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45 騒々しい男

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 今日も朝からポーション作製。

 身支度を整えたら、お城の蒸留室に向かう。


 専属薬師であるコリンナさんの朝は早く、私が行く頃には既に作業を始めていることが多い。

 この世界では一般的に日が昇り始めたら仕事を開始する。

 私もそれに倣っているのだけど、コリンナさんはそれより早く仕事を始めているのよね。

 一度、コリンナさんと同じ時間から仕事を始めようとしたら、他の人と同じ時間に来るようにコリンナさんから言われた。

 どうも朝一に人に見られたくない作業をしているらしい。

 秘伝に関わることらしく、詳しくは教えてもらえなかったけど。


 蒸留室に着くと、やはり既にコリンナさんがポーションを作り始めていた。



「おはようございます」

「あぁ、おはよう。今日は中級HPポーションを用意してくれるかい? 数はそこのメモに書いてあるよ」

「わかりました」



 コリンナさんに言われた通り、メモを見て、中級HPポーションの材料を用意する。

 机の上に並べられた材料は、研究所で教えてもらったものとは少し異なる。

 普段は使わない薬草をいくつか混ぜる必要があるからだ。

 その代わり、使う材料の総量は普段よりも少ない。

 これは、コリンナさん秘伝のレシピだからだ。

 秘伝と言っても、色々なものがあるらしく、このレシピは教えてもらえた。


 ポーションの材料をお鍋の中に入れて掻き混ぜていると、蒸留室のドアが大きな音を立てて開いた。

 作業を開始してから少し時間が経っているものの、今はまだ朝早い時間だ。

 こんなに早くからいったい誰だろうと、驚いてドアの方を見ると、大男というしか言いようがないほど背の高い、強面の男の人が入ってきた。

 大きいのは背の高さだけではない。

 なんていうか、厚い。

 第三騎士団の面々も筋骨隆々だけど、この人はそれを上回る。

 二の腕も胸板も、筋肉が一回りくらい厚い。

 あまりにも色々と大きくて、部屋の中が狭くなったように感じるくらいだ。


 髪は茶色で短く、琥珀色の瞳は鋭い。

 色は似ているけど、所長と比べると髪が少しパサついている気がする。

 今まで気にしたことはなかったけど、所長はちゃんと髪の毛を手入れしてたのか。

 そんなことを考えていると、声を掛けられた。



「ん? ばーさんの弟子か?」



 部屋を見回して私に気付いた彼は、そう言った。

 ばーさんというのはコリンナさんのことだろうか?

 コリンナさんには色々と教えてもらっているし、周りにいる人達には暗黙の了解で弟子のようなものだと思われているみたいだけど、はっきりと弟子だと名乗って言っていいものか悩む。

 どう答えたものか悩んでいると、奥の部屋からコリンナさんが出てきた。



「朝から騒々しいねぇ。もう少し静かにできないのかい?」

「これでも気を付けてるぜ」

「どこがだい? それで、用事はいったい何かね?」

「あー……、昨日注文したポーションを取りに来たんだ」

「お前さんねぇ。昨日の夕方受けた注文が、もうできてると思うのかい?」

「あ、いや、もちろん申し訳ないと思ってるんだが……、急に出ることになって……」



 コリンナさんにじろりと睨まれて、男性の声は尻すぼみになっていく。

 しどろもどろになっているところは、まるで怒られてしょんぼりしてしまった犬のようだ。

 実際には付いていないけど、垂れた犬耳が頭の上に付いているような気がした。

 コリンナさんは小柄だけど、怒ったときはとても怖いらしいので、男性が身を縮こまらせるのも分かる。


 とはいえ、コリンナさんが怒るのも無理はない。

 男性が受け取りに来たポーションは、昨日の夕方というより、仕事を終える間際に注文されたものだったからだ。

 この男性ではないが、傭兵団の人が注文しに来たのを覚えている。

 特に期限も指定されていなかったため、本来であれば今日の昼過ぎくらいにでき上がっていればいいものだ。

 そして正に今、私が作っている途中だったりする。

 しかし、問題はない。



「仕方ないねぇ。セイ」

「はい」



 コリンナさんの呼び掛けに、頷き返す。

 そして、部屋の奥にあるポーションの保管棚から、注文された数のポーションを取り出し、用意した。

 注文された数はそれなりの量であったため、私が机の上に並べるポーションを見て、男性の目は点になっている。

 まさか注文した数全てが用意されているとは思わなかったのだろう。


 薬草不足が叫ばれるこのご時世に、なんで余分なポーションがあるのかって?

