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43 晩餐

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 ドアをノックしたのはこの館の侍女さんだった。

 ただ、用向きはクラウスナー様との面会ではなく、クラウスナー様一家との晩餐へのご招待だったが。


 予定とは異なる内容だったため、その後の準備に少々揉めた。

 何に揉めたかというと、着る物について。

 マリーさん達と意見が異なったのよね。

 この国の貴族の常識で言えば、晩餐ではドレスを着るのが普通らしい。

 そのため、マリーさん達にはドレスを着るよう提案されたのだけど、私は当初の予定通りローブを着ることを主張したのよ。

 何故ローブを主張したかというと、偏に、疲労困憊の身で窮屈な恰好をしたくなかったからだ。


 喪女とはいえ、ドレスのようにキラキラ、ひらひらした物に憧れがなかった訳ではない。

 スランタニア王国で流行っているドレスは豪奢過ぎて、着るのが恐れ多い物ばかりだけど、見ていて心がときめいた。

 日本にいた頃にもかわいい洋服を見るのは好きだったのよね。

 私には似合わないと思っていたから、着ることはなかったけど。

 着てみたい気持ちがなかった訳ではないけど、似合わない物を着るのは後ろめたかった。


 だから、こちらの世界に来て、ドレスを()()()()()()()()()状況になって、ほんの少しワクワクした気持ちにもなった。

 そういう状況であれば、喪女がドレスを着るのも仕方がないと思えるから、後ろめたさも少しだけ減るし。

 けれども、実際に着てみて、理想と現実は異なるものだということを実感した。

 ドレスは見るのは良くても、着て一日を過ごすのはとても辛いものだった。

 特にコルセットが。


 通常の体調でもコルセットを締めるのはきついのに、今身につけたら確実に倒れると思う。

 それに、ウエストを絞った状態で夕食が入るとは思えなかったしね。

 もっとも、晩餐の席についてから、少しだけその選択を後悔した。

 何故ならば、席に着いたときに、この国の料理事情を思い出したのよ。


 研究所の食事に慣れてしまったせいで、すっかり忘れていたけど、この国の料理は素材の味を大事にしている。

 要は味がとても薄いのね。

 しかも高級な料理ほど、それが顕著だ。

 果物であれば、酸味や甘味があるから気にならないのだけど、肉料理などは正直なところ物足りない。


 お腹は凄く減っているけど、こんなことならドレスの方が良かったかもしれない。

 コルセットでウエストを締めていた方が、空腹が紛れそうだもの。

 しかし、そんな私の心配は、いい意味で裏切られた。

 配膳された料理は見たことのある料理だった。



「これは……」



 驚いてクラウスナー様を見ると、にっこりと微笑まれた。

 出されたのはローストチキンだったのだが、ローズマリーが添えられていたのだ。

 一羽が丸ごと焼かれたものが部屋に運ばれてきて、それを執事さんが切り分けてくれる。

 取り分けられた肉を口に運ぶと、ローズマリー以外のハーブの香りも口の中に広がった。



「いかがでございますか?」

「とても美味しいです。これはクラウスナー領の料理なのですか?」

「いいえ。最近王宮で、このように薬草を使った料理が流行っていると小耳に挟みまして、再現してみたのです」



 それって、恐らく私が作った料理ですよね。

 ただし、今日の料理の方が使われているハーブの種類が多いと思う。

 料理人さんがアレンジを加えたのかな?

 薬草の産地だけあって、薬草の香りにも精通しているのかもしれない。

 ハーブティーに続いて、ここでもクラウスナー領のすごさを実感した。


 私が研究所の料理人さんに教えたレシピは、王宮の料理人さんにも伝わっている。

 そのお陰か、最近では王宮の食堂も美味しくなったと評判だ。

 王宮の食堂を利用できる人達から、こうして各地の貴族にも噂が伝わっているのだろう。

 もしかしたら、レシピも伝わっているのかもしれない。

 この先、地方に行くことが増えるだろうけど、これなら食事の心配をしなくて済むかな?

