48 古代小麦
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医食同源という言葉がある。
栄養のバランスが取れた食事を取ることで、病気を予防し、治療しようとする考え方だったと思う。
これは日本独自の考え方ではなく、同じようなもので薬膳なんかも挙げられるんじゃなかったかな。
いや、元々薬膳から得られた発想を基にしたものだったか。
かつて、忙しい仕事の合間を縫って通ったことがあるアロマセラピー教室の先生も同じようなことを言っていた。
正しい食事を取ることが健康を維持するための基礎、一番の土台だとか何とか。
そして、正しい食事というのは栄養のバランスが取れた食事のことを指していたはずだ。
西洋にも同じような考え方があって、古くから修道院を中心として研究が進められていた。
修道院が行っていた研究には、料理へのハーブの活用も入っている。
香り付けのためだけではなく、健康効果まで考えて研究されていたんだと本で読んだことがある。
ちなみに、何でこんなことを考えているかというと、その考えに基づいた料理を作ってみようかと思ったからだ。
その食材に気付いたのは偶々だった。
薬草畑からの帰り道、コリンナさんと領都の中を歩いているときに、ある物を見つけた。
古くからヨーロッパで栽培されていた古代小麦の一種だ。
この古代小麦、一般的な小麦と比較して、可食部に栄養素を多く含むらしい。
タイトルに惹かれて買った本に、そう書いてあった。
その本に登場する、ヨーロッパで聖女と呼ばれた人も最高の麦だと薦めていたくらいの小麦だ。
実物を見たことはなかったのだけど、その小麦に気付いたのは店頭のおじさんの一言を小耳に挟んだから。
おじさんが「この麦の殻は硬いが」と、お客さんに話しているのが聞こえたのよね。
そのときに、古代小麦の特徴の一つが硬い外殻だったのを思い出して、思わず足が止まった。
そして、隣を歩いていたコリンナさんに店先の小麦の名前を聞いたら、正しくその古代小麦と同じ名称だったというわけだ。
古代小麦はクラウスナー領ではよく使われる種類の麦で、そんな普通の麦に足を止めた私が不思議だったらしい。
その場でコリンナさんからどうしたんだと問われたので、本で読んだ内容を少し説明すると、コリンナさんの片眉が上がった。
食材に含まれる栄養素の話が興味を引いたらしい。
この世界には栄養という概念がまだ存在しなかったようだ。
城に向かう道中、あれこれと質問された。
色々と話しているうちに、この小麦を使ってポーションが作れそうだとコリンナさんが言い出した。
ポーションが作れるかは分からないけど、料理ならば作れそうだと思ったのよね。
古代小麦のことが書かれていた本には、聖女と呼ばれていた人が考えたレシピも載っていた。
レシピに使われている材料はクラウスナー領で手に入る物ばかりなので、再現できるだろう。
試しに作ってみようかな。
そう思い立ったら、何だかワクワクしてきた。
なぜなら、この世界には料理スキルがあるからだ。
料理スキルを持つ人が作った料理には、身体能力を向上させる効果が付く。
普通の材料で作られた料理ですら、食べた人が気付くくらいの効果があるのだ。
もしも、古代小麦のように健康に良いと言われている材料で作ったらどうなるのか?
とても気になって、試してみたくなったのだ。
早速コリンナさんにお城の厨房が使えないか確認したら、最初は物凄く怪訝な顔をされた。
それはそうだろう。
この国では身分の高い者が料理をすることは稀らしいし。
自分で言うのは気が引けるけど、【聖女】は低い身分ではない。
けれども、本に載っていた健康に良いという料理を作ってみたいと言えば、コリンナさんはとてもいい笑顔で頷いてくれた。
以前話した薬膳料理の話を覚えていたらしい。
薬膳料理ではないが、似たような料理を食べられるかもしれないとあって、それはもう迅速に領主様に許可を取りに行ってくれた。
コリンナさんから話を聞いた領主様も快く許可してくれたらしい。
王都で流行っている料理を食べられるのが楽しみだと仰っていたそうだ。
お城の料理人さん達も同様で、良い勉強の機会だと喜ばれた。
作ろうと思っている料理は高尚な物ではないので、ちょっと申し訳ない。
そうしてあっという間に、準備が整えられた。
「王都の料理が学べる機会を作っていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ突然のお願いに快く応じてくださり、ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「「「よろしくお願いいたします」」」
許可をもらった日。
コリンナさんと一緒に厨房に行くと、にこやかに微笑む料理人さん達に出迎えられた。
厨房を取り仕切る料理長さんの下へ挨拶に伺うと、お礼を言われてしまった。
お礼を言う立場なのはこちらなのに。
今日作るのは王都でも作ったことがない料理なので、期待に応えられるといいな。
挨拶の後はすぐにエプロンを着けて、調理に取り掛かる。
調理台の上には事前に伝えてあった材料が用意されていた。
今日作るのはパスタだ。
まずは古代小麦から作られた小麦粉、油、卵、塩を混ぜ合わせる。