 犯人は私。


 コリンナさんから教わった中級や上級のポーションの秘伝のレシピを練習していたら、溜まっちゃったのよね。

 もちろん練習に当たっては、コリンナさんの許可を得ている。

 コリンナさん曰く「どうせすぐはける」だそうだ。

 そういう訳で、薬用植物研究所と同じように、蒸留室には緊急用と称して、それなりの数のポーションが保管されていた。



「流石だ、ばーさん」

「ふん。礼ならセイに言いな」

「セイ?」

「そのポーションはセイが作った物だが、効果は保証してやる」



 コリンナさんの言葉に、男性は再び私を見た。

 視線を感じて、「セイと申します」と名乗り、お辞儀をすると、男性はこちらに歩いて来た。



「レオンハルトだ。この城の傭兵団を取り纏めている」



 右手を差し出されたので、握手だろうと思い、私も手を差し出すと、がしっと握りこまれる。

 その後、ニカっと笑顔を浮かべ、「よろしくな」と言われながら左肩をバンバンと叩かれて、思わずよろけた。



「レオ! 女性を乱暴に扱うんじゃないよっ!」

「うわっ! すまん!」

「い、いえ……」



 体勢を整えつつ見上げれば、焦りと申し訳なさそうな表情の男性と目があった。

 すぐに謝ってくれたあたり、悪い人ではないんだろう。



「本当に悪かったな。大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

「ポーションもありがとな」



 笑いながら応対すれば、ほっとした表情をし、お礼を言った後は返事を聞くのもそこそこに、ポーションが入った箱を抱えて出て行った。

 蒸留室は再びしんと静まり返り、静けさを取り戻す。

 それにしても賑やかな人だったな。

 彼が出て行った後の蒸留室がいつもよりも静かに感じられたので、余計にそう思った。







 昼下がり。

 コリンナさんに連れられて、領都周辺に広がる薬草畑に来た。


 王都から領都に来たときは麦畑の中を通って来たのだけど、そちら側とは違う方に薬草畑が広がっていたのだ。

 流石は薬草の産地。

 王宮の薬草園も広いけど、こちらは更に広い。

 領都には森もあるので見渡す限りとは言わないけど、森の近くまでは薬草畑となっていた。


 畑は城壁の外にあるけど、コリンナさん曰く安全らしい。

 城壁に近いところであれば魔物が出ることはほとんどなく、出たとしても、極々弱いものだけだからだ。

 それくらいの魔物であれば、コリンナさんでも対処できると言っていた。


 その広大な畑の一角で、コリンナさんに薬草のことを教えてもらう。

 所謂、実地研修というやつね。

 薬草畑の中程でしゃがみ込み、植わってある薬草を見ながら、コリンナさんの説明を聞く。


 今見ている薬草は、私が知らない植物だった。

 もしかしたら、この世界特有の物なのかもしれない。

 少なくとも、日本でアロマセラピーにハマっていた頃には聞いたことがない種類だった。

 形の特徴や、効能、取り扱う際の注意などを教えてもらう。



「これ単体では何の効果もないんだけどね、他の薬草と組み合わせることで回復量を上げることができる」

「それで通常のレシピに混ぜると薬草の総量を減らすことができるんですね」

「そのとおりさ」



 この薬草はコリンナさん秘伝のレシピで使われていた薬草だったらしい。

 調合で使っていた物は乾燥していたので、ぱっと見では分からなかった。

 触媒としてしか効果がないため、一般的には薬草と認知されていない植物なんだそうだ。


 説明が終わり、次の薬草の場所に移動するために、二人して立ち上がる。

 少しだけ凝り固まった体を解すのに背伸びをすると、後ろから大きな声で呼びかけられた。



「お、そこにいたのか!」



 聞きなれない声に振り返ると、筋骨隆々の男性が畑道を通り、こちらに向かって走って来るのが見えた。

 声を掛けてきたのは、今朝蒸留室で会ったばかりのレオンハルトさんだった。


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