44 専属薬師
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翌朝。
朝食は、昨夜とは異なる小さめの食堂で、クラウスナー様一家と取った。
朝食の席でクラウスナー様に確認すると、早速この後、専属薬師さんを紹介してもらえることになった。
薬師さんはお城の蒸留室と呼ばれる部屋に常勤しているらしい。
お城で使われるポーションは、この蒸留室で作られているそうだ。
クラウスナー様に案内されて廊下を歩く。
蒸留室は一階にあるようだ。
目的地に到着すると、クラウスナー様はドアをノックし、開いた。
一緒に中に入ると、ふわりと薬草の臭いがする。
蒸留室の壁際にはいくつか棚が置かれ、所狭しと、乾燥した薬草の入った瓶やポーション作製に使われる道具が並べられている。
部屋の中央にはテーブルが置かれ、その上にも道具が載っていた。
蒸留室の奥には、更に部屋があるようで、部屋への入り口が見える。
部屋には数人の人がいて、それぞれが作業中だ。
皆、部屋に入ってきたクラウスナー様に気付いても会釈をするくらいで手は止めない。
クラウスナー様も何も言わないことから、これが平常運転のようだ。
さて、目的の人はどの人だろうかと首を傾げると、クラウスナー様が奥に向かって声を掛けた。
「コリンナ」
「おや、これは旦那様。いかがされました?」
クラウスナー様に答えながら、奥の部屋から白髪のおばあさんが出てきた。
背筋は少し曲がり気味で、身長は侍女長さんよりも低い。
そのせいか、太ってはいないのだけど、丸くて小さい印象を受ける。
その印象とは対照的に、矍鑠としていて、仕事に厳しそうな雰囲気がある。
「こちらは王都から来られた【聖女】、タカナシ様だ」
「セイ・タカナシと申します」
「これはご丁寧に。私はこの城で薬師をやっております、コリンナと申します」
仕方がないけど、【聖女】として紹介されるのは複雑な心境だ。
それが表情にも出てしまって、浮かべる笑みはぎこちない。
しかし、コリンナさんは気にした風もなく、挨拶を返してくれた。
名乗りが終わると、コリンナさんは視線でクラウスナー様に用件を促した。
「タカナシ様もポーションを作製されるらしく、コリンナの話をしたら是非会いたいとおっしゃったので、お連れしたのだ」
「左様でございますか」
「あの、もしよろしければ、薬草やポーションのお話を伺えないでしょうか?」
「構いませんよ。丁度これから今日の分のポーションを作ろうとしていたところです。作りながらお話いたしましょうか」
「ありがとうございます!」
幸運なことに、コリンナさんはこれからポーションを作るところだったようだ。
最高の薬師の作業を見られるなんて嬉しい。
きっと勉強になることがあるはずだ。
私を紹介し終えたクラウスナー様は他に仕事があるからと、ここでお別れとなった。
クラウスナー様が退室すると、コリンナさんが棚から薬草を取り出し、作業を始めた。
「作るのは中級HPポーションですか?」
「えぇ、そうです。よくご存じですね」
「いえ、偶々覚えていただけです。中級HPポーションはよく作るので」
材料から判断したけど、作るのは中級HPポーションで当たっていたようだ。
ただ、「よく作る」と言ったところで、コリンナさんの目がキラリと光ったような気がするのは気のせいだろうか?
気のせいだったらしい。
じっとコリンナさんを見るけど、真面目な表情でポーションを作っている。
手際は非常にいい。
流石だ。
コリンナさんは作業をしながら、今使っている薬草や、ポーションの話をしてくれるのだけど、動かしている手に淀みがない。
そうして、話している間に次々とポーションを作り、五本目を作製し終えたところで、コリンナさんは息を吐いた。
どこか疲れた様子だ。
そうか、一般的な薬師さんは中級のポーションであれば一日に十本程度しか作れないんだっけ。
大量に作るのが当たり前になっていたから、すっかり忘れていた。
それを考えると、一度に連続して五本も作れるコリンナさんは、やっぱりかなり優秀な薬師さんなのかな?
「タカナシ様もお作りになられますか?」
「よろしいんですか?」
コリンナさんについて考えていると、ご本人からポーションを作ってみないかと提案を受けた。
今日紹介されたばかりの客なんだけど、作業場を使わせてもらってもいいのかしら?
もしかして、ポーション作製の指導をしてもらえるんだろうか?
諸々確認すれば、コリンナさんは笑顔で頷いてくれた。
どんな指導が受けられるのか、期待に胸を膨らませながら、いつもの手順で私もポーションを作りはじめた。
そんな私の手元を、今度はコリンナさんがじっと見つめる。
一本目、二本目、三本目……。
次々とポーションを作るけど、コリンナさんは何も言わない。
手順におかしいところがないからだろうか?
何も言われなければ何も言われないで、少し不安になる。
六本目、七本目、八本目……。
止められないのをいいことに、どんどんと作り続ける。
そうして、十五本目を作り始めたあたりで、コリンナさんの表情が崩れた。
「お前さん、まだ作れるのかい?」
驚いた顔で私を見ながら、コリンナさんはそう言った。
先程までの敬語も崩れているあたり、かなり驚かせてしまったようだ。
「はい。いつもはこの倍は作っています」
「はー、流石だねぇ」
私の言葉を聞いたコリンナさんは、呆れたように笑う。
これ、五本目あたりで止めておいた方が良かったかな?
困ったように笑い返すと、コリンナさんは笑みを浮かべたまま口を開いた。
「いやー、【聖女】様がポーションを作るなんて言うから、てっきり遊びの延長かと思えば、中々どうして。堂に入ってるじゃないか」
「えっと……、ありがとうございます」
「これなら、もっと詳しい話をしても付いて来れそうだね」
ニヤリと笑いながら言ったコリンナさんの言葉に、思わず目が輝いた。
もしかして、秘伝のポーションについて教えてもらえるんだろうか?
期待の眼差しでコリンナさんを見たけど、私が考えていることを推測した彼女は、あっさりとそれを却下した。
「慌てるんじゃないよ。まずは基本からだ」
「はい」
少しだけがっかりしたのを表情から読み取ったのか、コリンナさんは苦笑する。
「さて、それじゃあ、タカナシ様。まずは初級HPポーションの応用から説明しようかね」
「はい。ところで、そのタカナシ様って言うのは止めませんか? セイでいいです。こちらは教えていただく立場なので」
「そうかい? じゃあ、そう呼ばせてもらうよ」
既に敬語が崩れている今、中途半端に「タカナシ様」なんて呼ばれるのは、むず痒い。
同じく、敬語についても今更なので、いつも通りの話し方にしてもらおう。
こちらは教えてもらう立場なのだから。
他の人と同じような態度で接してもらえるようお願いすると、コリンナさんもその方が楽なのか、了承してくれた。
その後も色々と話し合い、討伐のない日はコリンナさんのポーション作製を手伝いながら、薬草やポーションのことを教えてもらうことが決まった。