残念ながらオリーブオイルがなかったので、別の植物性の油を用意してもらった。
昔手打ちパスタを作ってみようかと思ったのだけど、結局作らなかったので作り方はうろ覚えだったり。
今日のはあくまで実験だって伝えているから、失敗しても許してもらえるだろう。
うん……、失敗したら別の料理を作って許してもらおう。
料理長さんには予めどんな料理を作るかを伝えていた。
それもあってか、私と一緒に他の料理人さん達もパスタ作りに取り掛かる。
実はこれ、実験の一環でもあったりする。
今回は古代小麦を使った場合に、他の小麦と効果に差が出るのかを知りたかった。
そのためには、古代小麦を使った物と、他の小麦を使った物、二種類のパスタを用意しなければいけない。
しかも私が料理を作ると聞きつけ、食べたいという声が予想外に多く上がった。
領主様とコリンナさんを始め、領主様のご家族や蒸留室の薬師さん達からも要望が上がったのよね。
これほどの人数の料理を用意するとなると、流石に私一人で作るのには無理がある。
そこで、料理人さん達にも一緒に作ってもらうことにした。
量以外にも、手伝ってもらった理由がある。
五割増しの呪いだ。
私が作る料理にはポーションと同じように五割増しの呪いがかかっている。
そのため所長から公の場で料理を作ることを禁止されたくらいだ。
とはいえ、何が何でも作ってはダメだと言うことではない。
公の場でなければ、作ってもいいのよね。
実際、研究所ではよく作ってたし。
恐らく、多くの人に私の能力が知られるのが問題で、禁止されたんだろうと考えている。
そこで、今回私が作った分は団長さんと領主様一家に提供することにした。
少ない人数で、かつ団長さん以外は騎士さん達と比べて体を動かすことが少ないから、効果の差に気付き難いんじゃないかなと思って。
もちろん、私が作った料理だからというのもある。
ほら、【聖女】が作った料理とか、特別感があるじゃない?
自分で特別なんて言うと物凄く微妙な気分だけど、地位の高い人って、そういう特別な物を好むから……。
団長さんにも確認したけど、それで問題ないだろうと言っていた。
それにしても、流石本職というべきか。
横を見れば、手際よく料理人さん達が生地を捏ねていた。
話を聞いただけだと思うのに、すごいなぁ。
私はというと、彼等と比べて一歩以上遅れている。
余計なことを考えずに、パスタを作る方に集中しよう。
そうして生地を捏ね、表面が滑らかになったところで、濡れ布巾を掛けて生地を一旦休ませた。
生地を休ませている間に、パスタと和える野菜を刻む。
ミートソースでも良かったのだけど、せっかくなので薬草を使ってバジリコ風にすることにした。
例の本には香草風味のパスタとしてレシピが載っていた気がする。
にんにく、玉ねぎ、バジル、ディル等をみじん切りにする。
玉ねぎが目に染みるのはお約束ね。
刻み終われば丁度いい時間になったので、パスタ作りを再開した。
生地を薄く伸ばし、折り畳んで刻めば、平打ちっぽい麺が出来上がり。
もっと細い麺の方が好みだけど、自分で作るのはこれが限界。
バジリコには合わないかもしれないけど、諦めよう。
後は麺を茹でて、野菜と一緒に炒め、味を調えれば完成だ。
「首尾はどうだい?」
「もうすぐ出来上がりますよ」
パスタを茹でていると、コリンナさんが話し掛けてきた。
私の横に立ち、興味深そうに鍋の中を覗いている。
大きな鍋なので、覗き込むのに背伸びしているのが何だか微笑ましい。
「それにしても、パスタだったか? 小麦の種類を変えて作ったのはどういう訳だい?」
「使う小麦の種類で、料理の効果に差が出るのかを調べたかったんです」
「料理の効果?」
「えぇ。料理スキルを持った人が作ると、料理に身体能力が向上する効果が付くんですよ」
「そうなのかい? 料理にそんな効果が付くなんて初耳だねぇ」
「王都で話題になったのもここ一年の話ですから、こちらにはまだ伝わっていなかったんでしょうか」
「それもあるかもしれないが、ポーションとは関係のない話だから、単に聞いていないだけかもしれないね。しかし、面白い」
料理の効果は王都では既に広く知られている話なんだけど、コリンナさんの耳には届いていなかったらしい。
電話やテレビなどがない世界では、情報の伝達に時間がかかる。
信じられない話だけど、私の祖母が若かった頃は都会の流行が地方に伝わるまでに数年掛かったって言ってたっけ。
当時既に電話もテレビもあったのにだ。
祖母の話が本当であれば、王都の話がクラウスナー領に未だ届いていないのも納得できる。
話している間にパスタが茹で上がったので、お湯を切り、すばやく隣に用意してあったフライパンで炒める。
まず作るのは一人前。
それを料理人さん達が味見してから、全員分を作る作業に移る手筈になっている。
茹で上がってからの作業を見ようと、コリンナさんが立っているのとは反対側に料理長さんも立っていたりする。
料理人さん達も少し離れたところで、じっとこちらに注目しているので、地味に緊張するけど仕方がない。
「できました」
味付けは塩のみだけど、味見をしたらいい塩梅に仕上がっていた。
お皿に盛り付ければ完成だ。
料理長さんの前に置いて声を掛ければ、早速手が伸びる。
良さげな反応を見て、ほっと肩の荷が下りた。