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49 パスタの効果

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「こちらがセイ様が作られた香草風味のパスタでございます」



 執事さんの言葉と共に、パスタを載せたお皿が一斉に運ばれる。

 いよいよ実食だ。

 食堂にいるのは領主様一家と団長さん、そして私。



「今日はセイ様が作られた料理をいただけると伺って、楽しみにしていましたのよ」

「お口に合えばいいのですが……」



 期待に満ちた領主夫人の言葉に、曖昧に笑って答える。

 味の方は大丈夫だろう。

 私が作ったとは言っても、仕上げは料理長さんがしたもの。

 私が行ったのはパスタを打つところまで。


 味付けという重要な部分を料理長さんが行ったにもかかわらず、私が作ったって言われてしまうのはちょっと複雑だけど、仕方がない。

 領主様達と一緒に食卓に着くためには、パスタの仕上げを料理長さんにお願いするしかなかったのよね。

 料理に専念して、私だけ後で食事を取るという選択肢はなかった。

 一応、提案したんだけどね。

 執事さんに却下されたわ。



「冷めないうちにお召し上がりください」



 声を掛ければ、皆が一斉にパスタを口に運ぶ。

 一口含めば、口の中に爽やかな香草の香りが広がった。

 香りがアクセントとなって、塩のみの味付けとはいえ、とても美味しい。

 流石料理長さん。


 食堂のあちらこちらからも、いい香りだという声が聞こえてくる。

 もちろん、美味しいという声も。

 見回せば、皆の口元が緩んでいる。

 領主様一家からも好評を得られたようで、安心した。



「こちらのパスタでしたかな? これは小麦から作られているそうだとか」

「はい、そうです」

「セイ様のお国で食べられていたものだそうですが、これと同じような料理を食べたことがあります」

「そうなんですか?」

「我が国では食べられていませんが、以前外遊で訪れた国では平民もよく食べていました。確か、麺と呼ばれていたかと」

「麺! もしかしたら同じ料理かもしれません。パスタという言葉は麺という意味もあるので」

「おお! そうでしたか」



 話を詳しく聞くと、やはり領主様が以前食べた物はパスタだったみたい。

 今日出した香草のパスタとは異なり、そちらはソースが上から掛かっていたようだ。

 喚び出されてからというもの、麺料理を見たことがなかったから、もしかしたら存在しないのかもと思っていた。

 けれども、この国では一般的ではないだけで、他の国にはちゃんと存在していたらしい。


 同じように、手に入らないかもと諦めていた食材もあるのかもしれない。

 研究所に出入りしている商人さんに今度聞いてみようかな?

 そんな風に考えながら、領主様と話をしていると隣から「ん?」と怪訝そうな声が上がった。

 声のした方を向くと、団長さんが眉間に少し皺を寄せている。



「どうかしました?」

「いや……」



 何だか歯切れが悪い。

 一体どうしたのだろう?

 団長さんは好き嫌いはないって言ってたけど、香草を料理に使うようになったのは私が料理を作るようになってから。

 もしかしたら、今日使った香草のどれかが苦手な香りだったのかもしれない。

 いや、でも今日使ったのは、研究所で出してた料理にも使ったことがある物ばかりだし、それはないか。

 じゃあ、他に何が?

