左右の目頭を揉み解す。
窓の方を見れば、日の光が部屋の奥にまで差し込んでいた。
日の高さからいって、今は大体午後三時くらいだろうか。
そういえば、時刻を知らせる鐘の音が少し前に鳴ったような気がしなくもない。
朝からずっと読み続けていたし、少し外に出て気分転換でもしようかな。
思い立ったが吉日で、椅子から立ち上がった。
「おや?出かけるのかい?」
「ちょっと気分転換でもしようかと思って」
「それもいいかもしれないね」
奥の部屋から出たところで、コリンナさんに声を掛けられた。
返事をすれば、苦笑いが返ってくる。
よっぽど疲れた顔をしていたらしい。
励ますように、背中をポンと叩かれた。
蒸留室を出て向かう先はお城の裏手だ。
そこには薬草栽培の実験に使用している小さな薬草畑がある。
蒸留室のように薬草の匂いが籠っている訳ではないけど、側に行けば何となく癒される気がするので、気分転換にはいい。
薬草畑に到着すると、ほっと一息、溜息が溢れた。
畑の横にしゃがみこみ、両手の上に顎を乗せた体勢でぼんやりと景色を眺める。
目線が低いため、時折吹く風にそよぐ薬草しか見えない。
しばし、頭の中を空っぽにして、黄昏た。
それにしても、思った以上に調査は難航している。
薬草栽培の試行錯誤については、かなり細かく書かれていた。
だから、祝福についても発動条件が書かれているのではと期待していたんだけど、これがさっぱり。
書かれているのは、他の条件についてや、領民に関してのことばかり。
うーん。
何か見落としていることがあるのかもしれない。
そう思って、薬草を眺めながら日記の内容を思い返す。
薬草栽培以外のこととなると、次に多く書かれていたのは領民のことだったか。
後は日常の細々としたことが書かれていたくらい。
そういえば、何人か名前が出て来た人物がいたわね。
特に多く出て来たのは男性の名前のようだった。
書かれていた感じだと、弟だろうか?
その人の記述だけ他の人より多かったので、特に印象に残っている。
そうそう、最初に祝福を使ったのも、その弟のためだったのよね。
元々は領地で流行した病気の治療のために、薬草を栽培しようとしていた。
その病は症状の進行は遅かったけど、治療ができなければ、どんどんと弱って、最後には亡くなってしまうものだった。
薬草栽培が上手くいかない間にも、次々と領民が倒れて、最後に弟も倒れたんだったっけ。
それで【薬師様】はすごく焦っていたのだ。
この薬草も入手が困難で、探し出すのが早いか、育てるのが早いかって状態で、【薬師様】は栽培に賭けた。
結果は勝ち。
育った薬草から作ったポーションで、弟も領民も皆、無事に快癒したらしい。
弟の症状が落ち着いた日の文字は何かで濡れて、滲んでいた。
「んー、謎だ」
思い返してみたけど、覚えている範囲で気になる部分はない。
そうなると、覚えていない部分にヒントがあるのかな?
日記の内容を一文字残らず覚えている訳ではないから、その可能性はある。
けれども、そんな記憶にも止まらない程の些細なことなのだろうか?
考えても答えは出ず、足が痺れて来たのもあって、立ち上がった。
そのまま、腕を上げて背伸びをする。
ずっと日記を読んでいたからか、背中から骨が鳴る音がした。
気分転換ができたかは微妙だけど、それなりにいい時間が経ったことだし、そろそろ戻ろう。
踵を返して、蒸留室に向かっていると、ガヤガヤと人の声がした。
声のした方を向くと、傭兵団の人達がお城に向かってくるのが見えた。
いつもと違う様子に、目を凝らして見れば、なんだか慌ただしい。
その人垣の中に見知った姿を見つけたので、足を向けた。
近付くにつれ、何故そんな雰囲気なのかが分かった。
魔物の討伐に行っていたのか、怪我人がちらほら見える。
他人の肩を借りないと歩けない人もいるようだ。
「大丈夫ですか!?」
「お? 嬢ちゃんか」
レオさんに走り寄ると、難しい表情がパッと笑顔に変わった。
大半の傭兵さん達からは誰だこれといった感じの視線を向けられたけど、何人かは私を見て表情を和らげる。
いずれも蒸留室にポーションを取りに来たことがある人達で、顔見知りだ。
隣にいる人に聞かれてか、私のことを説明してくれている人もいるようで、そちらから蒸留室という単語が聞こえた。
「討伐の帰りですか?」
「あぁ。森の外縁近くにいつもなら出てこない魔物が出てな。それを討伐してきたところだ。活きがいいのが多くてまいったぜ」
「大変だったんですね。それで怪我人が多いんですか?」
「そうだな。だが、いつもよりはピンピンしてる方だぜ。嬢ちゃんが作ってくれたポーションのお陰だ」
レオさんと私の遣り取りを聞いていた人達からどよめきが上がる。
「あのポーション、ねーちゃんが作ったのか!」
「あんたのお陰で助かったぜ」
「あれがなかったら、今頃死んでたわ」
「お前に飲ませたポーションの効き目凄かったよなー」
五割増しの呪いは相変わらず、いい働きをしてくれたようだ。
レオさんの一言をきっかけに、傭兵さん達に取り囲まれ、口々にお礼を言われた。
第三騎士団の面々に慣れたとはいえ、彼等よりも更に分厚い筋肉に囲まれ、感じる圧力はちょっと高い。
口の端が微妙に引き攣ってしまってる気がするけど、そこは圧力のせいということで大目に見て欲しい。
「この後はお城で治療を?」
「そうだな。ポーションでいつもよりはマシだとはいえ、もう少し治療が必要な奴もいるしな」
「それじゃあ、蒸留室に行って新しいポーションを用意しておきますね」
「いや、ポーションを使うほどじゃないな。こんくらいなら包帯巻いとくだけで十分だ」
「結構酷い怪我の人もいるみたいですけど……」
「あー。そうだな。どうすっか……」
新しいポーションは必要ないと断られたけど、傭兵さん達の中には一人では歩けない人もいる。
そういう人達には必要ではないかと再度問えば、歯切れが悪い。
レオさんは困った表情で頭を掻いた。
自然に治るのを待つより、ポーションを使った方がサクッと治って、効率がいいと思うのよね。
プロであるレオさん達も、それは分かっていると思う。
それでも遠慮したのは、薬草が不足気味なのを気にしてるからだろうか?
