51 祝福
ブクマ&評価ありがとうございます!
気付いたら50話を超えていました。
ここまで続けてこれたのも、いつもお読みくださる皆様のお陰です。
ありがとうございます。
正直、ちょっと驚いています(笑
手渡された本には様々な薬草の栽培方法が記載されていた。
目的の最上級HPポーション用の薬草についても同様に。
その中の栽培条件に、光や水の量、温度、土作りに必要な肥料と並んで、見慣れない単語が記されていた。
「……祝福?」
祝福なんて、植物の栽培条件としては大凡見ない単語だ。
単語のイメージから、薬草畑の前で誰かが祈りを捧げる姿が思い浮かぶ。
一体、どこの宗教だ。
それと同時に、その光景には酷く心当たりがあり、心臓がドキリと跳ねた。
いや、まさかね。
恐る恐る、横に立つコリンナさんに目を向けると、視線があった。
「何のことだか分かるかい?」
「いえ……、はっきりとは分からないです」
これは嘘ではない。
心当たりはあれど、それが正解かどうかは分からないもの。
そもそも栽培条件を最初に記したのは【薬師様】で、【聖女】ではないはず。
ならば、祝福と聞いて思い付いたものとは異なっている可能性の方が高いだろう。
そう思うのだけど、何となく、最初に思い付いたものが正しい気がしてならない。
「そうかい、それは残念だね。まぁ、いいさ。材料だけあったところで、スキルレベルが足りなきゃ作れはしないしね」
「そうですね」
「そういえば、聞いたことがなかったね。お前さんの製薬レベルは今いくつなんだい?」
言葉とは裏腹に、あまり残念ではなさそうな感じでコリンナさんは言った。
その言葉に、グルグルと回っていた思考は断ち切られた。
コリンナさんが言うとおり、薬草が手に入ったとしても製薬スキルのレベルが足りなければ最上級HPポーションは作れない。
問われたことに答えるために、私はステータスを開いた。
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小鳥遊 聖 Lv.56/聖女
HP:5,003/5,003
MP:6,173/6,173
戦闘スキル:
聖属性魔法:Lv.∞
生産スキル:
製薬 :Lv.32
料理 :Lv.15
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前に見たときよりも上がってる……。
上級HPポーションではもう上がらなくて、これ以上レベルを上げるのは無理なのかと思ってたんだけど。
コリンナさんから教えてもらった秘伝のレシピで上級HPポーションを作ってたのが良かったのかな?
もしそうだとしたら嬉しい。
最上級HPポーションじゃなくても、まだ上げることができるってことだもの。
「32レベルですね」
「何だって!?」
ほくほくとしながら答えれば、コリンナさんが顔を顰めて私を見た。
強い視線を向けられ、思わず一歩後ろに下がってしまう。
「どうかしたんですか?」
「お前さん、思った以上にレベルが高かったんだね」
「そうなんですか?」
「ああ、私よりも高いじゃないか」
え? そうなの?
驚いていると、コリンナさんの表情が呆れたものに変わる。
「あの量のポーションを毎日作ってれば、そのレベルにもなるか」
「えっと……、すみません」
コリンナさんの呆れた視線に耐え切れず、思わず謝る。
作製するポーションの量については、蒸留室にいる薬師さん達には驚かれたけど、コリンナさんは何も言わなかったから特に気にしてはいなかった。
でも、やっぱり多かったようだ。
このところ傭兵団だけでなく、騎士団の分も作ってたからなぁ。
少し自重するべきだったかしら。
「そのレベルなら、最上級HPポーションも作れるね。残った問題は材料だけか」
「そうですね……」
コリンナさんは顎に手をやり、何かを思案し始めた。
その姿を横目に、私も最上級HPポーションについて思いを巡らす。
最上級HPポーションが作れるレベルになっていたことに驚きはない。
予想していたことだしね。
10レベル毎に作れるポーションのランクが上がることから、30レベルを超えれば作れるんだろうと思っていた。
後は材料さえあれば、再びレベル上げができる。
問題はその材料。
現在では手に入れることが難しく、すぐには用意できない。
条件が整わないことから、栽培もできない。
うーん。
心当たりのある、あのことをコリンナさんに告げるべきだろうか。
悩んでいると、コリンナさんに動きがあった。
コリンナさんは部屋の隅に置かれた両開きのキャビネットの前に移動すると、扉を開いた。
予想に反して、中にはさらに金属の扉がある。
金属製のキャビネットなんて珍しいと思ったけど、金庫だったようだ。
金庫の鍵は首から提げていたらしく、服の下から取り出していた。
そうして中から出てきたのは、とても古そうな本だった。
ポーションのレシピや薬草の栽培方法が記された物よりも厚みが薄い。
何の本だろうか?