 じっと団長さんの顔色を伺っていると、「大丈夫だ」と困ったような笑顔を浮かべて言われた。

 それと同時に、領主様のご家族が座っている辺りから息を呑んだような気配がしたけど、多分気のせいだろう。






 恙無(つつがな)く食事会が終わった翌日。

 騎士団の待機所にポーションを届けに行ったところ、団長さんが怪訝な顔をしていた理由が分かった。



「HP回復効果ですか?」

「おー、そうなんだよ。効果が付いてたのは片方だけだったけどな」



 領主様一家との食事会の裏で、同じように第三騎士団の人達にもパスタを食べてもらっていた。

 使う小麦の種類によって効果に差が出るのかを調べるためにね。

 騎士団の人達には王都で料理の効果を調べるのに協力してもらったことがあったので、この手の作業には慣れたものだ。

 変わった料理が食べられるということで、今回の調査も二つ返事で受けてくれたわ。


 王都での調査のときと同じように、二種類のパスタを食べてもらった結果、二つの料理には明らかに違う効果があったらしい。

 古代小麦で作ったパスタの方には、普通の小麦で作られたパスタが持つ効果に加えて、HP回復効果も付いていた。

 小麦以外の材料は同じ物を使ったので、HP回復効果は古代小麦の効果と言ってもいいかもしれない。

 食事会のときに団長さんが表情を変えたのも、効果に気付いたからだろう。



「HP回復効果って、瞬時にHPが回復したんですか?」

「いや、徐々に回復したな」



 HPが回復すると聞き、料理がポーションの代わりになるのだろうかと詳細を確認すると、ポーションのように瞬時に回復した訳ではなかった。

 ポーションや魔法に頼らない、自然に回復する場合と同じように、徐々に回復したらしい。

 一定の周期で自然に回復したときよりも多い回復量でHPが回復したため、回復効果があるのだろうと思ったんだそうだ。

 それを横で聞いていた別の騎士さんは、別の効果だと思ったらしい。

 補足するように口を開いた。



「俺はてっきり自然回復量増加の効果かと思ってたんだが」

「あー、そっちの可能性もあるのか」

「自然回復量増加だと、普段と同じ間隔で回復してたのか?」

「それは確認してなかったな。検証が必要だ」



 自然に回復する場合、HPやMPは一定の周期で少しずつ回復していく。

 料理を食べたときに、その周期と同じだったかどうかまでは見ていなかったらしい。

 次はそれも確認しないといけないと言いながら、騎士さん達がこっちを見た。

 おかわりの催促ですね、わかります。

 そうなると、また厨房を借りる必要がある。

 許可が下りるかどうかが問題か。



「厨房を使う許可が貰えるか確認してみないと……」

「そうか王宮じゃないもんな」

「仕方ないか」



 苦笑しながらそう言えば、騎士さん達も諦めてくれた。

 香草風味のパスタは思いのほか評判が良かったみたい。

 調査ができないことよりも、再度食べられないことの方が残念そうだった。

 そうやって騎士さん達と話していると、団長さんが二階から降りてきた。



「セイ、来てたのか」

「はい。ポーションを届けに来たんです」

「ありがとう、預かろう」



 団長さんがそう言うと、近くにいた騎士さんの一人がテーブルの上に置きっ放しだったポーションの入った箱を抱えて、奥に運んで行った。

 本来の目的をすっかり忘れて、つい広間で話し込んでしまった。

 本来の目的は二つ。

 一つはポーションを届けること、もう一つは団長さんに周辺状況について情報の進展があるか確認することだ。

 料理の効果については、その二つが終わってから聞こうと思ってたのだけど、その前に騎士さん達に捕まってしまったのよね。

 執務室に行くには広間を通り抜けないといけないから、仕方ないと言えば仕方ない。

 けれども、断って先に執務室に行くべきだったわ。

 一応、今日ここに来ることは団長さんに伝えてたし。



「すみません、執務室にお伺いしようと思ってたんですけど、つい昨日の料理の話で盛り上がってしまって」

「あぁ、昨日の……。昨日の料理もとても美味しかった」



 ニッコリと、いつもの眩しい笑顔を浮かべる団長さん。

 慣れたとは思うけど、相変わらず直視し続けるのは難しい。

 頭を切り替えるために、真面目な話をすることにした。



「ありがとうございます。それで騎士さん達から話を聞いたのですが」

「料理のか。こちらでも朝からその話題で持ちきりだった」

「そうだったんですか。昨日、食事の際に表情を変えていたのも効果に気付かれたからですか?」

「そうだ。流石にあの場で口にするのは憚られたから黙っていたが」



 団長さん曰く、領主様達は気付いていなかったようだったので、黙っていたらしい。

 話題にも上がらなかったしね。

 王宮で公開されている情報とはいえ、詳細な内容をどこまで開示するかは難しかったため、敢えて話題になるのを避けたのだそうだ。


 話の流れで、古代小麦の効果についても話す。

 朝から騎士さん達が話していたこともあって、団長さんもある程度は知っていた。



「単純な回復効果なのか、それとも自然回復量増加の効果なのかが分からなくて。検証するには、また厨房を借りないといけないんですよね」

「それは難しいかもしれないな。城の厨房も本来の仕事があるからな」

「そうですよね。効果の内容については王都に戻ってから検証しましょうか」

「どちらの効果にしても、HPの回復が早くなるのならありがたい」



 団長さんの言うとおり、魔獣の討伐を行っている人々にとって回復量は重要だ。

 命に関わることだしね。

 でも、パスタを持ち歩くのは難しいだろう。

 お弁当にしても美味しくなさそうだし。

 HP回復効果が古代小麦特有のものであるならば、持ち歩ける料理にすればいいかしら。

 他の料理でも同じ効果が付くか確認したいなぁ。

 そのためには厨房を借りる必要があるけど……。

 これも王都に戻ってからの検証になるかな。

 そう考えながら、待機所を後にした。


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