もしかしたら、一日に使えるポーションの量が決められているのかもしれない。
傭兵団に卸すポーションはいつも一定の数だし。
んー、それならここでぱぱっと回復魔法を使ってしまおうか?
レオさん達は見回りも兼ねて毎日魔物と戦っているみたいだし、万全の体調で臨んだ方がいいわよね。
お城には回復魔法を使える人がいないのかって?
それがいないのよね。
最初その話を聞いたときには、領都なのに? と不思議に思ったけど、地方はどこもそうらしい。
魔法を使える人が少ないうえに、その中でも回復魔法を使える人は更に少ないため、使える人はほとんど王都に行ってしまうからだそうだ。
そう、宮廷魔道師団に。
地方のお城に勤務するよりは、宮廷魔道師団の方がお給料がいいからだって、教えてくれた人が言っていた。
「あの、もしよかったら治しましょうか?」
「ん? ポーションなら……」
「えっと、ポーションじゃなくて、魔法でですけど」
「は?」
予想通り、レオさんを含め、すぐそばにいた傭兵さん達が驚いた表情で固まる。
まさか都合よく、身近に回復魔法が使える人がいるとは思わないよね。
「嬢ちゃんは薬師じゃなかったのか?」
「えーっと……」
立ち直ったレオさんに、怪訝な表情で問われたものの、なんて答えようか。
薬用植物研究所の研究員だけど、製薬スキルもあるし、一応薬師って言ってもいいかな?
「薬師です」
「「「…………」」」
なんだか、何を言ってるんだこいつはって目で見られている気がするけど、気にしない。
気にしたら負けな気がする。
開き直って「どうしますか?」と問えば、レオさんは考えるのを放棄したようで「頼む」と答えた。
無事に許可がもらえたので、近くにいる人から『ヒール』を掛けていく。
怪我の酷い人はいるけど、命に関わる怪我をしている人はいないから、優先順位をつけなくても大丈夫だろう。
魔法での治療は珍しいというか、初めての人が多いようで、『ヒール』の効果を目にした人は皆一様に目を輝かせていた。
この人数だと範囲効果のある『エリアヒール』の方が手っ取り早いのだけど、今回は地道に『ヒール』で回復を行う。
エリアと名の付く魔法は要求されるスキルレベルも高いからだ。
回復魔法が使えるだけでも珍しいのに、更に高レベルだということがバレれば、色々と面倒なことになりそうな予感がする。
だから面倒でも『エリアヒール』は使わない。
そんな決心は、レオさんの一言で崩れ去った。
「腕もいいんだな」
「そうですか?」
「あぁ。前に宮廷魔道師が治療してるところを見たことがあるが、嬢ちゃんの方が上手そうだ」
「あ、ありがとうございます」
「こんだけ使えるなら、後で騎士団からも呼ばれるかもしれないな」
「え?」
「あっちも結構な被害が出てたからな」
騎士団にも被害?
それは第三騎士団のことだろうか?
「あぁ、帰ってくるときに一緒になったが、あいつらの方が被害が酷かったな」
「俺らより奥の方に行ってたみたいだから、そのせいだろ」
「奥は今、魔物が増え過ぎて混沌としてるしな。相応の準備をして入らないと」
「あの、騎士団って王都から来た騎士団のことですか?」
「あぁ、そうだ」
傭兵さんの肯定に、ヒヤリと背筋が凍った。
脳裏にいつもの騎士さん達に続き、団長さんの笑顔が浮かぶ。
それから、いつか見た光景が浮かんだ。
「おいっ!」
「『エリアヒール』」
急速に高まった私の魔力に驚いたレオさんが声を掛けたが、そのときの私の耳には入らなかった。
そこにいた傭兵さん達全員を範囲に入れた『エリアヒール』を唱えた後、背後から掛かる声にも振り返らずに、騎士団の待機所へと走った。