じっと見つめていると、コリンナさんはその本を私に向かって差し出した。
受け取った本の表紙をそっと開く。
表紙こそしっかりしているが、中の紙は端の方から色が変わり、年月を感じさせる。
慎重にページをめくって読めば、中身は誰かの日記のようだった。
「日記ですか?」
「そうだね。だが、貴重な文献さ」
文献?
流し読みした限りでは普通の日記のようだったけど、どういうことだろうか?
「それは本当に貴重な物だからね。読むのはこの部屋で、一人のときだけにしておくれ」
「一人のときだけですか?」
「あぁ。その本に関しては機密中の機密扱いで、他の者に見られる訳にはいかないんだよ」
そこまで言う機密を私が読んでいいのかと言いたいけど、コリンナさんの答えはきっと先程のものと同じだろう。
視線で読むように促されたので、再び視線を日記に落とした。
じっくり読むために部屋にあるテーブルに日記を置き、椅子に座る。
暫く読み進めると、この日記を書いたのが誰なのか、何となく分かった。
これを書いたのは、恐らく【薬師様】だ。
普通の日記のように、日々の出来事も書かれてはいる。
その出来事の中に、薬草の栽培に関する試行錯誤の過程も書かれていたのだ。
「これを書いたのって……」
言葉を途中で切り、隣に座ったコリンナさんを見れば、静かに頷かれる。
推測は正しいのだろう。
先程手渡された栽培方法の本には書かれていなかった試行錯誤の過程が、そのときの【薬師様】の心境と共に書かれている。
成功に至るまでの道程は平坦ではなかったけど、その紆余曲折すら楽しんでいたようだ。
ただ、日記には薬草だけではなく、クラウスナー領とその領民への愛も綴られていた。
日記を読んでいて分かったことだけど、元々クラウスナー領には特産品がなかった。
スランタニア王国の大半の領と同じく、主に作っていたのは小麦だけ。
そんな中、ある年に小麦が酷い不作となり、クラウスナー領だけでなく、スランタニア王国の広範囲で餓死者を出すほどの飢饉が発生した。
飢える民を見て、領主の娘でもあった【薬師様】はとても心を痛めた。
そして、小麦以外で税の代わりに収める作物が育てられないかと始めたのが、薬草の栽培だった。
もちろん作物の選定に、後に【薬師様】と呼ばれるようになった彼女の趣味が大きく影響したのは間違いない。
けれども、行動を起こしたきっかけは領民のためだったことが、日記から窺える。
色々な薬草の栽培に成功する度に、これでまた領民が飢える心配が減ったと喜ぶ彼女がそこにいた。
ページを捲っていくと、ある薬草についての記述が続くようになった。
どうやら栽培が中々上手くいかず、今まで育ててきた薬草よりも足踏みを続けている。
その薬草は重要な物のようで、ひとまず置いておいて、他の薬草を育てるという選択肢はなかったらしい。
記述からも、【薬師様】が焦っている様子が分かる。
同じような内容が続いたため、流し読みをしていると、【薬師様】が快哉を叫んでいる部分を見つけた。
どうやら最後の条件が見つかったらしい。
少しページを戻せば、その条件が分かった。
祝福だ。
そして、もう一つ。
見落とせない記述があった。
「金色の魔力……」
ああ、やっぱり。
呆然としていると、コリンナさんに声を掛けられた。
「何のことか、分かるかい?」
えぇ、とっても。