 他の地方の料理事情も改善されているといいなぁ。


 食事を取りながら、クラウスナー様は領地のことを色々と教えてくれた。

 話の内容は、現在のクラウスナー領の状況ではなく、領地の紹介といったものだった。


 クラウスナー領の主要産業は薬草の栽培のため、自然と話の内容は薬草のことが中心となる。

 領地で栽培している薬草や、この街の周辺で採集できる薬草の種類など、非常に興味深い話ばかりだ。

 聞いたことのない薬草の名前もあがり、思わず根掘り葉掘り聞いてしまったけど、クラウスナー様は嫌な顔をせずに色々と教えてくれた。



「セイ様もポーションを作製されるとか?」

「はい。普段は王宮の薬用植物研究所で作っています」

「そうでしたか。では、セイ様も立派な薬師ですね」

「立派かどうかは分かりませんが……」

「この城にも専属の薬師がいるのですよ」

「そうなんですか?」



 クラウスナー様の話によると、この城の専属薬師さんは、この街で最高の薬師と呼ばれているらしい。

 薬師の聖地で最高だと言われているなんて、どれほどすごい人なのだろうか?

 ふと、王宮の図書室でリズから聞いた、薬師の家に代々伝わるという秘伝のポーションの話を思い出した。

 それほどの薬師さんであれば、秘伝のポーションについても色々と知っている可能性は高い。

 レシピを教えてもらうのは難しいだろうけど、一般的なポーションや薬草についても、より詳しい話が聞けるかもしれない。


 そう思って、クラウスナー様に専属薬師さんに会えないか訊ねてみると、あっさりと承諾を得られた。

 私がそう言い出すのは、どうやら想定済みだったようだ。

 話はとんとん拍子に進み、滞在中にクラウスナー様から薬師さんを紹介してもらえることになった。


 約束を取り付けたところで、晩餐はお開きとなった。

 色々話していたら、結構いい時間になっている。

 そういえば、結局領地の状況については聞けずじまいだった。

 つい、薬草の話に夢中になってしまい、すっかり忘れていた。

 明日、クラウスナー様に改めて聞いてみようかしら?



「どうした?」



 部屋までの帰り道。

 歩きながら考え込んでいると、団長さんが心配そうな顔で声を掛けてきた。

 晩餐が終わった後、部屋まで送ってくれるというので、一緒に帰っているところだった。



「魔物の状況について聞くのを忘れたなと思い出しまして」

「あぁ。それなら大丈夫だ。クラウスナー殿から既に話は聞いている」

「えっ?」



 団長さん曰く、私が部屋でまったりしている間に、団長さんとクラウスナー様、そして領地で雇用している傭兵団の人とで話していたそうだ。

 私が呼ばれなかったのは、慣れない長旅で疲れているだろうからと気を使ってくれたらしい。

 その心遣いはとてもありがたいけど、お仕事なのに参加できなくて申し訳ない気持ちで一杯だ。



「明日からすぐに討伐に加わるのですか?」

「いや、下調べのために数日は周辺の調査に当たろうと思っている。セイは城で待機しててくれ」

「分かりました」



 明日から討伐であれば、私も支援をするのに加わる必要があるかと思って確認したけど、そうではないらしい。

 団長さんの言うとおり、地形を確認したり、どういう魔物がいるのかを確認したり、色々と下調べは必要だろう。

 待機していていいのであれば、明日は早速専属薬師さんに会いに行ってみようかな。

 そうだ。

 可能であれば、お城でもポーションが作製できないか聞いてみよう。

 ある程度は王宮から持ち込んでいるけど、ここでもポーションが補充できた方がいいよね。

 王都では薬草が不足していたけど、産地であるここならまだあるかもしれないし。

 薬草の在庫についてもクラウスナー様に確認してみよう。

 そうして、団長さんと明日からの予定を相談しつつ、部屋に戻った。


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